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2007年06月10日
国家と国民は一体なのか
6月9日の朝日新聞「異見新言」で萱野稔人という津田塾大准教授が、「国家と国民は一体なのか」というタイトルで一考察を書いていた。私の考えに近いものがあるので、それを要約して以下に述べてみたい。
彼はまず1972年の日中国交正常化の周恩来の有名な言葉を引用する。「・・・中国人民は、ごく少数の軍国主義分子と広範な日本人民とを厳格に区別してきました・・・」。そしてこれに対する安倍首相の公開討論会における次の言葉を対比させる。「日本国民を二つの層に分けるという事は中国側の理解かもしれないが、日本側はみんながそれで理解してはいない。やや階級史観的ではないか」。
そして、この安倍発言こそ「国家と国民は一体である」という安倍首相の国家観が現れていると萱野准教授は次のように述べるのである。
「・・・国家の運営に直接かかわったり、役人や軍人として一定の権限を与えられたりする人間と、それ以外の国民とを区別してはならない、という発想に(安倍首相の)国家観が具現している。これが沖縄戦での『集団自決』に関して表明されると、軍の命令という要素をなんとか無化したいとする政府(文部科学省)の態度になるのである・・・
しかし国家は社会の中でも特殊な存在だ。なぜ特殊かと言えば、それは国家だけが合法的に暴力を用いることができるからである。逮捕という形で人々の身柄を強制的に拘束したり、戦争というかたちで武力行使をしたりすることが法的に認められているのは国家だけである・・・国家と国民の間には明らかな非対称性があるのだ・・・」
そして萱野准教授が締めくくっているように、国民側からではなく、安倍首相の国家観のもとで改憲の準備が進められているところに、国民側から見た危うさがあるのである。すべての国民がそうあるべきであると言うつもりはない。しかし国家と国民が「国家権力」という暴力を行使できるか出来ないかという点において非対称性である以上、「国家と国民は一体である」という国家観を拒否する自由は、国民側に残されなければならないのだ。
http://www.amakiblog.com/archives/2007/06/10/
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