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(回答先: “靖国DVD”で授業/青年会議所作製 文科省が採用/石井議員追及(しんぶん赤旗) 投稿者 gataro 日時 2007 年 5 月 18 日 11:21:32)
少し前の記事ですが[土佐高知の雑記帳]さんが日本青年会議所が作成した「誇り」という名のDVDの内容を紹介している。全編これ「靖国史観」で貫かれている。
以下は http://jcphata.blog26.fc2.com/blog-entry-727.html からの転載。
青年会議所による「洗脳セミナー」(土佐高知の雑記帳)
いやはや驚いた。青年会議所という組織がある。地域の若手の事業者のつくっている団体だが、その全国組織が日本青年会議所(http://www07.jaycee.or.jp/2007/)である。さまざまな活動をしているが、最近では「リンカーンフォーラム」と いって、地方選挙などで選挙管理委員会がやらなくなった候補者討論会などをひらくなど、好感をもっていた。
ところが、おったまげた。
日本青年会議所が「近現代史教育プログラム」(http://www07.jaycee.or.jp/2007/strength/modern/modules/smartsection/visit.php?fileid=10)と称して、全国各地で行おうとしている中学生向けの現代史教育セミナーの内容である。
戦後生まれという、これをつくったグループの代表である小瀬川学氏は、「ご挨拶」のなかで次のように述べている。
-----(引用開始)-----
戦後の日本の教育は先の戦争が日本による一方的な侵略戦争だとし、悪いのは日本という洗脳に近い歴史観を教えてまいりました。
このような過去のすべてを全面的に否定し、原因の追求すら封印する教育では、「日本」という国に誇りや愛着、自尊心を育むとは思えません。
私たちは戦争を肯定するつもりはありません。
ましてや歴史を改竄するつもりもありません。
しかしながら、歴史の中から古より私たち日本人が受継いできた美徳や道義、価値観は見直さなくてはならないのではないでしょうか。
-----(引用終了)------
当ブロガーも戦後生まれだが、「先の戦争が日本による一方的な侵略戦争だとし、悪いのは日本という洗脳に近い歴史観」の教育は受けたことがない。
むしろ、学校では近現代史はスルーされてきた記憶がある。
まあ、それはさておき、小瀬川学氏は「私たちは戦争を肯定するつもりはありません」「ましてや歴史を改竄するつもりもありません」といいながら、プログラムの中身を見るとある特定の勢力の歴史観にもとづいて、思いっきり戦争を肯定し、歴史を改竄しているのには唖然とさせられる(これは公約違反だろう(^○^) )。
いろいろあるが、一つだけとりあげると、アジア・太平洋戦争の原因についてである。
教材につかうDVDアニメのなかで、主人公に次のようにのべさせる。
----(引用開始)-----
日露戦争以降、欧米列強は自国の利益のみを考えたブロック経済政策を推し進めた。これは、自国と植民地の間では関税を優遇し、それ以外の国との貿易に対しては、非常に高い関税を課すというものであった。
これによって、大打撃を受けたのが、日本などの自国に資源を持たない工業国であった。
その一方でアメリカは、アジアにおける主導権を確立しつつある日本に脅威を感じて仮想敵国と見なし、様々な戦略を練っていた。
その戦略に基づいて日本を抑え込むために、中国・イギリス・オランダと協同し、石油やゴム、鉄鉱の輸出を禁止し、あらゆる資源の貿易を取り止めるという経済封鎖を行なった。
これがいわゆるABCD包囲網だ。原料に乏しく、輸入に頼っていた日本は、あっという間に追い込まれていった。
それでも日本は、何とか戦争だけは避けたいと、外交努力でアメリカとの関係を修善しようとした。しかし、当時のアメリカの国務長官コーデル.ハルは、《ハル・ノート》と呼ばれる最後通牒を付き突けて来た。
