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今夏も両親は横浜の一番小さい小学生の孫を3週間預かった。散々遊び呆けて明日はいよいよ帰るという日、甥っ子は宿題で祖父母の戦争体験を聞くというのが出てると言い出し「おじいちゃん、戦争についての話を聞かせて」とせがんだ。父は「戦争体験はな、いいかげんなものじゃない。今までたっぷり時間があったのに、帰り間際になって片手間に聞かせてやるようなものじゃないんだ。戦争について自分で本でも読んで調べてからもう一度聞くがいい」とけんもほろろに突き放した。小さい子を相手にそこまで頑固にならなくてもいいのに・・・もし、昭和のあの戦争をしていなかったら、日本は今どんな時代を迎えているだろう。そのことをある戦争体験者のお年寄りに問うてみたことがある。
「日本人はうぬぼれの強い性格であり、旧日本軍はそれ以上に自らを買いかぶっていたから、たとえあの戦争はやらなかったとしても、時代のどこかで戦争していただろう」
「万が一、あの戦争に勝っていたならば、日本軍は世界へ向けて威勢を張り、アジアの混乱は違った形で続いていたかもしれない。旧日本軍の思想を温存したまま現代を迎えていたならば、日本は徴兵義務が残り、核兵器も配備されているかもしれない」
そして、こうも付け加えた。
「戦争したことでたくさんの人が亡くなったけれど、たくさんの犠牲と引き換えの今の平和でもある。それをまた戦前のような軍備増強、戦争もできる国になろうとするなら、戦争で亡くなった人は無駄死になってしまう」
戦争末期、沖縄が陥落して、次はいよいよ九州が地上戦だと特に南の人間は覚悟し、恐れたのであった。当時の覚悟とは「一人残らず死ぬ覚悟であり、女性はレイプされる覚悟であった」と。略奪、住民虐殺、女子への強姦など、戦争という名の下で平時なら許されないことが兵士の褒賞のように考えられていた。外地へ派兵されたわが国の兵が、よその国で散々やってきたことを国民は聞かされていたのである。「戦え!」という命令、「投降するより自ら命を絶て!」というのは、日本人の戦時の心得であり、上からの命令でもあった。「国が一丸となって戦う」というのはそういう意味だったと。国民は国の持ち物に過ぎず、個人の意思や感情は押し殺して生きた。
沖縄の集団死は特別な人々の特別な現象ではなかった。あのまま戦争が続けば九州本土が戦場となり、沖縄の人のように集団で死を選ぶ住民は続出したであろう。
父が戦争の話をする時、感情が昂ぶって、説教口調になり、時に不機嫌な表情を見せるのは、戦争を知らない人間たちへの憤りとも取れる。
昨日の夕方のTV番組で街頭インタビューを受ける若者の多くが「8月15日」が何の日か答えられなかった。「戦争はだめだ。平和が続くといい」と感想を述べた若者もどこか他人事のような無感覚の反応に見えた。
戦争で亡くなった人を慰霊をする。平和への誓いをすることであるのはもちろんだが、イラクへ派遣された隊員の中には「武器を持っているのに使えないことがもどかしかった。堂々と武器を使って争いを収めることができるようになるとよい」という感想を述べていた者もいた。武器を持つこと、使える状態でスタンバイすること、他国より強力な兵器を持つこと、「平和を支える」という言葉の陰で、臨戦状態を許し、軍拡競争は拡大する。アメリカはなぜアジアの国同士を友好関係に導くようにしないのか。なぜ、緊張を高めるようにけしかけるのか。「世界の平和」が虚しく響く。
首相になる前の安倍晋三氏は「持っても使えない集団的自衛権なんて、日本は禁治産者か」と述べたらしい。活動できる自衛隊とは、アメリカ並に戦闘に参加できる軍隊のことである。
右傾化する国民と政治家たち。このままいくと戦争の犠牲者は無駄死になってしまいそうである。この国は本当の「世界平和」なんか望んでいないんだとわかった「8月15日」であった。
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