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http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/news/20070405k0000m070159000c.html
ブッシュ米大統領が再選を決めた大統領選が間近に迫った04年初秋のころ。私は中西部オハイオ州で、共和党支持の60代の女性と昼食を食べていた。当時、大統領の人気は低かったが、テロの再発におびえる国民は「戦時は大統領を支持しなくては」という義務感に駆られていた。
「イラク戦争を続ければ、この国が安全になると米国人は本気で思っているのか? 戦争で死んだイラク国民の家族は米国を憎むでしょう」
そんな話をしながら、つついていたサラダから顔を上げると、彼女の目に涙がたまっていた。両親も、夫も、もちろん本人も、生涯共和党支持だったが、彼女は反ブッシュ票を投じた、と後で聞いた。
あれから3年。イラク戦争は5年目に入った。今は米国人の6割が戦争に反対している。
カリフォルニア州サンタモニカの海岸で3月17日、反戦団体が建てた3210本の十字架が並んだ。イラクで死んだ米兵を悼むものだ。イラク国民の死亡者も報道されただけで6万人、65万人という推計もある。
オハイオ州クリーブランドの郊外に住むダニータ・ミッチェルさん(44)は、砂浜に立ち尽くして、泣いていた。「この戦争は間違っていた。始めるべきではなかった」。休暇でサンタモニカに来て、十字架を見つけ、立ち去ることができなかった。彼女の高校時代の同級生の息子(19)は開戦直後に戦死した。当時は知事も葬式に来た。出席者は全員、そんな悲劇は数カ月で終わると信じていた。
21年間、海軍に勤務し、湾岸戦争(91年)にも従軍した夫のアーネストさんが言葉をついだ。「ところが、大統領が終戦宣言した後も、事態は悪くなるばかり。我々は信頼してはいけない指導者を信頼したのだ」
イラク戦争は米国人の心に刺さったトゲだ。戦争支持が多い退役軍人のなかにも、反戦に傾く人が増えてきた。新聞にも「我々は9・11テロに過激に反応しすぎた」という冷静な意見や、「イラクから米軍を撤退させ、周辺国と協力して、中東戦略を立て直せ」という現実的な提言が載り始めた。
私は03年春に米国に赴任し、急速に右傾化する米国を見てきた。裁判所の令状なしの盗聴、情報源を言わない新聞記者の投獄。州レベルでも、同性愛者の結婚を禁止する法律や、妊娠中絶を制限する法律が次々と成立した。
一体、この国はどこまでいくのか。そう尋ねると、多くの米国人は「米国社会は時計の振り子。右に振れたら、必ず左に戻る」と答えた。半信半疑だったが、いま実際に、振り子がゆっくりと戻り始めた気配を感じる。
こんなこともあった。ウィスコンシン州で昨年春、共和党のドン、センセンブレナー下院議員がタウンミーティングを開いた。長年の支持者という白人の女性が立ち上がり、震える声で訴えた。「公的医療保険の適用が変わって、医療費の支払いが月700ドルを超えた。これでは生きていけない」
米国の中産階級はどんどん貧しくなっている。民主党のハワード・ディーン氏は、04年選挙の敗北理由を「いざという時の保障制度を徐々になくして不安になった国民は、さらに何かを失うことを恐れ、宗教や倫理にしがみついた」と分析した。そして、とうとう底が抜けたのだ。失うものがなくなった市民は変化を望むだろう。
「米国人というものは、基本的には保守的なんだよ」。3年前、米国の真ん中に位置するアイオワ州の小麦畑で、農民のおじいさんが教えてくれた。
オハイオからカンザスまで含む中西部は、米国のハートランド(心臓部)と呼ばれる。教会に通い、勤勉で自立の精神を重んじる。「大草原の小さな家」のローラ・インガルス一家の子孫たちは、保守的だが、何があっても保守から動かない南部と違い、行き過ぎと思えば、くら替えしてバランスを取る。米国政治を決定してきたこの中西部で、振り子が動き始めたのだ。
選挙は来年なのに、民主党の大統領候補に立候補している女性のクリントン上院議員や黒人のオバマ上院議員に注目が集まる。昨年11月、イリノイ州でオバマ議員の演説を聞いた。「戦争、不平等、不正義、腐敗−−。世の中こんなものさとハスに構え、あきらめることは簡単だ。だが、希望とは問題を無視することではない。力を合わせれば世の中を変えられると信じることだ」
米国人がこのスピーチに心動かされる気持ちは、よく分かる。今、米国人が必要としているのは、未来に対する希望だからだ。(ロサンゼルス支局)
毎日新聞 2007年4月5日 0時43分 (最終更新時間 4月5日 0時52分)
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