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首相の「言葉」しかこの窮地は救えない=岡本行夫 [中央公論]
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投稿者 white 日時 2007 年 4 月 25 日 22:09:00: QYBiAyr6jr5Ac
 

□首相の「言葉」しかこの窮地は救えない=岡本行夫 [中央公論]

▽首相の「言葉」しかこの窮地は救えない=岡本行夫(その1)

 http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20070424-02-0501.html

2007年4月25日
首相の「言葉」しかこの窮地は救えない=岡本行夫(その1)
人権問題や歴史問題をめぐる世界の潮流を見落とした安倍発言が、
世界の日本への視線を厳しいものにしている。訪米を控えた安倍首相の責任は重い

変化するアメリカ
−−いわゆる従軍慰安婦問題に関してアメリカ下院に非難決議案が提出されるなか、安倍首相が軍による強制連行などの「狭義の強制性」を否定する発言をしたことで、アメリカのみならず、各国から激しい批判を浴びている。一連の経緯をどう見るか。
 
岡本 三月二十四日付の『ワシントン・ポスト』紙は、安倍首相の発言は「民主国家の指導者として恥である」とまで書いた。アメリカの新聞の社説で、あれほどひどく先進国の指導者を批判したものを読んだのは初めてだ。「狭義の強制性」があったかどうか、彼らにとっては単なる言い訳に聞こえるのだろう。
 そもそも今回のような決議案は年に何千本も提出され、そのうち採決に付されるのは一〇%ほど、成立するのはそのうち五%ほどというのが実態だ。マイク・ホンダ議員が提出した今回の決議案も何千本かのうちの一本にすぎず、本来なら大して注目も浴びず、ましてや成立するなど考えられないものだった。しかし、それが日本側の対応のまずさで「大火事」になってしまった。
 アメリカ人がよく使う「One is too many」という言い回しがある。「一つあれば、もうダメだ」ということ。日本がどんなに軍の強制を否定しても、「軍に拉致されて暴行された」と述べる証人が一人でも出ればPR戦争上は終わりなのだ。そもそも「強制が一切なかった」と証明する方法はない。日本としては、全体として痛ましいことがあったのだから、河野談話を踏襲するという方針しか選択肢はなかったと思う。
 私も日本人として、安倍首相の気持ちはわかる。また、こういった問題に対しては、高い倫理観を持つ人ほど、率直に詫びるべきだという意見と、謝る理由がない以上は否定すべきだという意見に分かれるものだ。安倍首相の発言をもって、彼の倫理観の厳しさを疑うのは適当ではない。ただ、そのうえで安倍首相には「世界の潮流」を理解していてほしかった。
 
−−世界の潮流とは具体的にどういうものか。
 
岡本 まず、アメリカの大きな変化がある。アメリカでは現在、女性議員が上院で一六人、下院で七四人と、ともに過去最高に達するなど、女性の発言力の増大が著しい。その結果、女性や子供など弱者への加害行為に対して、これまで以上に厳しい目が注がれるようになった。これは外交に携わる人間ならば、本来常識として知っていなければならないことだ。
 たとえば、米軍では一昨年に買春は犯罪とされ、もともと禁じられている米国内ではもちろん、買春が合法な国においても、買春者は軍法会議にかけられる。
 また、マイノリティの伸張も著しい。たとえば、バラック・オバマ議員が有力な大統領候補と語られる現状は、一〇年前なら考えられない。当時、アフリカ系アメリカ人の英雄、コリン・パウエル氏を大統領に推す声もあったが、とても現実味のある話ではなかった。今、アメリカ人に聞くと、オバマの経験のなさなどへの懸念はあるが、彼がアフリカ系であることはマイナスではないという。これは驚くべきことで、つい三〇年前には公民権運動の中で人間としての地位を確立しようともがいていた彼らが、今や個人の資質だけで大統領に相応しいかどうかを判断されている。アメリカは急速に変わっているのだ。
 だからこそ、日本人同士の間ならともかく、外から見て九三年の河野談話から後退すると見られることが、いかにアメリカの人々を憤慨させるか知っておいてほしかった。
 また、現在、アメリカではヒューマン・トラフィキング(人身取引)の問題に強い関心が集まっている。国務省は世界の国々を人身取引の状況において四段階にランク分けしており、そこで日本は北朝鮮などと同じく最低ランクに位置づけられそうだったところ、政府が対応を約束することでようやくランクを上げてもらった経緯がある。他の先進国はどこも最高ランクだ。これは調査機関に対して、日本に来ているアジアや南米出身の、主に風俗産業で働く女性たちが身の上を語った結果である。日本はアメリカからこのように見られていることを踏まえ、政府の責任で状況の改善を進める必要がある。
 また、女性議員が多く、安全保障よりも経済を重視しがちな民主党が政権につけば、日本にとって共和党よりやりにくいことは間違いない。そもそも日米関係のピークは第一期のブッシュ(ジュニア)政権のときだった。知日派のパウエル氏が国務長官、リチャード・アーミテージ氏が国務副長官、ジム・ケリー氏が国務次官補という、日本にとっての「ドリーム・チーム」が揃っていた。そのような状況は、今後は望みえない。

