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□臨床政治学 永田町のウラを読む=伊藤惇夫 <第7回> 「対立軸」という無意味 [中央公論]
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20070622-02-0501.html
2007年6月22日
臨床政治学 永田町のウラを読む=伊藤惇夫 <第7回> 「対立軸」という無意味
国政選挙が近づくたび、必ずマスコミが野党に要求する「対立軸」と「争点」−−。けれど、本気で政権交代を目指すなら、こんな要求に振り回されていてはいけない
政治の現場にいる人間からすると、時として、マスコミのいかにも「したり顔」ふうの"正論"に対し、無性に腹が立つことがある。口では「ごもっとも」と呟きながら、腹の中では「何、お気楽なこと言ってやがるんだ」と叫ぶこともしばしばだった。さしずめ、この「対立軸」などはその典型だろう。
国政選挙が近づくと、マスコミが必ずといっていいほど、主に野党に"ないものねだり"するのが「対立軸」あるいは「争点」である。参議院選挙に向けた動きが本格化しつつあるなかで、すでに「民主党は自公連立政権に対し、明確な対立軸を示すべきだ」といった論調が新聞などにも目立つようになった。だが、ほんとうにそうだろうか。
「争点の大き過ぎる二大政党制は社会を混乱させる」
ウィンストン・チャーチル(元英国首相)は、こう喝破している。つまり、政権交代を前提にした二大政党制の下では、政権が代わるたびに、社会が大混乱を引き起こすほどの政策、方針の違いがあってはならないということ。政権交代によって、政策の継続性が断ち切られるような大変化が起きれば、国内が大混乱に陥るだけでなく、国際的にも信頼を失いかねない。
確かに、与党は自民党、野党第一党は社会党という固定化と住み分けが約三八年間続いた「五五年体制」下では、「明確な対立軸」を提示することは簡単だった。何しろ、背景には東西の冷戦構造があったし、社会党は政権獲得意欲を完全放棄していたから、「日米安保破棄」だの、「非武装中立」だのと、実現するはずのない夢物語を描きつつ、自民党の現実的政策と一八〇度違う主張を繰り返していればよかった。表面(おもてづら)だけを見れば、極めてわかりやすい対立構図だったことは間違いない。だが、これはあくまでも、本気で政権交代可能な政治構造を目指さない、「ゴッコ」の世界だから可能だったことではないか。
かつての社会党と違って、民主党は本気で政権交代を目指しているはず。であれば、社会党のように、無責任で非現実的な政策など示せるわけがない。現政権とそれほど「明確な対立軸」を描くことなどできないはずだし、むしろ描いてはいけないともいえる。
ちなみに、チャーチルは「外交と安全保障は八〇%のコモンセンスと二〇%のニュアンスだ」とも言っている。
要するに、政権交代を前提にした二大政党の間では、国家の基本政策に関して八〇%程度は一致していなければならないということ。選挙で"争点"となるのは、残った二〇%程度のニュアンスの違いの部分というわけだ。これが、ある程度まで成熟した議会制民主主義国家の常識だろう。
にもかかわらず、いまだに歪(いびつ)な「五五年体制意識」に浸りこんでいる一部のマスコミは、何とかの一つ覚えではないが、国会開催時を始め折あるごとに、選挙が迫ってくるとなおさら、政権交代を目指す野党(つまり民主党)に対して、「明確な対立軸」を求める。おまけに、それがなければ支持を得られないぞ、といった"脅し"までかけてくるから、選挙を控え「藁をもつかみたい」心境の野党は、無理してでも「対立軸」を作り出そうとする。結果、自らのアイデンティティさえ見失ってしまうことになる場合も少なくない。
さて、民主党は小沢(一郎)体制になって以来、それ以前の前原体制が「対案路線」だったのを改め、「対決路線」にシフトした。そのこと自体、小沢氏が「五五年体制意識」から抜けきっていないことを意味するのかもしれない。また、小沢氏は国民投票法への対応に関しても、「修正に応じて賛成に回ると国民にわかりにくい」という理屈で反対に回った。だが、これもまた、感覚の古さを示したばかりでなく、反対しないと、野党を評価してくれないという、ある意味で国民を無能扱いした認識といえよう。
民主党が本気で政権交代を目指すなら、今、取るべき方針は古臭い対決路線でも、後出しジャンケンで、マスコミの話題にもならない対案路線でもない。むしろ与党側の対応を先取りした形での「提案路線」ではないだろうか。与野党間でそれほど大きな差異がないのであれば、重要課題について、与党より先に方向性あるいは骨組みを提起することが、存在感を示す最良の方法だろう。民主党もマスコミも、一部有権者も、そろそろ「五五年体制意識」から抜け出したほうがいい。
(いとうあつお 政治アナリスト。元民主党事務局長。明治学院大学非常勤講師)
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