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2007年4月28日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.424 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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■ 『from 911/USAレポート』第300回
「一方的に終わった日米首脳会談」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第300回
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「一方的に終わった日米首脳会談」
アメリカ時間の4月26日の木曜日、午前中には安倍首相は特別機(今となっては
低燃費というイメージのボーイング747)でワシントン入りしたのですが、CNN
ではインターネットのサイトでAP電を掲載しただけで、私の見た午後1時のTVの
ニュースでは扱っていませんでした。それというのも、この日のお昼前後は既に下院
を通過しているイラク撤兵決議案が上院でも票決に付されていて、各ニュース専門局
はその中継で忙しかったからです。
軍費に制限をすることで撤兵を促すという決議案は最終的に51対46で可決され
ました。決議を受けて、ブッシュ大統領はホワイトハウス報道官のダナ・ペリーノ女
史を通じて「敗北主義による立法」だとこれを激しく非難、即時に拒否権(ベトー)
を発動する構えです。尚、上下両院を通った法案に対して大統領が拒否権を行使した
場合、議会に戻された法案を再度可決して拒否権を覆すことは可能ですが、その際に
は単純多数決ではなく3分の2が必要で、現状では民主党側はそこまでの切り崩しは
できないという見方が有力です。ですが、議会としてはホワイトハウスに対して非常
に踏み込んだ形で「ノー」を突きつけることに成功したとは言えるでしょう。
そんなわけで、この日の夜のニュースは各局ともにこの「撤兵決議案」と「民主党
の大統領候補TV討論」ばかりを取り上げていましたから、安倍夫妻とブッシュ夫妻
の夕食会であるとか、議会指導者などに対する安倍首相の「慰安婦問題でのやりと
り」などは完全に黙殺されてしまっていました。その結果としてホワイトハウスを取
り囲んだ慰安婦問題に関するデモなども、アメリカのメディアにはほとんど露出して
いません。また攻勢を緩めない議会の「騒音」を避けるかように安倍首相との会談は
郊外のキャンプデービッドに移して行われたために、安倍首相としてはブッシュ大統
領と落ち着いて話ができ、またデモ隊などに邪魔されることもなく会談ができたこと
になります。
では、この首脳会談は無難な内容で日米同盟の「強固さ」を確認しただけで終わっ
たのでしょうか。とんでもありません。どのように取り繕おうと、全ての案件でアメ
リカ側の主張を呑まされた、いわば日本外交としては「一方的」に終わった首脳会談
と言えるのではないでしょうか。ちなみに私個人としては結論全てに反対ではありま
せん。牛肉問題と集団的自衛権問題に関しては承服しかねますが、北朝鮮政策や慰安
婦問題の具体的な文言については、それはそれで方向としては評価すべきだと思いま
す。
ですが、会談全体として「完敗」というのは問題です。主要な二国間外交ではどち
らかの主張が一方的に通るような関係は危険だからです。危険というのは、まず言い
分を通した方には相手を侮る気持が生じ、これは将来に無理難題を吹っかけるミスに
つながるからです。また、一方的に主張を呑まされた方には、悔しさや無力感、依存
心などが残り、これも将来の判断を濁らせる要因となりかねません。
記者会見の印象としては、まず全体としてアメリカからのメッセージとして「日本
はこれ以上右へ行くな」という警告が発せられた、これが基軸になっています。ブッ
シュの発言の全てにこれは一貫しており、例えば自衛隊のインド洋やイラクでの活動
に関しては「アフガンやイラクの若い民主主義を支えるための貢献」だとして最大限
の評価をするような文言を与えていますが、そこには危険を冒したというような表現
はありません。また「あれで良かった」ということを特に強調する表現には「これ以
上の具体的な武力行使などは期待しない」という解釈も可能です。
印象的だったのは北朝鮮問題です。ブッシュ大統領はあくまで「忍耐と外交」を強
