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特報
2007.02.11
生活保護 母子加算廃止の不安
国会は柳沢厚生労働相の「舌禍」による空転から二〇〇七年度予算案の審議へ入った。焦点の一つが、厚労省案件である「ひとり親生活保護世帯」への母子加算の廃止だ。理由は生活保護世帯より収入の低い「ワーキングプア」世帯が増え、保護世帯に対する逆の不公平感が増しているからだという。「母子加算の廃止は暴力からの逃げ道をふさぐ」という懸念もあるのだが−。 (田原拓治)
首都圏で、小学生の女児二人と家賃六万円余のアパートで暮らすAさんは四十代前半。四年前に夫からのDV(ドメスティック・バイオレンス)から逃れるため、家を出て離婚。生活保護を受け始めた。
生活保護の受給額は居住地や家族構成、年齢、収入額などで変わる。
Aさんの場合、生活保護とは別に母子家庭に給付される児童扶養手当、それとは異なる低所得世帯への児童手当、前夫からの養育費、家賃扶助、アルバイトの報酬などがあり、それを計算した生活保護費を加えて、年収は総額三百万円ほどになる。この中には、生活保護の母子加算も含まれている。
二人の子は学校を練習場とする地域の吹奏楽グループに属し、指導料は二人で月に四千円ほど。一人は教材費込みで月額約五千円ほどかかる習字教室にも通っているが、Aさんは「母子加算がなくなれば、こうした習い事はやめさせるしかない」と表情を曇らせた。
Aさんの場合、DVからの保護施設(シェルター)に退避したため生活保護は受けやすかった。だが、それ以前の仕事や地域との関係などは大方失った。
離婚前はパソコンを使ったデータ入力などの仕事をしていた。現在もパソコン操作のアルバイトをしている。離婚後、DVの後遺症で心療内科にも通ったが「生活保護を抜け出したい」一心で職を探してきた。
だが、最初に見学に行った母子寮では六畳一間の部屋に電話線はなく、パソコンの活用は無理だった。
朝から夕方までの職業訓練にも半年通ったが、子どもの一人が母と過ごせなくなる月曜の朝になると腹痛を訴えるようになり、子を取るか仕事を取るかのはざまに追い込まれた。
特定非営利活動法人(NPO法人)で、母子家庭の当事者団体「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の赤石千衣子理事は「かつては学校の給食調理など、母子家庭の母には定番ともいえる職があったが、民営化でそれも消えた」と話す。
彼女らを取り巻く現実を数字でみるとこうなる。全国の母子家庭の数は百二十三万世帯。八割が離婚を経て、そのさらに四割が養育費の支払いを約束されているが、実際に受け取っているのは17%にすぎない。
〇四年の厚労省国民生活基礎調査では、一般世帯の平均年間所得五百七十九万円に対し、母子家庭は手当や年金を含め二百二十四万円。日本の母子家庭の就労率は84%(ただし、臨時やパートが半分強)と先進国でも最高だが、女性への構造的低賃金から年収の中央値は百八十三万円(〇三年度)と低迷。「おそらく六割以上の世帯が生活保護基準以下で暮らしている」(赤石さん)状態だ。
「保護から自立」という国のスローガンで、母子家庭を取り巻く制度環境は一段と厳しさを増している。
児童扶養手当(最高で月額約四万一千円)では一九九八年、受給者の年収上限が四百七万円から三百万円へ引き下げられた。さらに〇二年の法改正で支給要件が厳しくなり、半数近い家庭は減額された。加えて、〇八年四月からは、五年を超える受給者は受給額を半額にまで削減される。
生活保護費の母子加算でも、〇五年から三年間で受給世帯の子どもの年齢上限が十八歳から十五歳に引き下げられた。だが、〇五年度の生活保護費総額は約二兆五千億円(約百万世帯)と、十年前の一兆四千八百億円(約六十万世帯)に比べ倍増。政府はさらなる削減を、と三年間での母子加算の廃止を狙ってきた。