世界における中国の発言力
岡本 次に、中国の国際的な地位が飛躍的に高まっていることが挙げられる。このことを日本人はよく理解していないのではないか。
 たとえば今年は南京事件七〇周年だが、南京関連の多くの映画が公開される。なかにはAOL副会長のテッド・レオンシスのように、強い影響力を持ったマスコミ人がプロデュースする映画もある。彼は莫大な資金で製作した映画を、インターネットで全世界に流す計画だ。
 南京事件から五〇周年のときにも、六〇周年のときにも、アメリカでこんな映画は製作されなかった。なぜ今かといえば、中国が経済成長し、政府は関わっていないが、潤沢な資金を持った団体が反日キャンペーンを行えるようになったからだ。
 また、日本が寝た子を起こしたとも言える。これほど歴史問題が騒がれ、日本でも国論を二分するようになったのは、この数年のことだ。それまで靖国神社など世界では誰も知らなかったが、今では欧米の知識層は誰もが「YASUKUNI」という言葉を知っている。また、遊就館という名称は知らずとも、「付属博物館」の存在は知っていて、今や観光名所と化している。
 だが、何より重要で、日本人がまるで気づいていないのは、中国がいかに世界で受け入れられるようになったか、ということだ。
 十数年前まで、中国人といえば粗末な服装で、国際会議でも教条主義的なことしか言わず、「やはり共産主義の国は我々とは違う、世界の田舎者だ」と見られていた。それが今では洗練された身なりと英語、そして知的成熟を見せている。国際舞台でも、日本人より彼らのほうがTPOに応じた含蓄ある発言をすることがしばしばある。同じレベルで話すことなどできないと思っていた欧米の人々が、中国を仲間として受け入れるようになった。
 これは中国政府が意識的に、外国政府や議会から夥しい数の人を招き、また自国の最も優れた人材を外国に送り、洗練されたキャンペーンを行ってきた結果でもある。その点、近年の日本の最大の対外案件は靖国問題と拉致問題だった。残念ながら世界の主要な関心事とは離れており、内向きの姿勢だったことは否めない。
 現在、世界は日本よりも中国の主張に耳を傾け始めている。かつての中国が「日本は戦争中にこんなひどいことをしたのに謝罪していない」と言っても、大した共感を得られなかったが、今では皆うなずいて聞くようになってしまっている。私は、今年は日本にとって憂鬱な年になると言ってきたが、残念ながらそうなりつつあるようだ。
(その2へ続く)


▽首相の「言葉」しかこの窮地は救えない=岡本行夫(その2)

 http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20070424-03-0501.html

2007年4月25日
首相の「言葉」しかこの窮地は救えない=岡本行夫(その2)

六ヵ国協議への波紋
−−安倍発言の波紋は北朝鮮の拉致問題にまで広がっているとの声もある。
 
岡本 たしかに拉致問題に対する日本の立場を弱めていると米国では報道されている。拉致問題を日本が強調すればするほど、「本人の意思に反して強制される」という共通点で、慰安婦問題が注目されるという不公平な状況が出ている。
 問題にされているのは、過去ではなく現在だ。慰安婦についても、もっと賠償金を出せと言われているのではない。今の日本人は過去の事実を認識していない、というイメージを持たれることが問題なのだ。
 
−−北朝鮮の核開発をめぐる六ヵ国協議への影響も大きいだろうか。
 
岡本 既存の核も含めて北朝鮮の核をすべて解体すべきだという日本の立場は、ただでさえ孤立しつつある。日本の外交担当者たちはよく頑張っており、交渉態度にも非はない。だが、北朝鮮が核兵器を保有するのは仕方ないとし、そのうえで対応を考えようというのが米中韓などの姿勢になりつつあるのではないか。
 そこにきて、拉致問題とも共通する日本の倫理的な基盤をアメリカのマスコミが批判している。北朝鮮は状況を注視し、日本に譲歩する必要はないと判断しているだろう。このまま待っていれば日本は孤立すると見ているはずだ。