調し「六か国協議」(これを軽視するために安倍首相など日本の一部では六者会合と
いう言い換えをしているようですが、中身は変わらないので以前の訳語を踏襲しま
す)が基軸であることに全くブレはありませんでした。記者からの質問で「マカオの
凍結資金への措置では相当の軟化をしたのでは?」と突っ込まれてもブッシュは「ハ
ハハ、あれはアメリカの古いトリックなのさ」と余裕すら見せ、硬直した安倍首相の
表情とは好対照でした。
その六か国協議に関してブッシュは「北朝鮮問題については日本とアメリカが戦略
を練り、これに関係六か国を招き入れたもの」だと日本に華を持たせつつ、「六か国
が共通のテーマに取り組む」として、問題は核だけであって「拉致」は扱わないと言
わんばかりの姿勢です。
その「拉致」問題に関してブッシュは、会見前半の北朝鮮問題に関する声明と質疑
では一切扱わなかったのですが、終わり近くの質疑のところでは、横田早紀江さんと
のホワイトハウスでの会談のことを「大変に感動した」と大きく取り上げました。一
瞬これは日本の強硬姿勢に理解を示すのでは、と思わせておいて「拉致の問題は人道
問題だから人間的に解決を模索べき」という、一体誰が考えたのか分かりませんが、
巧妙なレトリックを持ち出してきたのです。
ホワイトハウスが発表している議事録ではこうなっています。"And I will never
forget her visit and I will work with my friend and the Japanese government
to get this issue resolved in a way that touches the human heart, in a way
that -- it's got more than just a, kind of a diplomatic ring to it, as far
as I'm concerned. It's a human issue now to me; it's a tangible, emotional
issue."(私は横田早紀江さんの訪問のことを決して忘れないでしょう。そして私は
私の友人や日本政府と、この問題を単に外交的に処理するのではなく、少なくとも私
にはそれ以上の、ハートの琴線に触れるような解決を目指す問題として対応していき
たいと思います。この問題は、私には人間の問題なんです。目に見える、そして情の
部分に訴えてくる問題なのです)
人間的とか感情的という字面だけを読むと、怒りに端を発した強硬姿勢へ理解を示
したという風にも取れる、そんな声も聞こえてきそうです。現に、今の時点でのネッ
ト上の新聞記事などにはそうした表現が目立ちます。「ブッシュ大統領、拉致に理解
を示す」とか「追加制裁で合意」という類の記事がそれです。ですが、この
"touches the human heart" という表現は攻撃的な文脈では使われない言葉なのです。
ですから「生存を信じ、再会を信じ、それを実現する」という意味にはなっても、
「許せないから制裁し、追いつめて解決を迫る」というニュアンスにはならないので
す。
要するに「対北朝鮮外交は硬軟取り混ぜたものが必要だが、少なくとも拉致問題を
理由に六か国の枠組みを越えて制裁などの強硬姿勢を取るのには消極的」ということ
です。この瞬間に安倍首相の言っていた「拉致問題が日本のナショナリズムを目覚め
させた」(『美しい国へ』より)という「ホンネ」は他でもない同盟国アメリカの大
統領によって否定されてしまったのです。なかなかどうして微妙な表現ですが、その
これまでのブッシュとは一味違う微妙さの中には「日本は少し勇まし過ぎる」という
メッセージが込められていると見るのが自然でしょう。
ではブッシュ大統領は、だらしない日本のリベラル勢力に変わって、日本が右寄り
の危険な水域に入ることに「ガイアツ」をかけてくれたのでしょうか。確かに情けな
くもそうした面はあります。ですが、安倍首相が「戦後レジーム脱却」という言葉を
共同記者会見でも使っていましたが、日本の防衛体制における実務面ではチャッカリ
「右傾化」のバネを使っているのです。それは「集団的自衛権」の問題です。
ところで、アメリカの国務省なり国防総省はどうして昔から日本に「集団的自衛
権」の合法化を迫っているのでしょう。それは単純な理由です。「仮に日米同盟が協
調して戦争を遂行する」場合に、個別の戦闘で自衛隊がアメリカ軍を掩護してくれた
