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<おちおち死んではいられない>
◇違うからこそうれしい−−詩人・97歳、まど・みちおさん
◇自分は生かされているんだ、「ぞうさん」はそういう誇りを持てる歌なんです
今年、98歳を迎える詩人、まど・みちおさん。童謡「ぞうさん」「一ねんせいに なったら」の作詞者と聞けば「ああ」とうなずく人も多いはずだ。
「家はむちゃくちゃなので」と、川崎市の小田急線新百合ケ丘駅近くにある喫茶店で待ち合わせた。午後2時、お店は女性でいっぱいだ。笑い声でまどさんのか細い声が消えてしまう。
大声で記事の題を言うと「『どこへ行こうとしているのか』、ですか。面白いですね。僕が、ですか? はあ? ああ、『この国』ですか。日本のことですか」
確かに「僕はどこへ行こうとしているか」の方が響きがいい。「こんなにやさしい言葉で、こんなに少ない言葉で、こんなに深いことを書く詩人は、世界で、まどさんただ一人」とは詩人、谷川俊太郎さんの言葉だ。そんなまどさんの国家論などあまり聞いたことがない。
まどさんは言い訳でもするかのように、こう語り始めた。「私自身が相当ひどい認知症、アルツハイマーなんですね。それで、みんながまともに受け取ることも、なんかぼやけているんです。本当にわかってるのかわからんのか、それがわからんのですよ。(テレビの)連続ドラマも、筋がまるっきりわからんのです」
昨年の写真と比べ、さらに細くなった印象だが、薄茶色の瞳はしっかりしている。言葉も韻を踏んでいて、冗談も飛び出す。「ステッキで歩くと楽ですけど、ステキでもないんです」
最新詩集「そのへんを」(06年、発行所・未知谷(みちたに))に、珍しく政治的な作品がある。
<小さな島 をめぐって/日本の国と 隣りの国とが/またまた やり始めた/オレの土地だ ワシの土地だと(略)持ち主は地球だ/いやいや地球がその中に/住まわせて頂いている宇宙が/正真正銘の持ち主だ/その宏大無辺の/神さまのお住まいで/人殺しごっこなど/天罰てきめん/どっちの国も こっちの国も/あとかたなしさ/あっというまのあっけらかんさ>(「あっけらかんさ」)
「年とるほど、こういう考えになるんです。日本は地球のもの、地球は宇宙のものとね」
■
特にどこの宗教に属しているわけではないが、毎日、祈り続けている。「昼は思いついた歌を歌い、夜は(昔会った)人を思い出し、むにゃむにゃと祈っているんです」。まどさんにとって、神とは「地球どころか宇宙の法則、永遠性だと思います」。
地面の細かなものを見つめる幼子の目は、一瞬にして宇宙の果てへ飛ぶ。そして神の目となって自分自身を見下ろす。まどさんにあるのは、そんなまなざしだ。宇宙の一粒のかけらにもなれない小さくて孤独な自分。その感覚が詩を生むと、まどさんは言っているようだ。
「電信柱が遠くへと小さく重なっていくのを見ると涙が出ると言うと、納得してくれる人、たくさんいました。それを『遠近法の詩』(という作品)に書いたら、『僕もそういうのがある』って言われました」
■
原点は5歳、1915年のことだ。
<ある朝、まどさんが目を覚ますと、家の中がひっそりしていた。お母さんがいない。兄さんも、妹もいない。戸棚のなかに、赤と青の色粉をつけたまんじゅうが皿にのせてあり、これ道雄にたべさせて、と書いた紙がそえてあった>(85年、阪田寛夫著「まどさん」新潮社)
家族はまどさんだけを残し、台湾に渡った。5歳といえば、一番親に甘えたい年ごろだ。
「目が覚めたら誰もいなかったんです。ドクダミの白い花の嫌なにおいをかぐと、その時の気持ちが今もよみがえります。かくれんぼで、家の中に隠れた時、そのにおいがしたんです」
かくれんぼ。ふと気づくと、誰もいない。
9歳で台湾に渡るまで祖父と暮らした。「なんで置いていかれたのか。私はどう感じたのか……。じいさんが私をかわいいと思っていたのはわかりました。いろんなことを言っても、丁寧に聞いてくれました。かんしゃく持ちでしたけど、優しいじいさんでした」
恨んだり、人のせいにしない。自分など、動物と、虫と、草とくらべても、大したことはない。まどさんが醸し出す孤高と清涼は、そんな姿勢から来るように思う。
評伝「まどさん」によると、台湾で土木技師をしていた時、他の日本人とは違って、台湾人を差別しなかった。33歳で入隊し、若い上官から殴られても、恨みの言葉一つなかった。「被服検査、成績不良。気合ひを入れて貰ふ(中略)その方法頗(すこぶ)る男性的にして、公平にして、簡明にして、肝に銘ずるものあり」(43年2月2日の戦中日誌より)
「ぞうさん」にはさまざまな解釈があるが、詩人、吉野弘さんの見方が「一番、その通りという気がします」と言う。
<ぞうさん/ぞうさん/おはなが ながいのね/そうよ/かあさんも ながいのよ>(「まど・みちお全詩集」理論社)
悪口を言われたぞうさんは「かあさんも長いし、そのかあさんが好き」と答える。「この世界で自分は生かされているんだと誇りを持てる、そういう歌なんです」
でも、人は人を差別する。
「違うからこそ、うれしい、違ってもうれしいんだよってことを忘れてしまっていますね。僕は同じことを繰り返し言っているにすぎないんですけど……」
■
まどさんは思い出したように、今の日本について語りだした。
「不思議なのは、なんでもブームになっちゃうの。人が行列すると、何かわからんでもお尻にくっついて長いこと待っている。詩とか絵とかいうふうなもので行列なんてことはないはずなのに、行列にならないからこそいいのに。何でも行列になる癖がついていると思うんです。正直でもあるけど、なんとなく情けない気がするんです」
ニュースも何もかも、すべてランキングで決まる。「みなが求めるものがいいもの」という価値で時代が進めば、自分で判断する力さえなくなってしまう。
「大人になると幼いころの目を失ってしまう。人間って、そういうものなんです。目先のことにとらわれてしまい、それに気づく人が少ないのかもしれません。少し気を落ち着けて見れば、みな感じることなんでしょうけど。なんでもかんでもまねすればいいと思っていて、情けないことですね」
まどさんはこう付け加えた。「でも、その人たちが幸せだと思っていればそれでいいと思うんです。私にそんなことを言う資格はないし、私もその中の一人にすぎず、もっとも下等な人間なんですから」【藤原章生】
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■人物略歴
本名・石田道雄。1909年、山口県徳山町(現周南市)生まれ。9歳で台湾に渡り、台北工業学校卒。25歳の時、童謡2編が北原白秋に評価され、土木技師を辞めて詩作を本格化。復員後、工場の守衛、雑誌編集長などをつとめた。語りをまとめた「いわずにおれない」(05年、集英社)がある。
毎日新聞 2007年7月6日 東京夕刊
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