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(平成14年5月29日)
差出人: 不明
日本経済の舵取り役である柳沢金融担当大臣に関する文書を手に入れました。
不況のドン底であえぐ国民は、これを是非知るべきだと考え、投書させていただきます。
原文の一部を、プライバシー保護と読み易い様に、修正して掲載しました。 (編集部)
【柳沢金融担当大臣に関する文書】
東急エージェンシーが国税庁に10億円の申告漏れを指摘されたことが明らかになったが、この10億円の内実について重大な事実が取り沙汰されている。
国税庁では、この10億円が、イトーヨーカ堂から柳沢金融担当大臣への裏献金であり、献金をマネーロンダリングするためのトンネルとして東急エージェンシーが利用されたという事実を把握している。
イトーヨーカ堂は東急エージェンシーの重要なクライアントであり、東急エージェンシーはイトーヨーカ堂の依頼を断ることのできない関係にある。
国税庁は、現職大臣の汚職事件に発展する重大な問題であることを認識している。 その処理の仕方によっては、スキャンダル続きの小泉政権がいよいよ崩壊する引き金になる可能性が出てきた。
資金捻出の実働部隊となったのは、東急エージェンシーの関連会社である株式会社「S」(新宿区築地町●Tel 3269-●●●●)。 同社の「Y・H」社長が、毎年2億円を5年間に亘って捻出した。
同社は、東急エージェンシー、イトーヨーカ堂、セブンイレブンを主要販売先とする広告代理店。 「Y」は1932年生まれ、住所は新宿区下落合●-●●-● Tel 3954-●●●●。 送金ルートには足利銀行が利用されている。 献金の背景にある請託は、 I Y バンクの銀行免許取得に絡むものである。
すなわち、1999年11月、イトーヨーカ堂が決済専門銀行 I Y バンクの設立を決め、金融再生委員会への打診を開始したが、銀行免許取得が難航し、実際に開業したのは2001年5月であった。 この際、イトーヨーカ堂が政界工作のため東急エージェンシーに用意させたのが、今回申告漏れを指摘されたカネである。
I Y バンクへの免許付与について、当初越智金融再生委員長(1999.10.5ー2000.2.25)は慎重姿勢であったが、谷垣金融再生委員長(2000.2.25ー2000.7.4)は積極姿勢を示した。 しかしその後、相沢金融再生委員長(2000.7.30ー2000.12.5)を経て柳沢金融再生委員長(2000.12.5ー2001.1.6から金融担当大臣)が就任した後も、免許取得は難航した。
結局2001年4月になってようやく I Y バンクは予備免許を取得、5月に開業した。 なお、 I Y バンク社長は元日銀理事で特別公的管理下にあった旧長銀頭取の安斎隆氏であり、安斎氏もこの工作に相当深く関わっている。
イトーヨーカ堂の鈴木敏文社長の依頼により、前野徹・元東急エージェンシー社長が野中・元自民党幹事長を鈴木社長に紹介、野中・元幹事長が間に入って、鈴木社長と柳沢大臣の関係を取り持った。 10億円は、柳沢大臣、野中・元幹事長に対する謝礼である。
また、東急エージェンシーは、柳沢大臣の大蔵官僚時代からのスポンサーでもある。 さらに、柳沢大臣の「N」夫人は東京芸大出身の版画家だが、夫人の版画を高く販売して政治資金を捻出することでも、「S社」が暗躍している。
都道府県会館の裏にあるヒルクレスト平河町●●●号室に柳沢大臣の個人事務所がある。 政策担当秘書の松永晴行氏は、ここを拠点として、「S社」の協力も得て、資金集めや「N」夫人の版画の販売を行っている。
柳沢大臣の政治資金管理団体「柳沢伯夫後援会」の2000年収入は4,459万円。
そのうち寄付は485万円、パーティ収入が3,952万円。 他に「伯友会」、「伯政会」なる団体がある。
国税庁にこうした情報を提供したのは、柳沢大臣と袂を分けた「N・K」氏であり、「N」氏は、旧長銀処理を巡って安斎氏とも関係が深い。 「N」氏は※※エンタープライズ(虎ノ門●-●●-●※※ビルTel3504-●●●●)という会社の元会長。
東急エージェンシーが国税庁に指摘された申告漏れの10億円、すなわち、 I Y バンクの銀行免許取得に絡むイトーヨーカ堂から柳沢金融担当大臣への裏献金の背景が徐々に明らかになってきた。
