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やっぱり江戸っ子は何と言っても歯切れが良くて、湘南の不良少年上がりの石原慎太郎に対して、スカッとした啖呵を切って滅多切りにしているところなんて、何と言うか助六気取りで実に気持ちが良いじゃないか。XとYの発言をしているのは正真正銘の江戸っ子たちであることは明らかであり、相模女といえば「俳諧・末摘む花」では下半身がだらしないオンナの代名詞だったが、障子にサオ差した湘南海岸で遊んだ太陽族のゴキブリ作家とか、レイプ訴訟された横須賀から出てきたヤスクニ首相のように、相模男も下半身に関しては実にだらしないことを江戸っ子に暴露されているのは面白い。痛快痛快。
<以下貼り付け>
http://www.asyura2.com/07/senkyo32/msg/673.html
X; 「公金を食い荒らして恥じない労害の石原慎太郎を叩きのめして、都知事にさせない秘策はまだ活用されていないままだ。それは慎太郎がおびえるに値するだけの人物を登場させて、都知事選挙を大いに活性化させることであり、宮城県知事とか足立区長とかの小粒の候補者ではなくて、その秘策は世界で活躍している人物を知事候補にすることだと、すでに骨のある大型の江戸っ子である藤原博士の名前が論じられている。
http://www.asyura2.com/07/senkyo32/msg/234.html
石原慎太郎40年前の美濃部都知事に挑戦して惨敗しており、その無残な敗北の思い出は慎太郎にとっていたい傷口になっているから、そこをついて攻撃することが最も有効だ。それを考えて図書館に行って藤原博士が書いた「虚妄からの脱出」という本を探し出し日、その82ページに次のように書いてあるのを見てこれだと思った。
http://books.yahoo.co.jp/book_detail/01181663
これは石原慎太郎が若さを売り物にして都知事になろうとしていた頃のことだ。次のように書いてある。
「・・・円熟した知性と豊かな品性の備わらない若さなど、元気はつらつとしているが粗野なガキ大将と大差ない。英知や洞察力を持ち合わせない生まれながらの若さは、未開の荒野やしつけの悪い犬と同じであり、それはいい年をして分別をわきまえない老人と同格で、文明社会では軽蔑の対象以外のなにものでもない。なにしろ、私よりも戸籍上六歳も歳をくっている人物が若さを誇るのだから、そこに知性や品性における卓越性を示されない限り全く説得力になりえないのである・・・・」
Y: 「‥‥そんなワケで、あたしは、東京で生まれて東京で育った正真正銘の東京都民だし、父親も母親も三代以上東京だから、生粋の江戸っ子だ。ホントは、東京の「下町」じゃないと江戸っ子とは言わないので、山の手生まれのあたしは、正確には、「江戸セレブっ子」って感じなんだけど、どっちにしても、都政を私物化するような恥知らずには、今すぐに消えてもらいたい。だから、そのために、4月8日の選挙には絶対に行くけど、皆さんも、絶対に棄権だけはしないで欲しい。自分の1票で、この東京を独裁者の手から取り戻そう!」
なんてったって江戸っ子の啖呵は相模男たちの陰湿な権力趣味と違って、宵越しのカネを持たないという実に爽やかな心意気が生きていることは、彼らが発言している江戸言葉からしても相模男たちのクシャグシャ暴言とは核が違う。都民の皆さんが大きな声を張り上げて石原候補の宣伝カーの前で、「ウツケ男のごきぶり知事を東京から追い出そう」とシュプレヒコールしようではないか。以下は江戸っ子による「ウツケ男のごきぶり知事」についての筆誅であり、Aは石原発言の引用Bは30年昔に出版された本に書いてあることだから、ゴキブリ知事の選挙事務所が因縁をつけても選挙妨害とは無関係だ。
<以下貼り付け>
A; 弟の石原裕次郎が結婚した時には、裕次郎を自分の部屋に呼びつけて、「在日の女なんかと結婚するのはお前の勝手だが、絶対に子供だけは作るなよ! この石原の家系が在日の血でけがされちゃかなわんからな!」って恫喝したことでもオナジミの石原慎太郎だけど、選挙のたびに、その弟の石原軍団を勢ぞろいさせて、自分の応援をさせてたんだから、まったくもって、厚顔無恥とはこのことだろう。そんな、東京の恥であり、ニポンの恥であり、地球の恥であり、人類すべての恥である大ウツケ者の石原慎太郎が、今度の都知事選に向けて、またまた「他人のフンドシ」を利用しまくってる。今度は、女優の藤原紀香、歌舞伎の中村勘三郎、水泳の北島康介など、有名人8人に自分を応援させるヤラセまがいのメッセージを書かせて、金にモノを言わせた恥も外聞もない宣伝ビラを制作したのだ}
B; {これだけでも石原慎太郎はケチョンケチョンにこき下ろされている。しかも批判は更に続くのである。
「・・・職業としての政治に」自分の生きがいを求めるのなら、最低限度のものとしてマックス・ヴぇーバーが言うところの情熱、責任、測定能力の三大必要条件を満たすための努力をまず示すべきで、情念と若さだけでは不十分だと思われる。ある事柄への無条件の献身という意味での情熱、自己の行為の結果を冷静に反省し、それを自らのせいとして認める強烈な自己責任、そして、正しい判断を可能にするために人間や物事から自ら一歩距離を置いて見る目測能力の三つを備え、しかも、それを禁欲的エートスで体現した人格を、少なくとも日本の首都である東京は必要としているのである・・・」
これを読んだだけでこれまで八年も失格が明らかだのに、石原を都知事にしていたことを都民は恥に思うべきである。最後に止めをさす言葉が続くのだが、これは30年以上も前に現在の石原知事の姿を予言していたのだ。
「それを考えれば」、単なる若さや情熱などは子供の特性と少しも変わらないし、都庁を舞台にファシスト革命ゴッコの白昼夢を楽しんでもらう必要など全くないのである。特に、政治を支配する力学には考えが及ばず、次元の低いシゴキ、あるいは繁殖力のような力しか信奉できなければ、それはゴキブリと同じでしかないのである」
石原慎太郎をゴキブリ扱いできる人物にしか、ゴキブリ退治はできないと痛感させられるではないだろうか。}
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