訪米はチャンスでもある
−−四月下旬には安倍首相の就任後初めての訪米が予定されている。
 
岡本 私が心配しているのは、デモが行われる可能性だ。在米中国・韓国人、中国・韓国系アメリカ人がプラカードを持って集まるだろう。もちろん、アメリカの警備当局はデモ隊を安倍首相に近づけはしない。しかし、その様子はテレビで全米に放映される。そして、記者会見でアメリカ人の記者が「ミスター・プライム・ミニスター、慰安婦問題をどう思うか、『南京』に関する映画をどう思うか」と質問するかもしれない。そのとき安倍首相が役人的、技術的な答弁で対応したなら、これはもう勝負がついてしまう。日本の負けだ。
 安倍首相は昭恵さんと手をつないでタラップを降りるなど、新鮮で健全な家庭のイメージを打ち出せる人だ。そういったアドバンテージを利用して、若き正義心溢れる発言をすることでしか、追い詰められつつある日本を救う道はない。今の日本を救えるのは首相しかいないのだ。
 七〇年に西ドイツのブラント首相がワルシャワのユダヤ人虐殺記念碑の前でひざまずき、花を捧げた。その写真が世界に配信され、ドイツに対するイメージを劇的に変えた。私は安倍首相に同じことをしろと言っているのではない。最高権力者の姿勢ひとつで、国家の姿勢が判断されるということだ。
 だからこそ、今回の訪米はいい機会だと思いたい。一月に安倍首相がブリュッセルで、日本とNATOとの協力について思い切った発言を行ったことは、ヨーロッパに対して非常にいいイメージを作った。今回も問題に正面から向き合った発言をお願いしたい。謝るとか謝らないとかいう次元の話ではなく、安倍首相の人間性がそのままアメリカ国民そして世界に通じるような対応をしてほしいと切に願う。安倍首相も慰安婦たちの痛ましさを容認したわけはないだろう。その思いを率直に出してくれたらいい。
 
−−安倍首相が世界の流れを理解していなかったとしたら心配だが、理解したうえで自分の思想を貫いている可能性もある。これもまた心配ではないか。
 
岡本 安倍首相の真意は知らない。しかし、仮にそうだとすれば、その思いは首相である間はしまっていてほしい。他の閣僚がどう発言しようと、たとえ官房長官の発言であろうと、それは国家の最終発言ではない。なぜなら上位者である首相が修正することができるからだ。しかし、首相の発言だけはそのまま「国家の発言」になる。首相個人の思いは尊重するが、首相も国の機関であり、イメージ上では、たった一人で国家を形成する特異な機関だ。だから、世界の潮流に反する発言には慎重たるべきだ。
 
−−ただ、一連の反日キャンペーンには史実の誤認やひどい誇張などが目に付く。今回のように振舞えば火に油を注ぐとしても、諾々と受け入れるわけにもいかない。
 
岡本 これから南京映画の公開などもあり、日本を取り巻く状況は一層悪化しかねない。まずは過去ときちんと向き合い、そのうえで不当な反日キャンペーンと毅然と対決することが大事だと思う。
 そのためにも、総理が過去のことをきちんと調査するよう命じるべきだ。慰安婦についてはかつて行い、河野談話に繋がった。たとえば南京事件についてもまだ生存者はおり、記録もある。調査したうえで、中国が主張する三〇万人の犠牲者という数字に根拠がないと明らかにすることが大事だ。そうしなければ、日本による客観的な数字がないまま、中国が言う数字をそのまま世界が信じてしまう。
 
−−安倍首相は国内で対外強硬派として人気を集めてきた。今後も外交と国内の支持獲得との間で齟齬が生まれることがあるだろう。そのジレンマをどう乗り越えていくべきか。
 
岡本 たしかに安倍首相はこれまで右寄りの人々を地盤としてきたが、日本国民の三分の二は穏健中道と言っていいだろう。今よりさらに強硬になる必要があるだろうか。支持率低下は閣僚の不祥事などによるもので、今のイデオロギー上のスタンスゆえではない。
 安倍首相はまだ若い。優秀な政治家であり、いずれ支持率も回復するだろう。国家の顔はあまりころころ変わるべきではなく、安倍首相には長くその任を果たしてほしいと思う。そのためにも、繰り返すが、世界の潮流をしっかりと踏まえて、自分の言葉は国家の言葉なのだと自覚して発言してほしい。そうすれば今回の騒動も「苦い薬」だったと思える日が来るのではないか。
(おかもとゆきお/国際問題アドバイザー)

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