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参議院選挙の結果をどう見るか = 山口二郎
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投稿者 ダイナモ 日時 2007 年 8 月 01 日 17:48:22: mY9T/8MdR98ug
 

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07年7月:参議院選挙の結果をどう見るか
2007.07.31 Tuesday 01:28

今回の参議院選挙は、年金に対する危機感の高まりを契機に国民の大きな関心を集めた。結果は、「山が動いた」一九八九年に次ぐ自民党の大敗となった。自民党の敗因を考えると、年金不信や閣僚の失言という急性の要因と、小泉時代以来蓄積してきた慢性の要因とが相乗効果を起こしたように思える。急性の要因だけに目を奪われていては、選挙に表現された民意を読みそこなうことになる。また、急性の要因は、実は慢性的病理の表面的な現われに過ぎないというより深い現実をも直視する必要がある。
年金不信については、国民の申請によって年金を給付してやるという官僚体質こそが根本的な原因である。今回安倍政権は、社保庁民営化や国家公務員法改正など大慌てで官僚攻撃の政策を実現したが、自民党が長年官僚と二人三脚で政権を維持してきたことは国民には明らかであった。小泉時代に「官から民へ」というスローガンが自民党の売り物になったが、そこで言う民とは、民間企業の民であって市民の民ではないことがはっきりした。

閣僚の失言や政治と金をめぐるスキャンダルについても、表面的な問題ではなく、安倍首相のリーダーシップの問題である。それはまた、安倍氏を圧倒的多数によって総裁に選んだ自民党全体の危機と言わなければならない。安倍首相も自民党の政治家も、人を見る目がない。もはや自民党という政党は、政治家を鍛えたり評価したりする機能を失っているのである。

慢性的要因としては、小泉構造改革の負の遺産があげられる。地方交付税や公共事業費の削減によって地方の疲弊は止まるところを知らない。小泉政権時代に規制改革会議の議長を務めた宮内義彦氏が北海道には人口が二百万人もいれば十分だと公言したように、行政コストのかかる田舎にはもう人は住まなくてもよいというのが、小泉、安倍両政権の中枢部を占めるエリートの発想である。一人区での自民党の大敗は、こうした構造改革に対する保守層の反発がもたらしたのである。

北海道選挙区の結果も、こうした全国的傾向と軌を一にしている。自民党の伊達忠一氏は議席を守ったものの、選挙戦の終盤に新党大地と民主党が推薦する多原かおり氏に猛追されて、冷や汗をかいた。また、伊達氏にしても、北海道新幹線の札幌延伸という反構造改革的政策を唱えて、保守層の引止めに必死であった。私は、伊達氏の政策にけちをつけたいのではない。政治の世界は効率や収益だけで物事を割り切ることはそもそも不可能であり、単なる市場とは別の国土像や社会像を持たなければ政治家は務まらないと言いたいのである。

参議院での与野党逆転という結果を受けて、政界は流動化を始めるであろう。自民党が小泉政権以来新自由主義的な構造改革路線を旗印にしたのに対して、今回民主党が小沢代表の下で生活重視路線を明確にし、政策内容としては社会民主主義路線を採用した。これによって政策本位の二大政党制が整ってきたように見える。しかし、それぞれの党の中を見れば雑居状態は治まっていない。日本の政党政治は、これからさらに再編の時代を迎えるように思える。(北海道新聞7月30日夕刊)


07年7月:参院選の意義―――シンボルから生活への回帰
2007.07.31 Tuesday 01:27

今回の参院選の総括を書くに当たって、二〇〇五年九月一一日の総選挙の翌日に本紙のこの欄に寄稿した文章を読み返し、この二年間の政治の大きな変化を痛感した。あの時私は、小泉自民党が圧勝した郵政選挙の意味について、「多くの人々が生身の人間の営みとしての政治に背を向けたことの現われ」、「面倒見としての政治を否定するという転換」と規定している。実はあのころから、雇用や社会保障に関する不安が高まっていたのだが、そんな話は総選挙の争点にはならなかった。国民は、郵政民営化という自分たちにとっておそらく一文の得にもならない話題に熱狂し、「小さな政府」や「官から民へ」というスローガンに喝采を送った。この点を捉えて、生身の人間の生活や苦労と政治が乖離したという結論に達したのである。

あれから二年近くたって、選挙の情景は一変した。安倍晋三首相は、当初憲法改正や戦後レジームからの脱却を唱えて、この選挙を長期政権の第一歩としようとした。安倍の持論、「美しい国」にしても、「脱戦後」にしても、およそ生活臭のない象徴の羅列こそ、安倍政治の特徴であった。これに対して、民主党は年金加入記録の杜撰な管理をこつこつと追及し、争点の設定に成功した。年金への不安から始まって、雇用、大都市以外の地域の疲弊など、この数年継続している生活に関連する不安が大きな政策争点に浮かび上がった。「生活第一」という小沢一郎民主党代表の戦略が成功したことは明らかである。

