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産経新聞の【正論】とは思えないほどの宇宙物理学者による「正論」である。以下は http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/seiron/061229/srn061229000.htm からの転載。
【正論】総合研究大学院大学教授・池内了 「賃金デフレ」の時代に思う
総合研究大学院大学教授・池内了氏
■人間使い捨てのワーキングプア
≪空費した10年があった≫
大学生の娘が毎日早朝のアルバイトに出かけている。時間給が800円だという。それでもまだ最低賃金よりは高いらしい。1日2時間、1週間毎日働いて1万円そこそこにしかならず、「バイト料が安い」と文句を言っている。「バイトだから仕方がないね」と慰めるつもりで言ったら、「まだバイトだからガマンができるけれど、派遣や請負の人だって同じような待遇だよ。こんな仕事しかないのなら、私たちは働く意欲を失ってしまう」と鋭く糾弾されてしまった。
日本は長らくデフレの時代が続いた。商品が安いのだから生活は楽になるはずなのに、そうはならなかった。数を売っても売上額が伸びないから儲けが少なく、従って人件費も安く抑えられたからだ。当然、生産意欲や消費意欲が活性化せず、企業のリストラや倒産が相次いだ。生きる目標を失った自殺者が3万人を超え、異様な日本になってしまった。
いつまでも右肩上がりが続くはずがないことを知っており、いずれ低成長の時代が来るといわれながら、それに対する有効な施策(例えばワーキングシェアや勤務時間の短縮)を講じないままズルズルと時間だけを空費した10年であったのだ。
≪実感乏しい最長好景気≫
現在、景気が回復したといわれ、史上最長の好景気が続いているはずなのに、私たち庶民にはその実感が乏しい。大企業は潤っても、中小企業や個人事業主は業績が回復していないか、デフレ時代のままの低価格を押し付けられているためだろう。好景気といわれながら、中小企業の倒産が相次いでいるのがその証拠である。
政府の施策も、企業(法人)減税や高所得者の累進税制の緩和など大企業や富裕者を優遇し、年金負担や医療費などを引き上げて低所得者には厳しい。格差が大きくなる一方といえる。
その根本に、人間の使い捨て政策が大手を振っていることがあるように思える。正社員としての雇用は手控えたまま、派遣労働、請負労働、パート労働と、賃金を安く抑える形態の雇用が増えているからだ。
リストラを継続して行う一方、低賃金労働ばかりを増加させているのである。正社員においても、身銭を切って架空の契約をつくらざるを得ない「自爆」が増え、さらに労働時間自由裁量制で合法的に超勤を無払いにする制度が提案されている。
不況の時代に考え出された安上がり労働施策が、好況になった現在においていっそう過酷な形態で推し進められているのだ。現在の好景気は低賃金労働を踏み台にした仇花(あだばな)なのではないだろうか。
私は、これを「賃金デフレ」と呼んでいる。
商品のデフレは克服されても、より条件の悪い雇用形態しか選べない人々は、より低い労働賃金に据え置かれたままであるからだ。ワーキングプアという新しい階層が出現する所以(ゆえん)といえる。
「昨今はじっと手を見る人が増え」という石川啄木をもじった川柳もあった。特に20〜30歳代の若い層に矛盾が集中し、やむを得ずフリーター生活を余儀なくさせられている人も多い。娘の言うとおり、夢が抱けない若者を作り出しているのだ。これでは結婚もできないから、少子化は加速されるばかりである。フリーターといえば、かつては会社に縛られない自由な生き方を選ぶ若者を意味したが、今や定職に就けずにアルバイトで食いつないでいる失業者予備軍のことを意味するようになった。フリーターといういかにも気楽な人間を連想させる呼称を変えねばならない。
金持ち優遇でますます肥え太る一握りの富裕層と低賃金でこき使われる疲労困憊(こんぱい)した多数の貧困層、そのような格差社会が露骨に姿を現しているのだ。それは、近視眼的には経済の状況を回復させるかもしれないが、長期的には国家を衰微させることにしかならないだろう。
≪労働時間をシェアする≫
もっと多数の人々を正社員として雇用し、仕事の量に応じて労働時間を互いにシェアしていく、そんなシステムをさまざまに工夫し、安心して働ける職場環境をつくっていくことこそが(特に大企業に)求められている。
冷戦が終わって独り勝ちのように見える資本主義だが、人間を大事にしない風潮が続くと、いずれ破綻(はたん)してしまうのは必定だろう。経済学には素人の私だから見当違いかもしれないけれど、確かに資本主義の腐朽が進んでいるのは確かなようである。(いけうち さとる)
(2006/12/29 06:59)
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