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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2007081502041124.html
平和は未来を奪う。希望は戦争−。そんな過激な論文が若者の心をとらえ、共感を広げているといわれます。戦後六十二年、ちょっと悲しいものがあります。
「『丸山真男』をひっぱたきたい」というのですから、タイトルからして刺激的でした。論座一月号に掲載された赤木智弘さんの論文です。
丸山真男とは輝ける戦後知識人の時代を築いた東大教授。サブタイトルに「31歳フリーター。希望は、戦争。」とありました。参院選で自民党が歴史的大敗をした二〇〇七年のことしを象徴する論文となるかもしれません。
希望は戦争に深い絶望
論文での自己紹介によると、赤木さんは北関東の実家で暮らし、月給は十万円強。結婚もできず、親元に寄生するフリーター生活をもう十数年も余儀なくされ耐え難い屈辱を感じています。父親が働けなくなれば生活の保障はなくなります。
定職に就こうにもまともな就職口は新卒に限られ、ハローワークの求人は安定した職業にはほど遠いものばかり。「マトモな仕事につけなくて」の愚痴には「努力が足りないから」の嘲笑(ちょうしょう)が浴びせられます。事態好転の可能性は低く「希望を持って生きられる人間などいない」と書いています。
今日と明日とで変わらない生活が続くのが平和な社会なら、赤木さんにとって「平和な社会はロクなものじゃない」ことになります。
ポストバブル世代に属する赤木さんの怒りは、安定した職業へのチャンスさえ与えられなかった不平等感に発し、怒りの矛先はリストラ阻止のため新規採用削減で企業と共犯関係を結んだ労働組合や中高年の経済成長世代に向けられていきます。
赤木さんにとって戦争は社会の閉塞(へいそく)状態を打破し、流動性を生み出してくれるかもしれない可能性の一つです。さすがに「私を戦争に向かわせないでほしい」と踏みとどまっていますが、「希望は戦争」のスローガンには多くの若者たちの絶望が隠れています。
苦悩直視が唯一の救い
若者が希望と未来を失ってしまったというなら(若者でなくとも)薦めたい一冊があります。
ビクトル・E・フランクルの「夜と霧=ドイツ強制収容所の体験記録」(みすず書房)です。人間への信頼と内からの勇気が湧(わ)いてくるかもしれないからです。
フランクルは強制収容所からの奇跡的生還を遂げたユダヤ人心理学者です。毎日のパンと生命維持のための闘いは、あまりにも厳しく、良心の消失、暴力、窃盗、不正、裏切りがあり、最もよき人々は帰ってこなかったと収容所生活を回顧しています。
フランクルが語るのは英雄や殉教者ではなく、ごく普通の人々の小さな「死」や「犠牲」ですが、著者まずもっての感動は、どんな極限にあっても、人間の尊厳を守り抜く少なからずの人々の存在でした。勇気や誇り、親切や品位が示され、若いブルジョア女性は「こんなひどい目に遭わせてくれた運命に感謝します」と最期まで気高く快活でした。
著者にも愛の救いがありました。妻の面影のなかに勇気や励ましの眼差(まなざ)しを見たのです。精神の豊かさへの逃げ道をもつことで、繊細な人が頑丈な身体の人よりもよく耐え忍ぶという逆説がありました。
クライマックスは絶望からの救いの思想です。人生に期待するのではなく、人生がわれわれに何を期待しているかを問うこと、具体的には唯一、一回限りのわれわれ自身の苦悩を誠実に悩み抜くことが結論でした。苦悩の直視と時にはそのための涙が偉大な勇気だともいうのです。
いかなる人間も未来を知らないし突然、何らかのチャンスに恵まれないとも限らない。未来に落胆し、希望を捨てる必要はないとのフランクルの仲間への励ましは、収容所の内と外で変わるものではないでしょう。
本日付朝刊の特集面に登場している経済同友会終身幹事の品川正治さんは市場主義全盛に抗して「人間のための経済」を唱え「人間の力」「人間の努力」に期待する心熱き財界人です。その「人間中心の座標軸」が戦場の体験から生まれ、戦後も一貫させてきたことが語られるなど鈴木邦男氏との対談は熟読していただきたい内容です。
品川流の人間のための政治や経済からすれば、若者を「希望は戦争」との絶望に追い込み、大量の低賃金・不安定労働を生み出してしまった政治や経済は間違っているに決まっています。是正の取り組みに人間の努力が向けられなければならないはずです。新たな大きな課題です。
何より人間の尊厳
日本はどこに向かっているのか。国民の不満と不安が噴出したのが先の参院選の結果だったといえるでしょう。富者と貧者、都市と地方の容認できないほどの格差拡大、富める一部が富み、弱者、貧者が切り捨てられる社会は国柄にも反します。何より人間の尊厳は守らなければなりません。
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