具体的に柳沢金融担当大臣に渡ったのは10億円のうち5億円とみられる。 イトーヨーカ堂は1999年暮れ頃から銀行業への参入計画を始動させたが、金融界から多額の献金を受けていた当時の越智「手心」金融再生委員長や東京三菱銀行の岸・元頭取が強硬に反対、計画は頓挫しかかった。
事態打開のために、イトーヨーカ堂は柳沢金融担当大臣と野中・元自民党幹事長に5億円ずつの裏献金を行い、政界工作による銀行免許取得に成功した。
政界工作は、イトーヨーカ堂の鈴木社長が直接指揮を執り、佐藤副社長と竹本常務が実働部隊として奔走した。 竹本常務は瀬島龍三氏の秘書を務めたこともある人物で、旧経世会と関係が深い。 また、政界工作には大蔵省元証券局長の「接待王」長野厖士氏が暗躍した。
長野氏は旧大蔵省の暗部に関して完黙していることから、財務省も弁護士登録した長野氏に顧客を紹介するなど、手厚い保護を行っている。 こうした関係から長野氏がイトーヨーカ堂の銀行免許取得の件でも間に入り、請託に成功した長野氏はイトーヨーカ堂や、旧大蔵省の先輩である越智・元金融再生委員長や柳沢金融担当大臣から多額の報酬を得た。
長野氏は、こうした事情から弁護士登録直後から羽振りがよく、新橋界隈で若い女性を連れ回して飲み歩いている姿をよく目撃されている。 また、この件で長野氏の走狗として活動した霞ヶ関舎弟の原口金融庁総務企画局長は、次期金融庁長官の座を確実なものにしたと言われている。
もっとも、裏献金のマネーロンダリングのルートとして使われた東急エージェンシー社内の派閥抗争から、こうした情報が漏れ始めている。
東急エージェンシーの反主流派は一連の政界工作をキャッチし、柳沢金融担当大臣やイトーヨーカ堂の鈴木社長と関係が深い主流派潰しを狙い、国税庁に情報を提供した。 しかし、国税庁は柳沢金融担当大臣の指示でこの情報を握り潰し、単なる申告漏れということで疑惑に蓋をした。
そこで、反主流派は次なる策に出た。 イトーヨーカ堂の銀行業への参入に強硬に反対した東京三菱銀行の岸・元頭取に一連の情報を流した。 岸・元頭取には2つの野望がある。 ひとつは日銀総裁の座を射止めて金融界のドンになること、もうひとつはみずほグループを無条件降伏に追い込んで吸収することである。
岸・元頭取は官邸に一連の情報を報告し、柳沢金融担当大臣のスキャンダルを未然に揉み消すよう進言、官邸に多大な恩を売った。 小泉首相は岸・元頭取のふたつの野望の実現に内諾を示したが、今度はみずほグループの反撃が始まった。
みずほグループは東京三菱銀行の軍門に下ることをよしとせず、旧第一勧銀浜松支店に柳沢金融担当大臣のファミリー企業の裏口座があることを暴露しようとしている。
その口座には、柳沢金融担当大臣が夫人の「版画ころがし」の資金や、裏金作りのために使っているミネルヴァ投資顧問の資金がプールされている。
柳沢金融担当大臣の地元静岡県内のほとんどの銀行店鋪には柳沢夫人の版画が掲げられている。 柳沢金融担当大臣はこうして集めた裏金をミネルヴァ投資顧問で運用させている。
ミネルヴァ投資顧問は、柳沢金融担当大臣が金融再生委員長時代に突然委員長秘書官として民間から登用した倉田陽一郎氏が一時社長を務めた。 倉田氏は、ミネルヴァ投資顧問を使った資金環流ルートを構築した後、形式的には同社を離れ、現在は絵画売買を行うシンワアートオークション株式会社の社長に転身した。
シンワアートオークションは昭和62年に発足した美術品の業者交換会「親和会」が前身である。 バブル崩壊後に多額の債務を抱えたものの、破綻すると、同社を通じて裏金作りを行った多くの自民党政治家のスキャンダルが表に出るため、同社は与党・旧大蔵省の保護下にある。
同社の取引銀行は、三井住友、東京三菱、みずほ、UFJの4大バンクに加え、あさひ銀行(りそな)とあおぞら銀行であり、金融庁保護下にあることは明らかである。 これでは柳沢金融担当大臣も大手行に対する厳格な特別検査ができない。
しかし、同社の絵画売買を巡って多額の損失を被ったマル暴筋の大物もおり、今後の展開は予断を抱けない。 特捜が動くか、マル暴が動くか、いずれにしても小泉政権の喉仏にまた骨が突き刺さった。 金融界を私物化している柳沢金融担当大臣に天誅を下す国士がいることも忘れてはならない。
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