方がアメリカ側としてはコスト削減になるからです。コストというのは時には弾薬や
航空機、艦船であり、時には人命であることもあるでしょうが、日本がよりコストを
負担してくれた方が良いに決まっています。それ以上でも以下でもありません。
例えばアメリカ海軍が運用しているイージスシステムには、日本の海自の艦船も友
軍として組み込まれています。数百マイルもの海域をレーダー探知して、同時に複数
の目標の攻撃と防衛が可能なシステムです。その運用の中で、海自の艦船について、
より多くのケースで「護衛の対象」だけでなく「ミサイルや対空砲火」の発射点とす
るように設定のパラメーターを組み替えることができれば、アメリカとしては全体と
して同様の抑止力を維持するとしてもコスト削減ができる、そういうことです。
それ以上でも以下でもない、というのは、アメリカに住んでいる私の感覚では、仮
に日本が他国から攻撃されたとして、その国に対してアメリカは自動的に瞬時に反撃
するとは思えないということがあります。仮に国境侵犯があり、その原状回復が直近
の在日米軍の展開で可能だとしても、在日米軍が攻撃されたのでもない限り、米軍が
瞬間的に動くことはないと思います。日米新安保条約には国連が動く前の暫定措置と
しての防衛行動を可能にする条文がありますが、そうであっても政治判断には時間が
かかると思います。瞬時に自動的にというのはあり得ません。
では、アメリカは日米関係を軽んじているのでしょうか。そんなことはありません。
日米関係は、異文化間の二国関係としては引き続き安定したものです。そして予見し
得る将来も変わらないでしょう。ですが、そうであっても日本への攻撃に対してアメ
リカは瞬時には反撃しないでしょう。それは国際政治の冷厳な事実であり、その「瞬
時の自動的反撃」を期待するのは非常識だと思います。
そして仮に日本が集団的自衛権の憲法解釈変更なり、個別自衛権の解釈拡大によっ
て「アメリカが攻撃を受けた場合の日本の反撃」を「日本の国内法として合法化」し
たとしても、アメリカの戦略には何の変更もないと思います。日本が解釈を変えたか
らといって、日本のみに対する第三国の攻撃に対して、アメリカが「より自動的」に
「より瞬時に」反撃することはあり得ません。
日本が「アメリカのために血を流せば」アメリカが感謝してくれる、という議論が
あります。これはその通りだと言って良いでしょう。アメリカは少年的なカウボーイ
国家であり、そうした犠牲は「意気に感じて」くれます。ですが「アメリカのために
血を流さないと守ってくれない」というのは本当ではありません。アメリカは骨の髄
まで熱血漢なところがあって、必ずしも日本が血を流さなくても必要だと思えば行動
を起こしてくれるのです。
つまり、国論を二分し政治的コストを払って解釈変更に踏み切っても、アメリカが
「戦争に巻き込まれてくれる可能性」は増えないのです。その一方で、解釈変更によ
る同盟の効率化はそのまま仮想敵には脅威の増加と受け取られる可能性があります。
また「日本も撃ってくる覚悟をしている」のなら「先に弱い方の日本を狙おう」とい
う判断が増える可能性もあります。要するに日本にとって「集団的自衛権」の解釈変
更は、そのまま危険の増大になると思いますが、アメリカとしては得はしても損はし
ません。ですから「日本が任意で有識者会議を設置するというのだから結構ではない
か、但し機密保持体制だけはよろしく」ということになるわけなのです。
安倍首相は「戦後レジームからの脱却」がブッシュ大統領に理解されたと言ってい
ますが、それはそのようなテクニカルな部分でコスト負担を「したければどうぞ」と
いうことであって、日本が本気で理念的な枠組みである「サンフランシスコ体制」と
いう「和平の条件」を軽視するのは許さないでしょう。
もう一つは牛肉で、簡単に言えば今回の全面解放とは「国産牛はICタグで全頭管
理するが、輸入牛については、全箱検査はしないで消費者に価格に見合うリスクを転
嫁する」ということに他なりません。代わりに施設の立ち入り検査権は獲得するよう
ですが、大幅な、そして国内政策と辻褄の合わない譲歩をすることに変わりはありま
せん。こともあろうに、会見でブッシュは「(安倍)首相からの提案だ」としてこの
件を紹介し、「アメリカの牛肉は健康に良い」などと言いたい放題でした。
会見のこの部分では同時中継していたCNNでは、アメリカの視聴者に前後の経緯
を知らせるために「日本はBSEへの恐怖から米国産牛肉の禁輸をしていた」と、ま
