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週のはじめに考える 『戦後』は継承したい【東京新聞 社説】
2007年8月5日
「自民惨敗」からさまざまな民意がくみ取れます。安倍晋三首相の政権運営の稚拙さだけでなく、公約である「戦後レジームからの脱却」への危惧(きぐ)もあったのでは。
「美しい国へ」と国民生活をめぐる厳しい現実との大きい落差−。
安倍首相率いる自民党は、この深いはざまに落ち込んで、歴史的な惨敗を喫しました。
「こんなはずではなかった」。激しい選挙から一週間、安倍首相のぼやきが聞こえてきそうです。
昨年九月の首相就任後初めての全国規模の国政選挙でした。「美しい国」を目指し、「戦後レジームからの脱却」を果敢に進めて、任期中に憲法改正を実現する…。
首相の未熟さを露呈
自らの高邁(こうまい)な公約を高々と掲げて国民の信任を受ける。こんな選挙戦を描いていたはずです。
ところが、国民が「小泉・安倍改革」の副作用である所得格差、地方格差に苦しんでいるところへ、でたらめな年金の扱い、閣僚の失言や事務所経費ごまかしの「逆風三点セット」です。
首相は選挙直前になって対策を連発しましたが、その慌てぶりや側近をかばう姿勢が国民の不信をあおり、自民惨敗を招いたのです。
選挙後の赤城徳彦農相の更迭も含め相次ぐ不祥事に、安倍首相の「未熟さ」、特に人事の稚拙さ、危機管理のまずさが露呈してしまいました。閣僚一回の経験不足、政策や見識の軽さなどのためです。
「政府や政治に向けられた不信すら一掃できないようでは、新しい国づくりなんてできないぞ」(内閣メールマガジン)。首相は国民の声をこう解釈しました。
「大事の前の小事」。目前の「小事」の処理すらうまくできない首相に「新しい国づくり」はしてほしくない。国を誤る恐れすらある。これが民意ではないでしょうか。
「基本路線」への危惧も
にもかかわらず、首相は「私たちが進めてきた基本路線は理解いただいた」と言いますが、強弁です。
むしろ「基本路線」に危惧を抱いた有権者の方が多かったのではないか。そうでなければこれほどの惨敗は説明がつきません。
例えば「戦後レジームからの脱却」…。レジームは一般に政治制度や体制のことです。共産主義体制、独裁体制などと使います。
日本の戦後レジームは、六十年余で定着した現憲法の基本理念である主権在民、人権尊重、非戦主義に基づく民主主義体制です。
ここからの「脱却」とはどういう意味なのか。就任当初この言葉を耳にしたとき、まさか戦前の体制に回帰するのではと驚きました。
その柱になるのが憲法改正です。「占領時代に素人のGHQ(連合国軍総司令部)がいまの憲法をつくった」(安倍首相)からです。
あまりに短絡的です。GHQ案が基になったのは確かですが、日本人学者らによる「憲法研究会」などの案がかなり採り入れられました。戦争放棄の九条は、当時の幣原喜重郎首相の提案とも言われています。
当時の為政者は「ポツダム宣言」で敗戦を受け入れ、時に忍び難きを忍んで、この国を存続させました。
国会での密度の濃い審議を経て、現憲法を成立させ、豊かで平和な六十年余を実現したのです。
「戦後レジーム」には、数百万人の生命の犠牲、汗と涙が詰まっています。大黒柱である憲法も含め、簡単に切り捨ててほしくありません。歴史に対する謙虚さが必要です。
安倍首相は参院選で実績として、教育基本法改定、防衛省昇格、憲法国民投票法成立などを挙げました。集団的自衛権行使のために有識者懇談会も発足させました。
一連の動きには国権強化、国家によるさまざまな分野への関与強化への志向が見られます。
首相は「現憲法の基本原則は尊重する」と言いますが、なし崩しにされるのではないか。憲法は米国の押しつけと言いながら、米国が望むように協力して武力行使ができる憲法に変えるのではないか。
「戦後レジームからの脱却」には危うさが透けて見えます。
また、旗印の「美しい国」は首相以外の自民候補はほとんどが口にしませんでした。有権者の反発を受けるとみてのことです。いわゆる「基本路線」は有権者に呼び掛けられないままでした。
人心一新の民意に鈍感
「国民の怒りや不信を厳粛に受け止める」「人心を一新せよというのが国民の声だと思う」
安倍首相は、神妙な面持ちで反省の弁を繰り返しています。しかし、その結論が「続投」では何をかいわんやです。簡単に戦後を切り捨て「美しい国」を目指すという言葉の軽さ、そして民意への鈍感さがここにも表れています。
「戦後レジーム」は、改革すべきを改革するのは当然ですが、これからも誇りを持って「継承・発展」すべき私たちの財産です。
戦後日本が出発した八月十五日を前にあらためて思います。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2007080502038689.html
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