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筆洗
2007年4月17日
作家の故山本七平さんには科学的な解明はできないものの、社会を支配している「空気」について研究した著書がある。あとがきで山本さんは「空気支配」の歴史がいつから始まったのか、と自問自答している▼徳川時代と明治初期には、少なくとも指導者には空気に支配されることを「恥」とする一面があった。人間とは「いまの空気では仕方がない」と対応してよい存在ではなかった。昭和期に入り、空気の拘束力が強くなる。いつしか「その場の空気」「あの時代の空気」を、不可抗力的拘束と考えるようになったと、山本さんは指摘している▼平成の時代も空気の支配力は衰えを知らないようだ。三年前の今月、イラクで日本人の人質事件が起きてからは「自己責任」の空気が日本を覆っている▼空気をつくったのは「遊泳禁止の札が立っているところに泳ぎにいったようなもの」などと、人質になった三人を批判した政府や与党内からの発言だった。戦争が生んだストリートチルドレンを支援するため、米軍による劣化ウラン弾の被害を確かめるため、というイラク入りの目的は意義を認められなかった▼ある政府高官が当時、匿名を条件に「問題の本質は、国が国民を守れるかどうかだ」と自己責任論を否定したことが記憶に残る。でも高官は公の場では沈黙を守り続けた。空気を読んだのだ▼自己責任という空気による支配は今や、福祉や雇用など生活のさまざまな分野に広がっているように感じる。国が国民の生活を守れるかどうか。今度は本質を見失わない議論にしたい。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2007041702009298.html
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