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差異の理解ができないこと―安倍首相の続投と自民党の衰退。【ももち ど ぶろぐ】
2007年07月31日(火)
午前5時30分起床。浅草はくもり。
安倍首相の続投
『安倍首相会見の要旨 産経新聞
すべての責任を負う党総裁として反省すべき点は反省する。そのうえで、景気回復を本物にしなければいけない。国民に実感していただけるところまで引っ張る。この使命を果たすのが私の責任だ。(選挙期間中に)大変厳しい状況を認識した。しかし、ここで逃げてはならない。厳しい中でも政治空白は許されないと続投を決断した。』
安倍さんが続投の意志を示している。安倍さんの続投は自民党の種的弱体化の象徴でしかない(このことについては昨日書いた)。安倍さんは辞めたくとも辞められないという、松岡前農相状態なわけで、「ご安全に」というしかない。
安倍さんの責任感と民意との差異
それにしても安倍さんの経済政策に対する認識は「やばいな」と思う。(なにかの催眠術にでもかかっているのじゃないのか、とも思う)。
『景気回復を本物にしなければいけない。国民に実感していただけるところまで引っ張る。この使命を果たすのが私の責任だ。』
このフレーズでは分かり辛いだろうが、これは新自由主義者、サプライサイド経済学者の使う、唯一の自己正当化理論である「トリクルダウン理論」を根拠にした発言だと(私は)理解している。
トリクルダウン理論(trickle-down theory)とは、富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透(トリクルダウン)するという経済理論あるいは経済思想である。 トリクルダウン(trickle down)とは徐々に流れ落ちるという意味で、政府のお金を公共事業や福祉などで国民(特に低所得層)に直接配分するのではなく、大企業や富裕層の経済活動を活性化させることによって、富が低所得層に向かって徐々に流れ落ち、国民全体の利益となることを示したものである。日本においても、所得税の最高税率を引き下げる時に、この考え方を根拠として用いている。 (Wikipedia)
つまり経済政策的には、小泉‐竹中路線は国民から否定されていない、という考え方なのだろう、と同時に、小泉さんに選ばれた、ということが安倍さんの唯一の拠って立つ足場のように思える。
トリクルダウン理論のレトリック
しかしそのことで、安倍さんは「だめだなぁ」と(私は)思うし、国民からの信頼を回復することは出来ないだろうな、と思う。
「トリクルダウン理論」のレトリックについては、多くの論者が指摘しているように、これは科学的なものではなく、教義のようなものでしかない。
つまり富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透(トリクルダウン)する、というのは迷信のようなもので、実際にはそんなことはあったためしはない。むしろ逆に格差は広がる。(興味があるならスティグリッツでも読んでほしい)。
それを証明するのは意外と簡単で、つまり小泉さん以来の新自由主義的、サプライサイド経済学的経済政策によって、格差は広がっている――ことで、その批判として、今回自民党は大敗した、ということだ。
サプライサイド経済学
ついでに書けば、サプライサイド経済学は失業のことはあんまり問題視しない。それは経済が成長すれば何かしら職はあるだろう、という楽観からだ。
しかしそれは人間のマリアビリティ(可塑性)若しくは自己責任という無責任に基底を置いていることで、多くは自由に職業を選択することなどできないことは自明だろう。(人間は不可逆的なものだ)。
なので失業の吸収は単純な労働になることで、賃金格差は広がる。格差は失業率で計れるものではなく、賃金格差となって表出する。「交換の原理が僕たちを定義しようとしているとき、僕たちは情報を発信しながら、定義されることから逃げ続けなくてはならないだろう。」
しかしそれを敢えて封じ込めるように、安倍さんが『景気回復を本物にしなければいけない。国民に実感していただけるところまで引っ張る。この使命を果たすのが私の責任だ。』というのなら、〈情報/伝達〉の差異の理解が出来ていないことで、自民党は国民とのコミュニケーションを閉ざしてしまう。
そのことで、自民党の末期症状はいよいよ本格化してしまうのだろう、と思う。
自民党という名は残るかもしれないが、あの悪党的で懐の深い、しかしリベラルな自民党は、もうない。
http://www.momoti.com/blog/2007/07/post_736.html
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