るで現状が全面禁輸というニュアンスです。事実は部分禁輸から全面解放へというこ
となのですが、その意味合いや、日本が汚染の教訓から全頭検査ならぬ全頭管理をし
ているというようなことは、アメリカには伝わっていません。
「温室効果ガス」への対策として、核エネルギーの共同推進ということが高らかにう
たわれているのも、考えようによっては日本の一部の政治家が「議論まで禁止するこ
とはないだろう」と言っている核武装問題に対して「絶対ダメ」というクギを刺した
という解釈も可能です。これでは日本は自分たち自身の議論を通じて積極的に「ダ
メ」という結論に至ることはできそうもありません。
とにかく慰安婦問題で「狭義の強制はなかった」という安倍首相の失言は大変に高
い代償を払わされたと言わざるを得ません。繰り返しますが、私は「拉致は人道問
題」とか「六か国の枠組みが重要」という今回の首脳会談の「合意」には賛成しま
す。反対なのは「牛肉」と「集団的自衛権」の問題だけです。ですが、日米二国間の
外交でこのように「完敗」するのはダメです。野球で言えば、毎回得点を許し、こち
らは零点で大敗しておきながら「グッド・ゲーム」だったとニッコリ握手するような
ものだからです。まして相手は世論と議会の支持を失う中で、失点挽回に必死のスキ
だらけの政権ではありませんか。
ただ安倍晋三という人はそれなりに茫洋としたところがあって、今回の首脳会談の
流れの延長で「危険な右派ではない常識的な安倍」という路線で参院選に勝つかもし
れません。万が一これに対して(日本の)民主党が間違えて右から攻めたりしたら予
想外の大勝も可能だと思います。そして、それは当面の日本社会にとって悪いことで
はないとも思えます。ただ、だからと言って、こうしたいい加減な外交を続けても良
いと言うことではありません。
外交といえば、ロシアの故エリツィン大統領の葬儀に閣僚級首脳級の政府特使を出
さなかったというのも理解に苦しみます。現在の日露関係から見れば関係重視をして
も効果がないと思ったのでしょうか。仮にそうであっても、他でもない日露関係の重
視をしたエリツィン氏の死に対して礼節を欠くというのは、何という幼稚な判断でし
ょう。商用便が間に合わないなどという弁明で済ませようとする塩崎官房長官も何と
も軽率です。弔事における誠意のなさは目に付いてしまう、これは国際的な常識では
ないでしょうか。
安倍首相のワシントン入りした26日の晩には民主党の大統領候補8名がサウスカ
ロライナ州で「第一回のTV討論」を行いました。討論自体はブッシュ批判、イラク
戦争批判をそれぞれの候補が訴える「無難」な内容だったのですが、ヒラリー・クリ
ントン候補が当意即妙の話術と、強硬さ毅然さを前面に出す戦術の効果で大きな得点
を上乗せしたというのが、もっぱらの見方のようです。(ちなみに私が危惧していた
ように、銃規制の議論はほとんどされていません)
保守派の論客パット・ブキャナンなども「ヒラリーの弁舌にはレーガンを彷彿させ
る」と絶賛を惜しんでいません。そのヒラリーは「イラク戦争推進決議」へ賛成票を
投じたことは「反省する」としながらも「仮にテロ攻撃の責任が明確になったとした
ら毅然として報復(retaliation)する」という強硬な言葉を使って、他候補を圧倒
しています。共和党の元下院議員ジョー・スカーボロも「クリントンは余程の失点が
ない限り候補として指名されるだろう」とかなり断定的なことを言っています。
日本の外交当局や政治家たちが「親日的」だと思っている共和党政権にこれだけ押
しまくられるのでは、仮にヒラリー政権が実現したらどうなるのでしょう。ヒラリー
・ロッダム・クリントンという人物は、ジョージ・ウォーカー・ブッシュに比べて、
理念と実利のすき間を巧妙に操りながら力技の交渉術を繰り出してくるクセ者です。
そのヒラリーが相手では、今の日本外交では零点どころか完全試合に抑えられてしま
うでしょう。それで「切れて」乱闘になるか、負けても「微笑みを浮かべて」不気味
がられるか、どちらにしてもロクなことはありません。
もっと真剣に国内国外の問題に意味のある選択肢を作り、独立心のあるジャーナリ
ズムと成熟した世論に鍛えられた実務的政権が長期ビジョンを描いていく、そのよう
な積極的な政治に支えられなくては、日本外交は今後も連戦連敗を続けるでしょう。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
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