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□臨床政治学 永田町のウラを読むーー世論という怪物 [中央公論]
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20070129-02-0501.html
2007年1月30日
臨床政治学 永田町のウラを読む =伊藤惇夫〈第2回〉世論という怪物
復党問題で批判を浴びた安倍政権。盛り返そうと道路特定財源の一般財源化を持ち出したが、決着は玉虫色。かえって悪印象だ。世論を援軍に凱歌を挙げるなんて夢のまた夢
「世論」という名の怪物は、扱い方を間違えると極めて厄介な存在になる。世論を“援軍”にして、内部の「抵抗勢力」を駆逐し、五年半に亘る長期政権を維持したのが小泉純一郎前首相だった。いま、後継者となった安倍晋三首相は、その世論との距離感、付き合い方の難しさを、改めて噛みしめているのではないか。
権謀術数渦巻く政治の世界だけに、世論対応の面でも様々なテクニックが駆使されるが、その中のひとつに、「ダメージ・コントロール」と呼ばれる危機管理手法がある。何らかのミスを犯したり、その政治行動が強い批判を浴びるような事態に陥った時、他のテーマを掲げて、世論の関心をそちらに引き付け、ダメージを最小限に抑えこむというテクニックである。意識的かどうかは別にして、小泉前首相は、この世論操作技術に極めて長けた政治家だった。田中眞紀子外相の更迭によって支持率が急降下すると、電撃的な訪朝を果たして一挙に回復させた事例などはその典型だろう。
復党問題で激しい批判を浴びた結果、支持率が大幅に低下した安倍政権も、やはりこの「ダメージ・コントロール」手法を繰り出した。道路特定財源の一般財源化がそれだ。これを持ち出すことで、復党問題によって傷ついた「改革政権」のイメージ回復を果たそうとする意図があったことは明白である。安倍政権も世論を意識していることの証左だろう。だが結局、党内の反発から、「玉虫色」の決着となったことで、ダメージをコントロールするどころか、「抵抗勢力と妥協した」という印象が広まり、かえって反発を買ってしまった。支持率の低下に慌てて、稚拙な対応策を繰り出した印象が強い。
もちろん、本人の資質もあるだろうし、前首相があまりにも強烈な存在だったため、損な役回りを演じさせられているという、同情すべき面もある。だが、発足以来の安倍政権を世論との関係で見ると、「小泉流」を踏襲するのか独自路線に転換するのか、その狭間で迷走状態を続けているかに見える。
「明確な方針と実行力があれば『独裁者』と呼ばれ、それがなければ『弱腰』と批判される」
これは、英国のブレア首相がサッチャー時代の幻影を振り払おうと呻吟していた当時の発言である。おそらく安倍首相も、心の中で「小泉のような独裁者にはなれない。でも弱腰といわれるのは嫌だ」と呟いているのでは……。
安倍政権はいったい、世論とどう向き合おうとしているのか。これまでの安倍首相の対応からは、世論をねじ伏せようとする積極性が見えてこない。
そういえば、官邸には〇五年九月の「郵政選挙」で広報部門を取り仕切り、大勝に導いた功労者として一躍脚光を浴びた世耕弘成広報担当補佐官がいる。この人事自体、安倍首相が世論を重視していることの表れだろう。こうした布陣を敷いた以上、それなりの広報戦略が構築されていてもいいはずだ。だが、これまでのところ、安倍政権の世論対応は中途半端というほかない。
ちなみに、郵政選挙で世耕氏が取った広報戦術の大半は、二〇年近くも前から米国の政治専門PR会社が開発していた手法を活用したもの。実は、民主党も〇一年の参議院選挙の時から、米国の著名な選挙コンサルタントと契約を結び、そのアドバイスを受けて、ほぼ同様の広報戦を展開していた。もっとも民主党の場合、残念ながらこの手法が大した成果を上げなかったが。
なぜ、世耕氏が成功し、民主党が思ったほどの成果を上げられなかったのか。結論的にいえば、おそらくそれは“俳優”の演技力の違いにある。広報戦術がいかに優れていても、所詮それは黒衣であり裏方に過ぎない。実際に表舞台で世論と対峙し、あるいは動かすのは党の顔となる政治家、つまり党首である。世耕氏の成功は小泉純一郎という不世出の“名優”がいたからで、民主党が失敗したのは歴代の党首(代表)が大向こうをうならせるような俳優ではなかったからだ。
世論が小泉政権を支持し続けたのも、結局は小泉という個人のパーソナリティーに依拠するものだったとすれば、「自民党の変化」も、特異なリーダーのもとでの“一時的現象”に過ぎなかったのかもしれない。復党問題に象徴されるように、小泉時代には息を潜めていた「本来の自民党」が、復活の兆しを見せている。「世論」は参院選に向け、どんな反応を示すのだろう。
(いとうあつお 政治アナリスト。元民主党事務局長。明治学院大学非常勤講師)
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