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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2007081902042155.html
【社説】
週のはじめに考える この夏に逝った顔、顔
2007年8月19日
この夏、著名人の訃報(ふほう)が相次ぎました。いずれも戦後を象徴する人たちばかりです。去っていった顔を思い浮かべつつ、日本の行く末に思いをはせます。
保守本流の良識派といわれた元首相の宮沢喜一さん、八十七歳。
今日の共産党の基礎を築いた元議長の宮本顕治さん、九十八歳。
臨床心理学の第一人者で元文化庁長官の河合隼雄さん、七十九歳。
作家、評論家で「ベ平連」など市民運動家の小田実さん、七十五歳。
昭和の歌謡界を代表する作詞家の阿久悠さん、七十歳。
一つの季節を閉じた死
「死があたかも一つの季節を閉じたかのようだった」
堀辰雄の小説「聖家族」の書き出しをもじって、こう書きたくなるほどです。評伝や追悼記事からも存在と業績の大きさがうかがえます。
宮沢さんは自民党単独政権最後の首相となった政治家です。軽武装、経済成長重視のハト派として知られますが「聞き書 宮澤喜一回顧録」(岩波書店)に興味深い発言を残しています。
戦後日本の転換点は一九六〇年の安保騒動と指摘し、「あの国民的なエネルギーは、岸(信介元首相)さんという戦前派を代表した人の戦前回帰的な権力主義に対する反発ではなかったか」「岸さんの安保騒動をもって戦前回帰が終了したといえ、新しいデモクラシーが生まれた」。
この新しいデモクラシーの確立に向けた推進役が宮沢さんだったとの自負も語られています。
「二十一世紀に日本は何をめざすべきか」との質問にはこう答えています。「軍事大国にならないこと、経済援助を大事にしていくこと」
「海外での武力行使はしないというのが現憲法の原点」という持論の延長にあります。民主主義と平和主義を国の基本とした戦後体制を尊重する立場です。これが主流なのでしょうが、祖父の岸さんと同様、改憲を目指す安倍晋三首相の「戦後レジーム(体制)からの脱却」は戦前回帰路線かと疑いたくなります。
「心」の現場から処方箋
長らく共産党の顔だった宮本顕治さんも、戦後政治史に刻まれるべき存在です。終戦までの十二年間、獄中で非転向を貫いたのは有名です。
評論家の加藤周一さんは「しんぶん赤旗」で、宮本さんが指導面で強調した点を挙げています。国内的には暴力革命の放棄であり、国際的にはソ連や中国からの独立です。自主独立路線の共産党は、宮本さんなくしてはあり得なかったでしょう。
しかし、参院選で比例代表三議席に落ち込むなど、党勢の現状は厳しいものがあります。自由な討論を封じるとの批判もある民主集中制の見直しや、野党共闘のあり方、党名変更など、宮本路線や党の体質の転換を求める声は少なくありません。
宮沢さんと宮本さんは一線を退いていましたが、河合隼雄さんは文化庁長官在任中に倒れ、不帰の客となりました。
政治家のように組織や制度改革、政策ではなく、河合さんが取り組んだのは「日本人の心」です。日ごろから「現代日本にとって心のつながりを回復することが大切」と訴えました。岐阜市で開かれたシンポジウムを思い出します。「和魂とか洋魂とかでなく、球魂(地球人魂)でいこう」としゃれで締めたものです。
ユーモアを交えて、「もの」中心に傾く日本社会の変化、危機の本質を説き、「こころ」の現場から処方箋(せん)を考え続けた知性の人でした。
同様に人の生き方や社会のあり方を市民の立場から問い続け、行動したのが小田実さんです。
「ベ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)をはじめ「日韓・パレスチナ連帯」「被災者生活再建支援法」「九条の会」などの運動を続けた行動的国際知識人でした。
近刊の「中流の復興」(生活人新書)の「あとがき」で末期的がんと診断されたことを明かし、約三カ月後、参院選で自民党惨敗が伝えられる夜、息を引き取りました。
まるで遺言のような見出しが並んでいます。「平和産業でやって来た日本に誇りを」「絶望せず、世界にほどほどの豊かさと自由を」「当然のごとくみんなで助け合える社会は、見事だ」
阿久悠さんは、日本人の大半が中流意識を持った時代を中心にヒット曲を飛ばしました。当時の歌は時代の伴走者でした。でも次第に時代と歌は、ずれていったようです。
残された重い問いかけ
♪目立たぬように、はしゃがぬように…という「時代おくれ」が流行(はや)りだしたのは作詞の五年後、バブル経済が崩壊してからです。歌謡曲は昭和とともに終わったともいわれます。阿久さんは「だとすると、歌にして語りたい人間や、人間の愛(いと)しさや健気(けなげ)さがなくなったことになる」(昭和おもちゃ箱)と書きます。
鎮魂の夏。激動の戦後を彩った五人に哀悼の意を表します。そして、世界に対する日本の役割、現代人の心のあり方など、彼らが問いかけたものが、私たちになお重い課題として残されていることに気付きます。
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