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◇裁判より対話の道を−−原田正治さん
刑事裁判への「被害者参加制度」の関連法案が先の国会で成立、早ければ08年秋にも施行されることとなった。これまで蚊帳の外に置かれていた被害者に、被告人への質問や求刑への意見を述べる道が開かれる。しかし、弟を殺され、それでも加害者の男と死刑執行まで交流を重ねた愛知県春日井市、会社員、原田正治さん(60)は「裁判の中ではなく、別の場で被害者と加害者が対話できる道を開いて」と訴える。【小国綾子】
◇心の傷が生々しい時期に、二重の苦しみを生む
◇実際に会うことで、相手の気持ちが信じられた
街は今、参院選一色。原田さんは、14年前の夏の日を今も忘れない。
1993年8月9日、初めて名古屋拘置所の門をくぐった。弟(当時30歳)に2000万円の保険金を掛け、交通事故を装って殺した男に会い、「なぜうちの弟だったのか?」を直接問いただすために。裁判は1、2審とも死刑判決。最高裁の判決も間近に迫っていた時だった。
アクリル板の向こう側に現れた男はしかし、原田さんの来訪に感激したように深々と頭を垂れ、謝罪の言葉を述べると、こう言った。「これでいつでも喜んで死ねます」。なぜだろう。この時、原田さんの口を突いたのは、憎しみや追及の言葉ではなかった。
「そんな悲しいこと言うなよ……」
■
最高裁で男の死刑が確定した後も、94〜95年に計3回、面会を重ねた。確定死刑囚は第三者との面会を厳しく制限されるが、原田さんは特例として3回だけ許されたのだ。しかし、向かい合うと話題はいつもとりとめのないことばかり。なぜか、一番問いたかった「なぜうちの弟なのだ!」という言葉は結局、最後まで口にできなかった。
それから十余年。今年6月、「被害者参加制度」の関連法案が国会を通過した。原田さんの思いは複雑だ。「人はこれを被害者救済だという。しかし、事件から間もない時期に、事実関係を争うべき裁判という場で、被害者が加害者に本当に問いたいことを問えるだろうか。思うことを言えず、結果的にさらに苦しみやしないか。この制度で本当に被害者は救われるのだろうか?」
23年前、弟の殺人事件の初公判があった。激しい緊張と憤りに心が高ぶり、被告人席の男を見ただけで殴りつけたい衝動に駆られた。高ぶる心に任せて報道陣に「極刑しかないでしょう」と答えた。「裁判所では激しい怒りに翻弄(ほんろう)され、一歩外に出ると今度はなぜかただむなしさだけが残りました」。裁判を毎回傍聴するたび、心は荒れていった。
だから思わずにいられない。被害者参加制度で、被害者はさらに傷つくのではないか。「加害者から残酷な言葉を投げつけられるかもしれない。加害者に『死んで償え』くらいしか言えず、『言えなかった言葉』を後々まで引きずるかもしれない。加害者と対面する気になれず、裁判参加を申し出なかったせいで、後々まで悔やみ続ける人もいるだろう。心の傷が生々しい時期に、裁判に参加するのはきつい。僕自身、加害者と面会する気持ちになるまでに、10年もかかったんです」
■
事件後、こんなイメージが原田さんの心に張り付いた。高いがけの下に、加害者の手で突き落とされた原田さんら被害者家族がいる。全身傷だらけだ。がけの上では、司法関係者やマスコミや世間の人が「かわいそうに」と言って、加害者とその家族を突き落とそうとしている。が、誰一人として「上に引き上げてやるぞ」と原田さんに手を差し伸べてくれない。高みの見物の人々は、がけの上から加害者を突き落とすことに夢中だから……。
約24年前の殺人事件は、原田さんと家族の人生を大きく変えた。公判の度、つかれたように裁判傍聴に行く原田さんを、職場は理解してくれなかった。「もう忘れろ」と言われ、孤立した。募るむなしさに生活は荒れ、妻子とも心がバラバラになった。ストレスゆえか脳幹出血で倒れ、仕事を辞めた。妻子は家を出ていった。
特例で許可されていた加害者との面会が一転、禁じられた時、原田さんは驚くべき行動に出た。弟を殺した男の死刑執行停止を求め、死刑制度反対運動に合流したのだ。「僕ら遺族の苦しみを、まだ彼に伝えてない。なぜ弟を殺したのか、まだ聞いてない。彼ともっと話したい。勝手に殺さないでくれ」という一念だった。
「必ずしも死刑廃止が正しいと今も思ってはいない。ただ僕は、犯人の処刑では心の平穏を得られなかった。彼には生きて償ってほしかった。善人ぶって『被害者感情を考えろ』と安易に言わないでほしい。被害者や遺族が何を望んでいるかは、一人ひとり違う。僕らがどんな思いでいるのか、本気で耳を傾けてくれた人はいますか?」
■
事件から四半世紀近くになるこの夏、原田さんは新しい一歩を踏み出した。市民団体「Ocean 被害者と加害者との出会いを考える会」を設立。殺人被害者遺族として、被害者や遺族を支えたいという。修復的司法の実践が進む米国の団体「人権のための殺人被害者遺族の会」の存在を知り、日本支部として同会を作った。
これまでも、数人の被害者遺族が加害者と面会するのを支援してきた。「僕自身、加害者からもらった200通近い手紙よりも、実際に会うことで、相手の気持ちが信じられた。彼が遺族である僕と誠心誠意向き合おうとしてくれたことが、誰からの慰めより、司法的な処罰より、僕に何かをくれた」。それが「癒やし」だったのか、実は今も分からない。ただ「対話することで、加害者はより償いの思いを深くし、被害者は少しでも傷を癒やすことができるのでは」と思わずにいられない。
「彼を許したのですか?」と問うたら、原田さんはきっぱりと答えた。「許せるわけない。彼の死刑執行から6年。法務省にも社会にとっても事件は終わったのでしょうが、僕には何も終わっていない。家庭が壊れ、病になり、職も失い、それでも生きている。一生引きずっていく。一人でね」
2年後、裁判員制度が始まれば、裁判員に選ばれるかもしれない私たち。原田さんの言葉がただ、胸に重かった。
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■ことば
◇被害者参加制度
05年末に閣議決定された犯罪被害者等基本計画に被害者の刑事裁判への直接関与が盛り込まれたのを受け、法相の諮問機関・法制審議会が法案をまとめた。本人か配偶者や親子、兄弟姉妹などの親族が「被害者参加人」になれる。対象事件は殺人、強姦(ごうかん)、逮捕・監禁、誘拐のほか、業務上過失致死傷など。質問などは弁護士が代理でもできる。
毎日新聞 2007年7月23日 東京夕刊
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