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http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20070324/mng_____tokuho__000.shtmlより転載。
密告義務免除で日弁連一転…
ゲートキーパー法案衆院通過
政府の犯罪収益移転防止法案が二十三日の衆院本会議で、自民、公明、民主党など賛成多数で可決した。ゲートキーパー(門番)法案とも、反対派からは密告義務化法案と呼ばれる同法案。「監視と人権のバランスに欠ける」との批判もあるのだが−。
「銀行取引や土地売買、宝石購入も対象。社会的ストレスをはらみ影響は深刻」「ひとつ間違えると自由な取引関係や顧客との信頼関係を破壊することになる」−二十三日、本会議に先立つ衆院内閣委で、参考人の田中隆弁護士は指摘した。
同法案は「犯罪組織のマネーロンダリング(資金洗浄)防止が目的」とされる。金融機関、不動産業者、貴金属商など三十八業種を「門番」とし、(1)顧客の本人確認(2)取引記録の七年間保管(3)犯罪の疑いのある取引の監督官庁への通報−を義務づける。
しかし、「疑い」という要件があいまいとの声も。全国五十万近い対象事業所は、あいまいさに振り回され、顧客と通報義務の板挟みになると想定されるからだ。
また、金融機関に対し、疑わしい取引を金融庁に届けるよう義務づけた現行の「組織犯罪処罰法」に罰則はないが、ゲートキーパー法案では、法人に三億円以下の罰金、個人に二年以下の懲役か三百万円以下の罰金が備わる。同法案に詳しい東京都内の弁護士は「業者が、とりあえず何でも届け出ないと危ないと考え、密告社会になる可能性も」と警告する。
二〇〇六年度中に、金融機関で「疑わしい」とされた取引は約十一万四千件あり、約七万一千件が捜査機関に届け出られたが、事件化したのは五十件で、大半は振り込め詐欺だったとの分析から「広範囲な監視と、人権やプライバシーとのバランスが著しく欠ける」との声も。
そもそも同法案作りは外圧がきっかけ。経済協力開発機構(OECD)加盟国でつくる「金融活動作業部会(FATF)」が〇三年六月に、テロ資金、資金洗浄対策として、金融機関に加え不動産業者、弁護士、公認会計士などにも通報を義務化するよう勧告。政府は〇五年十一月に、届け出先を金融庁から警察庁へ移管することを決め、当初は五十業種を対象に法案作成に動いた。
しかし、日本弁護士連合会や与野党から「弁護士の守秘義務は依頼人との信頼関係の源。通報制度は、司法制度の根幹を揺るがす」との猛反発が出たため、弁護士や公認会計士など「士業」と呼ばれる五業種には通報義務を課さないことに。日弁連が、俗に“勝利宣言”と呼ばれた声明で、これを評価したのち、法制化は一気に進んだ。
■問題ない情報 海外“流出”も
ただ、「このままでは膨大な情報が警察庁に集まり、そのまま十五年間も保管される」と懸念する弁護士も。「問題のない口座取引情報でも外国捜査機関の要求があれば、原則、提出されてしまう」(社民党・保坂展人衆院議員)との声もある。
それでも、同法案は「〇七年度の警察庁予算に関連経費が計上されているという理由で、審議が不十分なまま猛烈な勢いで法制化に向け動いている」(都内の弁護士)
弁護士を除く四「士業」(司法書士、行政書士、公認会計士、税理士)は関係省庁への通報義務こそ免れたものの、顧客の本人確認と取引記録の保存が課せられる。
日本司法書士会連合会の船橋幹男常任理事は「立ち入り検査が最大の問題として残った」と複雑な表情だ。同連合会は昨年、総会で法案反対を決議していた。
法案は警察がこの四士業について立ち入り検査し、業務について質問する権限を与える。質問を拒めば、最高で懲役一年、罰金三百万円が科せられる。司法書士には簡易裁判所での弁護権があり、顧客への守秘義務が侵される恐れもある。
「運用次第で法がいくらでも拡大解釈される可能性があり、施行後の懸念は尽きない」と船橋氏は語る。
貴金属商など一般業者に通報が義務付けられた点について、ジャーナリストの大谷昭宏氏は「実際には治安改善にはつながらない」と言い切る。
「盗犯担当の刑事が一軒一軒、貴金属商を回って信頼関係を築き、店側も怪しい人物が盗品を売りに来れば連絡するのが、従来の慣行だった。だが、こうした法ができてしまうと、逆に反発を生むのが世の常。違反してない限り、何をやってもいいという風潮を助長しかねない。暴力団対策法が典型例で、逆に暴力団捜査は難しくなった」
通報義務からはずれた弁護士はどうか。二十三日午前の衆院内閣委で参考人として発言した一橋大大学院の村岡啓一教授(刑事法)は「日弁連は反対運動の成果と喜んでいるが、火種は残っている」と警鐘を鳴らす。
村岡氏の懸念は、今秋にも日本が対象になるFATFの相互審査にある。加盟国が互いの履行状況を確認する作業だ。
マネーロンダリング対策では審査項目は四十あり、各項目とも四段階評価。十六項目に弁護士の通報義務があり、この点で日本が最低の「不履行」と評価されることは避けられない。
「政府はこの評価を根拠に『国際ルールの順守』を訴えて法改正を迫るだろう。実際、法案の付則二七条には『国際的動向等を勘案し、検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする』と記されている」(村岡氏)
ちなみに昨年の審査は米国が対象だった。米国も弁護士の通報義務を定めておらず、不履行と評価されたが、現在も立法化の動きはない。カナダ、オーストラリアも“不履行”だ。
「結局、OECDは仲良しクラブであって、その取り決めの正当性がいかほどで、どこまで拘束されるのかといった肝心な点が日本では検討されていない。通報義務を導入した欧州連合(EU)各国でも疑問がわき出て現在、欧州司法裁判所で争っている状況だ」
すでに導入している英国の弁護士会会長は昨秋のFATF会合で、日弁連代表団に「英国の例にならうな」と励ましてきたという。
日弁連の松坂英明副会長は「英国の弁護士会はテロ事件に敏感な世論に配慮して通報義務を導入した。その結果、年間通報数は一万件を超える。あちらの会長は『自由というのは少しずつ削られていく。最初に妥協したのが失敗だった』と悔やんでいた」と話す。
マネーロンダリング対策を掲げるゲートキーパー法案だが、大谷氏は政府の真の狙いをこう説く。
■「立法の趣旨はチクリなさい」
「法の趣旨は一言で言えば“チクリなさい”。共謀罪法案や個人情報保護法と同じ流れだ。情報はお上に上げればよい、横同士が共有するとろくなことはない、という意図がうかがえる。要は戦前の隣組の復活、相互監視が狙いですよ」
<デスクメモ> 犯罪収益の疑いある客のことを通報しないと、懲役や億単位の罰金の危険−それにおびえた業者が無実の客を通報するケースが心配だ。客は通報の事実を知らされないから、弁明もできない。「疑い」も抽象的だ。厳罰化やマイノリティー白眼視の空気が強まる中、この制度がモンスター化する危険はないか。 (隆)
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