これは、日清、日露戦争の勝利により獲得してきた満州や中国大陸における一切の権利を放棄し、軍隊を引き上げろ、というもので、とても対等外交などと言えるものではなかった。日本は、亡国の道を歩むか、戦争に突入するか――二つに一つの決断を迫られ、アメリカをはじめとする連合国軍との戦争という苦渋の決断を強いられた。
-----(引用終了)------
どこかで読んだフレーズだ。
これは靖国神社内にある「英霊にこたえる会」が頒布しているビデオ「君にめぐりあいたい」のナレーションと瓜二つなのである。
ナレーションを引用しよう。
-----(引用開始)------
日本が開国した時、アジアには帝国主義という嵐が吹き荒れ、ほとんどの国が欧米列強により植民地化されていました。戦前まで、独立国はわずかに日本とタイだけでした。
日本は明治の開国以来、自存自衛の戦いをしてきたといいます。
日本は欧米列強の侵略から身を守るために、必死になって国力をつけていきました。
日本は朝鮮半島を防衛の生命線と考えていました。その朝鮮半島に進出してきた清国と戦ったのが明治27年の「日清戦争」です。さらに明治37年、満州を制圧し、朝鮮半島に迫ってきたのが大国ロシアでした。これに敢然と挑んだのが「日露戦争」です。
そして日本は勝った。
しかし、日清、日露の戦いに勝った日本は、戦争に勝つことによって苦難が始まりました。すなわち、欧米列強は日本を押さえつけようとしてきたのです。
日露戦争の勝利で南満州鉄道の権益をロシアから譲り受け、さらに第一次大戦後、東部内蒙古の特殊権益を得た日本は満州の治安を回復し、産業を興し、多くの日本人が大陸に渡りましたが、アメリカはこの満州にも進出しようとしてきたのです。
明治39年には早くも日本との戦争を想定したオレンジ計画を練り始めたのです。
一方、革命で内乱が続いていた中国では、蒋介石の登場により、外国の力を排除しようとする動きが活発となり、その影響を強く受けたのが日本でした。
排日運動が高まり、各地で日本人が襲われていた時、奉天郊外の満鉄の線路爆破をきっかけに始まったのが、昭和6年の満州事変です。
さらに、昭和12年、北京郊外の盧溝橋附近で、日本軍の夜間演習中に中国側から5度も射撃を受ける事件が発生。
これに端を発したのが支那事変です。
日本の権益を守るため放火を交えた日本ですが、政府は戦火拡大を望まず、なんとか収拾しようとしましたが(不拡大方針)、そうはなりませんでした。
欧米列強はこの支那事変に介入。
日本と戦う蒋介石軍に武器、弾薬、食料などを援助、そのために戦火は収まるどころか大陸全土に広がっていきました。
この援助ルートを遮断するために、最大のルートがあった北部仏領インドシナに日本は進駐したのです。
こうした日本の動きを、政治的、経済的、軍事的に封じ込めようとする、アメリカ、イギリス、中国、オランダは、いわゆるABCD包囲網で日本を追い詰めてきました。
アメリカは日本との通商条約を破棄、屑鉄などの重要資源の輸出禁止を通告、さらに石油輸出前面禁止を発動したのです。石油を止められては生きていけない。
日本は何度もアメリカと交渉しましたが、最後に突きつけてきたのが「ハルノート」だったのです。
ハルノート、それは中国大陸、満州から全ての撤退を要求するものでした。
大陸には大勢の日本人が生活している。ことに満蒙は日本の防衛の生命線であり、日清日露から何十万の日本人の血が流され、勝ち取った正当な権益がある。それを捨てろとは無法な要求でした。国民が許さなかった。
アメリカは大国でした。しかし、座して自滅するならば戦うしかない。
日本が生き残るために、
自存自衛のために戦うしかなかった。それが大東亜戦争です。
負けてはダメだ。
負けては日本は滅亡する。
それが国民の意思だったのです。
-----(引用終了)-----
なんのことはない。
靖国史観によって洗脳された連中がつくりあげたのが日本青年会議所の「近現代史教育プログラム」なのである。
青年会議所はこれをつかってライオンズクラブなどと共同で、全国各地でセミナーを開催していくという。
青年会議所による歴史改ざん「洗脳」を許してはならない。
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