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(回答先: イラク復興支援12次隊が帰国 空自小牧基地(朝日新聞) 投稿者 天木ファン 日時 2007 年 7 月 16 日 15:45:03)
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/saninsen07/shiga/CK2007071602032984.html
【参院選2007 滋賀ニュース】
<だから1票> (2)憲法 海外派遣、揺れる自衛官
2007年7月16日
九条の現場での悩みは深い。
大津市の藤井敏彦(56)=仮名=は、妻の言葉が忘れられない。二〇〇三年七月にイラク復興支援特別措置法が成立。自衛隊派遣が決まった直後に言われた。
「良かったね。イラクに行かなくって」。藤井は一九九七年に除隊していた。そして妻は言葉を重ねた。
「息子は絶対に自衛官にさせない」。その気持ちは痛いほど分かった。
二十数年前、藤井は北海道の上空にいた。陸上自衛隊のヘリコプターパイロットとして、ある任務を背負っていた。そこへ網走の管制隊から無線が入る。
「前方に標的」
飛行場から飛び立つロシア戦闘機が目に入った。ヘリは風でロシアの領空に流されていた。「撃たれる」。とっさに高度を下げる。内臓がせり上がった。
「死ぬかと思った。こっちは攻撃できないが、向こうは違うから」
専守防衛。日本の防衛の基本方針だ。藤井は航空自衛隊の例で説明する。緊急発進時には、二機のジェット機が飛び立つが、一番機は「死番」と呼ばれるという。一機がやられなければ、攻撃はできないからだ。
十五歳の時、自衛隊生徒として入隊し、自衛官として三十年以上過ごした。晩年、自衛隊は次々と海外に行くようになった。
きっかけは九〇年の湾岸戦争。百億ドル以上を拠出しながらも「人は出せないのか」と批判を浴び、九一年に、機雷除去のためペルシャ湾に海上自衛隊を派遣した。
国連平和維持活動(PKO)協力法を整備し、カンボジアや東ティモールへも向かった。そして、イラクへ。
藤井は海外派遣に異を唱える。「海外に行く必要はない。自衛隊法には日本の独立と平和を守るのが自衛隊の使命とある。世界を守るなんてどこにも書いていない」
だが、海外への動きは加速している。
自民は〇五年十月に新憲法草案を発表した。九条一項の戦争放棄はそのまま残し、戦力不保持をうたった二項は書き換え、「自衛軍の保持」を明記した。
任務の一つは、国際社会の平和と安全確保のための活動。明文化はされていないが、海外での武力行使も容認している。
今年五月には、憲法改正の手続きを定めた国民投票法が成立。自民は施行される一〇年の改憲発議を公約に掲げる。
参議院議員の任期は六年。選ばれた議員が憲法改正に直面する可能性は高い。
改憲すべきか否か。藤井は「分からない」と言う。「それは国民が決めること。自衛官は国の命令に粛々と従うのが使命だから」。それゆえ、隊員の気持ちを代弁するかのように付け加えた。
「隊員にも死んだら悲しむ家族がいる」
=敬称略
(藤川大樹)
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