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07年9月:安倍が抱え込む自民党の深い矛盾 = 山口二郎
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投稿者 ダイナモ 日時 2007 年 9 月 03 日 21:03:38: mY9T/8MdR98ug

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 参議院選挙のショックから1か月たったが、これからの政党政治の道筋はまだ見えていない。これも、国民からレッドカードを突きつけられた安倍晋三首相が居座りを決め込み、8月末まで自民党と内閣の新体制を明確にしていなかったことに起因する。現在の自民党が直面している矛盾がどれだけ深いものか認識するところから、自民党の再建論議は始まるはずである。

 自民党の矛盾は2つある。第一は、ナショナリズムと普遍的価値の矛盾である。第2は、強者が謳歌する自由と弱者も対象とした平等の矛盾である。

 第一の矛盾は、安倍が戦後レジームからの脱却を唱え、国家主義やナショナリズムの色彩を濃くすることによって深まった。たとえば、今回の首相のインド訪問は、この矛盾を物語るエピソードである。一方で安倍は「価値観外交」を唱え、自由と民主主義を共有するパートナーとしてインドを重視し、アメリカやオーストラリアを含めた提携を強化しようとしている。他方で、東京裁判の中でA級戦犯無罪を唱えたパール判事の遺族に会見した。しかし、パールは法の遡及適用を否定し、検察側の立証が不十分であるという理由で無罪を主張したのであって、日本の侵略自体については厳しく糾弾している(この点については、中島岳志氏の近著『パール判事』に詳しい)。

 右派の無知、不勉強については措いておく。自由、民主主義という価値観と、国際的に侵略戦争と認定されている戦争を日本人だけが正当化するという自己中心主義は相容れないことを強調しておきたい。自由、民主主義は、過去の戦争をどう意味づけるかという歴史観は不可分の関係にある。にもかかわらず安倍はこの点の認識が不十分である。従軍慰安婦問題に関する「狭義の強制」をめぐる自身の発言は安倍に対するアメリカ世論を悪化させたし、安倍の応援団がワシントンポストに掲載した意見広告もやぶへびの結果になった。戦後レジームからの脱却が、歴史の書き換えにつながるならば、アメリカもこれを許さないであろう。

 第二の矛盾は、国内の経済社会政策に関して、自民党の政治家が日々直面しているはずである。本来は、自民党が小泉純一郎を首相に据えて以来悩まなければならない矛盾だったのだが、小泉時代には構造改革という曖昧なシンボルによって矛盾は糊塗されてきた。小泉という憑き物が落ち、「改革」の成果が地域社会や個人生活で目に見えるようになって、従来自民党を支持してきた人々も、自民党政治を疑い始めた。今回の選挙で、自民党は「成長を実感へ」というスローガンを唱えたが、所詮これは不可能な話である。新自由主義的構造改革を進めることによって、成長の果実が一握りの上層に帰着し、その他大勢はジリ貧という経済構造に日本も移行したからである。国民もそのことを体感的に察知しているのであろう。成長を実感できるようにするためには再分配政策が不可欠であるが、今の自民党からはそれも感じられない。

 こうした矛盾を打開するためにはいくつかの方法がある。一つは、一方の価値を優先し、他方の価値を犠牲にするという方法である。国際的孤立に陥ってもナショナリズムを鼓舞するとか、庶民が反発しても企業優遇政策を貫くといった道である。安倍首相は、政策の基本路線は国民に支持されていると信じているようだから、この選択肢をとるのが論理的である。自分の政策が正しければ、丁寧な説明をすれば国民は理解してくれると思うべきである。その場合、節操が堅いという評価を得る一方で、反対派の不満が高まるというリスクがある。

 もう一つの発想は、矛盾そのものを止揚することによって新たな政策論議の地平を開くというものである。今となっては色あせた観もあるが、トニー・ブレア前首相の下でイギリス労働党が唱えた「第三の道」などがその例である。第三の道など、いいとこ取りのレトリックに過ぎないという非難もあるが、市場の活力と平等の両立をぎりぎりまで追求するという理念から生まれた政策には、成果も多い。安倍政権がこの路線を取るならば、欧米やアジア諸国が理解してくれるナショナリズム、成長の果実を国民に再分配する仕組みなどの新機軸を打ち出す必要がある。そうした作業をする中では、安倍を今まで応援してくれた支持者、取り巻きの反発を受けることは不可避である。その点の覚悟があるかどうかは、今後の党、内閣の人事から浮かび上がってくる。

 そう思いながら、内閣改造を見守った。最大のサプライズは、増田寛也元岩手県知事が民間から総務相に起用されたことであろう。増田氏の地方分権に対する見識が発揮されることを期待したいが、非議員が総務相という重要閣僚を務めることにはいろいろな困難があるに違いない。安倍政権が一点集中主義で、地方分権で大きな成果を残すという戦略を採るならば、それは一つの面白い戦略である。第一期の安倍政権のように、政策課題を次々と打ち上げては審議会や補佐官をおき、結局何もものにならないというよりは、少ない課題に全政治力を投入する方が、政権の信頼は高まるであろう。

 しかし、その他の人事は現在の自民党の旦那衆を集めた寄り合いという印象で、着実である反面、清新さがない。参議院からの入閣が確実視されていた矢野哲朗氏がはずされたことは、官邸と参議院自民党との間に大きな軋轢をもたらすであろう。所詮参議院は野党が支配しているのだから、自民党のご機嫌を取っても意味はないという冷徹な計算があるとしたら、安倍氏の政治判断も侮れない。ただし、閣僚人事だけで第二期安倍政権を評価するのは早計であろう。この内閣が、具体的にどのような政策を打ち出すかを注視したい。

(週刊東洋経済9月8日号)

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