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安倍政治は祖父で元首相の岸信介を抜きには語れない。岸は戦争指導者でありA級戦犯であり、改憲に執念を燃やしたリーダーだ。「戦前型レジーム」に復帰させようとして、60年安保という国民的な大騒動が起きた。これは、敗戦を受け入れ新憲法を肯定する革新勢力と、敗戦を屈辱と考え自主憲法制定を主張する右派勢力の激突だった。結果は、安保は国会を通ったものの、岸は国民的な反対にあって退陣を余儀なくされた。
安倍首相は、岸の無念さや怨念を抱えて政治を語っているように私には見える。そうした問題設定自体が的はずれな感じがする。
60年安保が純粋戦後派と戦前復帰派の痛み分けで終わったあと、いま我々が戦後保守政治と呼んでいる体制が確立する。池田首相以降の経済成長優先プラス日本型平和国家路線だ。安保条約と自衛隊はあるものの軍事的には突出しない。これが保守本流として固まっていった。
戦後の日本は自民党がつくったものだし、自民党の長期安定政権は60年安保で岸が辞めたから可能になったといえる。あのまま突っ走っていたら国民は付いていかなかっただろうし、あそこで池田勇人や佐藤栄作ら保守政治家たちが学習したからこそ、その後の自民党がある。
私たちが生きてきた戦後レジームとは、経済成長と平等、9条の下に安保と自衛隊を持つということの総体だ。これはまさに自民党がつくってきたものであり、そこから脱却するというのはどういうことなのか、安倍さんはわかっているのだろうか。歴史認識が伝わってこない。
安倍首相の政治スタイルでいえば、最近頻発している問題、たとえば農水相の自殺や社会保険庁の年金記録問題に対する、落ち着きのない反応が気になる。年金の問題も「不安を煽ったらいけない」と言って民主党が提起しても取り合わなかったのが、世論がある臨界点を越えて沸騰したら、あわてて1日で法案を通した。右往左往して思慮を欠いた政策を打ち出すとますます国民の信頼を失うという悪循環にはまっている。政治家として、首相として、やってはいけないお手本を示してくれているようだ。これも自信のなさの現われだろう。
安倍政権が提示する主要政策は観念的なものが目立つ。憲法論議にしても教育政策にしても。ほんとうはお金をどこにどうつけるかとか、実体的な資源配分とか利害調整が政治の本質なのだが、たとえば彼の教育論は基本法からはじまって抽象的な観念論に終始している。世の中にはいろいろな立場や利害があって、それをいったん受けとめて、多くの人が納得する解決策を見いだしていく姿勢が、特に保守政治には大切なのに、安倍は本来の保守とは異質な存在だ。これは安倍さんだけじゃなくて、全体として自民党のなかに2世、3世が跋扈して、政治家をトレーニングしていく仕組みがこわれてしまったということがあるのだろう。
安倍政治のメリット? うーん・・・憲法改正については、最近の世論調査をみると「9条を変えるべきだ」という割合が減ってきている。これは安倍さんのおかげでしょう。彼が改憲を叫んでくれたおかげで、国民が憲法をまじめに考えるようになった。そして「あんなにおたおたしている政権に改憲をやらせていいのかな」と人々が思い出した。その意味で国民は健全だ。小泉首相みたいな詭弁能力を持つ人が言い出したら、なんとなく「そうかな」と思ってしまったかもしれないが。
だから、護憲派は安倍首相に感謝しなければいけない。安倍さんありがとう、と言いたいですね。(朝日新聞7月1日付)
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