政治とは、本来、多くの人々が共通して抱える生活上の問題を解決する営為である。その意味で、小泉政治という魔術が解け、人々は政治の本来の役割を思い出したということができる。この二年近くの間、小さな政府という名の冷淡な政治の路線が、様々なひずみを作り出したにもかかわらず、内容空疎な「美しい国」というシンボルで国民の支持をつなぎ止めることができると考えた点に、安倍自民党の致命的な錯誤があった。

今回の選挙は、自民党が陥っている深い矛盾を浮き彫りにした点でも、印象深い。一方で人々は古い自民党を解体して欲しいという欲求を持っている。他方で、農家、地方の中小企業主など長年自民党を支えた人々は、地域社会や人間を顧みる暖かい政治を取り戻して欲しいと願っている。この二つの期待はしばしば矛盾するものであるが、小泉時代には小泉純一郎という政治的天才の技量によってこの矛盾が覆い隠されていた。しかし、小泉時代の終わりとともに、この埋めがたい矛盾が露見した。

安倍も、決して二つの課題に鈍感だったわけではない。古い自民党を否定するために、官僚をたたき、公務員制度改革を一応は実現した。しかし、政治と金をめぐる旧態依然たる疑惑が噴出し、松岡利勝前農水省が自殺するに及んで、安倍は新しい政治を語る資格を失った。長年の支持者に対する暖かい政治についても、「ふるさと納税」などの新機軸を打ち出そうとしたが、あまりにも中途半端であった。都市部では古い自民党を嫌悪する無党派層に嫌われ、農村部では長年の支持者から訣別を告げられた。今回の惨めな成績は、両方での敗北を合算した結果である。

参議院における与党過半数割れによって、政党政治は一気に流動化するに違いない。解散総選挙を求める動きは与野党から強まるであろう。民主党も大勝に酔う余裕はない。本気で政権を狙うためには、信頼できるリーダーシップと、より具体的な政権構想の提示が不可欠である。

自民党が危機を乗り越えて政権を持続するのか、それとも民主党が政権交代を実現するのかは、現在の自民党が陥っている矛盾を打開する政策を作り出せるかどうかにかかっている。透明性が高く、公正な政治の手法を確立しつつ、政策内容としては地方や弱者に適切に配慮するという課題への答えを先に見出すのはどの党であろうか。(東京新聞7月30日夕刊)


07年7月:この参院選の新しさ
2007.07.31 Tuesday 01:25

いよいよ参議院選挙の投票日である。読者の方々も、この国の将来をしっかりと見据えて、必ず投票に行かれるよう、願っている。選挙戦は昨日で終わっているので、本欄でも政党や候補者についての論評は差し控え、今までの選挙戦から見えてきた今回の参議院選挙の特徴について考えてみたい。

今回の選挙は一二年に一回めぐってくる亥年の参院選である。過去の結果を振り返ってみると、亥年の参院選は投票率が低く、それにともなって自民党が苦戦する傾向があった。この「法則」を発見したのは、今は亡き政治ジャーナリストの石川真澄氏であった。関心のある方は、石川氏の著書『戦後政治史』(岩波新書)の巻末に収録されている各選挙のデータを見ていただきたい。

石川氏はその理由を次のように説明していた。亥年の参院選は、四月の統一地方選挙の直後に行われる。自民党の参議院議員は、衆議院議員と比べて自前の後援会組織を十分に作っていない場合が多く、実際の選挙戦は地方議員に依存する傾向が強い。ところが、亥年の場合四月の地方選挙で手足となる地方議員が疲れきっており、集票活動が鈍る。したがって、全体として投票率が下がり、自民党は苦戦する。

石川説は、戦後保守政治のある側面を説明するものとして、政治家自身やジャーナリストから支持されてきた。この説の重要な前提は、地域の保守政治家が持っているネットワークが活発に動くかどうかによって、選挙民が投票所に足を運ぶかどうかが左右されるという点である。

今回は、亥年の選挙でありながら、国民の関心は今までになく高いようである。期日前投票は空前の数に上り、世論調査でも選挙に関心を持つと答えた人は従来よりも増えている。全体として、投票率は参院選としては久しぶりに六〇%を超えることも期待されている。石川説が外れるということは、日本政治に大きな地殻変動が起こっているということを意味しているように、私には思える。