母子加算を廃止しても単年度の削減額は六十億円にすぎず「焼け石に水」。だが、厚労省の担当者は「専門委員会報告では、生活保護を受けず自助努力している母子家庭の消費額を(母子加算を加えた)生活保護費が上回っている。これでは逆に公平性が保てない」と削減理由を挙げた。
とはいえ、現在、母子加算を受けているのは九万一千世帯。保護水準以下の一割しか受けていない。我慢して受けない人たちの生活水準に制度を合わせることが正しいといえるのか。
ただ、政府のいう「逆の不公平感」が侮れないのも事実だ。Aさんは「生活保護を受けていると言った途端、離れていった友人は少なくない」と話す。「そこまで落ちたくないとか、冷たい目でみられる。買い物してはいけない気になる」
赤石さんも行政がなるべく生活保護を受けさせないようにする“水際作戦”によって受給者が限られてきた分、「母子家庭の間でもここ四、五年、生活保護受給者に対する風当たりが強まっている」と語る。
「自分たちは、残業の連続で子どもたちと過ごせない。受給者たちは子どもと過ごせてずるい、といったやっかみも垣間見る。不正受給のうわさが、その感情に拍車を掛けている」
■自立支援の充実保護削減正当化
これと似た現象は労働強化されている郵政職員へのバッシングでもみられた。より厳しい状況の民間の宅配業者らが「まだまだ連中は甘い」とたたく現象だ。
千葉大学の渋谷望助教授(社会学)はこうした現象を「負のスパイラル(らせん)」とみる。渋谷氏は「そもそも共働き世帯と比較せず、同じように経済的に苦しい生活保護の受給、非受給世帯で比べること自体が政治的操作だ」と前置きした上で、こう説明する。
「人々は社会変革へのあきらめや目先の忙しさで想像力が欠けると、手近な人を敵対視し、うっぷんを晴らそうとする。足の引っ張り合いだが、権力はその感情を上手に操っている」
その政府は、一連の母子家庭への保護削減を自立支援策の充実を掲げることで正当化してきた。
例えば、児童扶養手当削減の代わりとして〇三年から▽母子自立支援プログラム策定事業▽自立支援教育訓練給付金制度▽高等技能訓練促進費、の三本柱を各自治体に設けるとした。しかし、赤石さんは「三本そろっている自治体はまだ半数以下だ」と批判する。
「それに加え、中身も現実に即していない。高等技能訓練促進費を使い、看護師になるとしても援助があるのは最後の一年だけ。最初の二年間はどうやって食べていけばいいのか」
生活保護の自立支援員の指導を経て、ハローワークに紹介された職場の一つは「暴力社長」の天下だった−そんな経験もしたAさんは最後にこう漏らした。
「母子加算が削られても、うちの場合は節約すれば何とかしのげる。でも、DVの渦中で乳幼児を抱えている人々にとっては、離婚後の生活不安がまた一つ増えることになる。それが暴力から逃れる道を狭めることになりかねない」
<メモ>生活保護の母子加算 1949年に「ひとり親の通常以上の労」のために創設された。生活保護を受けているひとり親を対象に一般の保護費に月額2万3000円ほどを上乗せする仕組み。すでに対象世帯を子どもの年齢で、18歳以下から15歳以下へ絞ってきたが、政府はことし4月から母子加算自体を毎年3分の1ずつ減らし、全廃する方針。その代わり、就労世帯には就労促進費を支給するとしているが、額は母子加算の半額にも満たない。
<デスクメモ> 「働けど働けどわが暮らし楽にならざり…」と歌ったのは石川啄木だが、今や、生活保護受給世帯の収入にも及ばないワーキングプアが急増している。保護対象の母子家庭の方がまだまし、とばかりに、政府は母子加算まで廃止の方針だ。生活苦の時の最後の支えが生活保護だが、今や、骨抜きの大合唱だ。 (吉)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20070211/mng_____tokuho__000.shtml
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