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http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070514dde041010056000c.html から転載。
国民投票法:成立 届かぬ「おじいさまの声」 「護憲」三木さん悔し
◇戦争回避訴えた安倍首相の祖父
安倍晋三首相が提唱する「美しい国」への大きな一歩−−。14日成立した国民投票法は、憲法改正の手続きを細かく定めた。平和憲法の象徴である9条も例外ではない。「成立は遅すぎたくらいだが、憲法を考えるいい機会になる」と評価する声がある一方、暗い時代の歴史の証人からは「冷静に考えて」との声も上がっている。
「(安倍首相の)天国のおじいさまが、何とおっしゃるかしらね」。憲法改正を政権の重要課題に掲げ、国民投票法成立を主導した安倍首相に、故・三木武夫元首相の妻睦子さん(89)=東京都渋谷区=は苦言を呈した。安倍首相の父方の祖父寛さん(故人)は太平洋戦争中、三木元首相とともに対米戦争反対を唱えた人物だったからだ。
寛さんは、旧帝国議会の元衆院議員。1942年の翼賛選挙では、翼賛政治体制協議会の推薦を受けずに当選し、同じく非推薦で議席を得た三木元首相とともに、軍部主導の国会を批判した。
握り飯とわらじ履きが、寛さんの思い出となっている。寛さんは戦争回避などを訴える街頭演説を終えると、東京都豊島区の三木家に寄り、「腹が減った」とよく言った。睦子さん手製の握り飯をほおばると、すぐにわらじを履き直し、また演説に出かけた。寛さんには、特高警察の監視が絶えなかった。「行って来る」と、毅然(きぜん)と言い残し、街に消える幅広の肩が忘れられないという。
終戦後の46年1月、寛さんは新憲法の公布を見ることなく51歳で病死。その後、自民党に合流した三木元首相は、睦子さんがその真意を尋ねると、「僕が党に残らねば、(戦争放棄を定めた)憲法9条はなくなってしまうよ」と話した。
睦子さんは04年、護憲を求める「九条の会」の呼び掛け人となった。2人の遺志を継承しようと思ってのことだ。「力及ばず、改憲への道のりが作られてしまった。安倍首相には2人の声が聞こえなかったようね……」。この夏に90歳を迎える声に、悔しさがにじんだ。【平川哲也】
(以下略)
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