今回の選挙の最大争点は、言うまでもなく年金である。どの党に投票するかにはかかわりなく、有権者は各党の年金政策を重視していることが、世論調査に現れている。これに続くのが、雇用、福祉、格差などの問題である。これらはいずれも全国レベルの課題であり、国全体の政策を変えることによって解決される性質のものである。これに対して、地域固有の問題について訴え、住民の歓心を買うという政策主張は、影を潜めたように思う。たとえば、私の住む北海道は、依然として地域の疲弊が続いており、地域経済の活性化は大きな課題である。中には札幌まで新幹線を引くことを重点政策に掲げた候補者もいたが、新幹線延伸という政策はあまりインパクトを持っていない。もはや人々は特定地域に向けた利益誘導策にはあまり現実味を感じていない。また、地域レベルの政治のネットワークも、市町村合併や高齢化などでかなり弱体化している。

この点が、石川説が説明力を失った最大の原因ではないかと私は考えている。もはや、投票というのは有力者に頼まれて行くものもないし、目先にえさをぶら下げられて行くものでもない。一人ひとりの市民が、国全体にかかわる重要な政策について考え、自らにとって最も納得のいく候補者、政党に投票するようになった。この傾向は小泉政権の時代から進んできたが、今回は年金という身近な問題が浮かび上がったために、国民もより真剣に選挙にかかわっているように思える。

石川説がその歴史的役割を終えたことを、天上の石川さんはきっと喜んでいるに違いない。それは、日本の民主政治が一歩進化したことの現れだからである。ともかく、今夜の開票速報を注視したい。(中国新聞7月29日)


07年7月:やはり政党再編が必要だ
2007.07.31 Tuesday 01:24

加藤紘一氏から、近著『強いリベラル』(文芸春秋)を贈っていただいた。テロに屈しない民主政治家としての筋の通し方といい、新自由主義に対抗するコミュニティ重視の社会経済政策といい、良心の叫びとも言うべき本である。こんな政治家が指導者となるような政党があれば、喜んで投票するのにと思ったのは、私一人ではないであろう。

しかし、残念ながら自民党の中では加藤氏は孤立している。小泉政権末期、私が対談した際には、加藤氏は自民党の中の良識派が再び力を取り戻し、党内での擬似政権交代によって政治に正気を取り戻すことができるという展望を示していたように記憶する。しかし、仮に自民党がこの参議院選挙で大敗しても、今の自民党には安倍を引きずりおろして、自民党をまともな方向に戻そうという気概を持った対抗勢力は存在しない。擬似政権交代によって政権の延命を図るという知恵も、今の自民党からは消え失せている。もし、選挙後に安倍が退陣し、世間で言われるように麻生太郎外相が首相になっても、それは擬似政権交代とさえ言えない、単なる政権のたらいまわしである。

各紙の世論調査は、29日投票の参議院選挙において自民党が大敗し、与党が過半数を大きく割り込むことになるだろうと予想している。安倍政権の暴走を批判してきた者にとっては、とりあえず望ましい展開である。ただし、与党過半数割れは憲法改正などの悪政を食い止めるための最低限の必要条件である。そこから必然的に、たとえば加藤氏のいうリベラル路線のような望ましい政治への道筋が開けてくるわけではない。選挙で大勝した民主党にしても、自民党からなりふり構わぬ多数派工作を仕掛けられれば、内部に様々な動揺が走るであろう。

自民党にも加藤氏のような優れた政治家がいる。民主党にも、従軍慰安婦に対する政府の関与はなかったなどという恥ずべき意見広告に名を連ねるような愚劣な政治家がいる。普通に考えれば、政党再編成が必要だということになる。

民主党の側には、折角自民党を追い込んだのだから、党が割れるようなことは避けたいという意向があるに違いない。もちろん、一致結束したまま自民党を追い詰め、政権交代にまで到達できればそれが最も望ましい。しかし、党の結束を優先するあまり、重要な政策争点について党としての明確な見解を示せないとすれば、民主党は95年の参院選で大勝したもののその後1年余りで瓦解した新進党の轍を踏むことになるであろう。新進党の場合、見せ掛けの結束を保とうとするあまり、政策議論を封印し、結局議員の相互理解を作れないままに終わった。

たとえば、集団的自衛権という重要問題がある。この秋には安倍首相の設けた有識者会議が結論を出し、集団的自衛権の行使を認めるよう政府見解を変更するという動きが始まりそうである。既に本欄でも述べたように、安倍政権のこうしたやり口は、憲法の破壊に他ならない。党内にいる集団的自衛権賛成派が飛び出すことも辞さないくらいの決意で、民主党はこの点で安倍と対決すべきである。そうすることによって、民主党には政策的軸が立ち、政策本位の再編成へ道も開けてくるであろう。(週刊金曜日7月27日号)

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