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□「インテリジェンスの戦場」としてのホテルの使い方=佐藤優 [SAPIO]
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20061222-01-0401.html
2006年12月22日
「インテリジェンスの戦場」としてのホテルの使い方=佐藤優
インテリジェンス活動においてホテルは重要な舞台だ。国によって事情が異なるが、筆者の経験則からするとヒュミント(人的謀報)活動の6割がホテル(ホテル内に設置されたバー、レストラン、サウナの利用を含む)で行なわれる。10月9日の北朝鮮による核実験以後、各国の情報専門家が東京に集まってきた。彼らとホテルの部屋やレストランで筆者も何回か面談したが、そうしたホテルでの“接触”における国際スタンダードを以下、読者に紹介したい。ビジネス上の人脈構築に参考になる点があるかもしれない。
(1)高級ホテルに逗留する。仮に部屋に客を招くことがないとしても、ビジネスホテルに宿泊して経費を節約するようなことはせずに、高いホテルに泊まる。これは相手に対して「高級ホテルに宿泊して多額の経費を使用する権限をもっている」ということをさりげなく伝える意味がある。インテリジェンスの世界で、使用できる経費とその人物のもつ権限は比例する関係にあると見てまず間違いない。
(2)客を部屋に招くことが想定される場合には、スウィートもしくはセミスウィートに泊まり、ベッドルーム以外の場所で意見交換する。ベッドルームに一緒にいる写真を撮られた場合、それが異性でも同性でも、スキャンダルや脅迫の“種”になる可能性がある。
(3)ホテルの支払いは現金か組織の保有するクレジットカードで行なう。余計な痕跡がつかないようにするという観点では現金の方がいいが、現在、海外では多額(1000米ドル以上)の現金で支払いをするとマフィア組織かテロ組織の構成員と勘違いされ、警察に通報される場合があるので、目立たないようにクレジットカードを用いる。インテリジェンス機関が保有するクレジットカードについては、使途の追跡を防ぐ保安措置がとられている。
ソ連時代のホテルで体験した見張り役との“交流”
ところで、ホテルが情報収集の場になるということは、各国のカウンターインテリジェンス(防諜機関)も熟知している。旧ソ連で外国人が宿泊するホテルにはKGB(旧ソ連国家保安委員会)第2総局(防諜担当)の職員が配置されていた。各階には「ジェジュールナヤ(当直)」と呼ばれる女性が配置され、宿泊客の鍵を管理していた。さらにパスポートはホテルにチェックインしたときに、フロントに預け、チェックアウトまで受け取ることができない仕組みになっていた。従って、旧ソ連ではホテルを舞台に機微な情報収集活動をすることは、まず不可能だった。
ソ連崩壊後のロシアではホテル文化も大きく変化した。旧ソ連時代、外国人が泊まる高級ホテルには東欧社会主義国の名前がつけられていた。しかし、ソ連崩壊後はベルリンはサボイ、ブカレストはケンピンスキーというように欧米のホテルグループと提携した名前に変化した。当然、「ジェジュールナヤ」のような宿泊客に威圧感を与えるような制度も撤廃された。これを利用して各国の情報専門家たちがホテルを縦横無尽に活用してさまざまな活動を行なう。いまでは各ホテルは営利優先なので、防諜機関の依頼を誠実にこなさない。筆者もホテルのメイドから「あなたの部屋に誰が出入りするかチェックするように頼まれています。だから重要な人は部屋に入れないでください」と耳打ちされたことがある。
またある時は、ホテルのメインバーでバーテンから「あそこにいる2人があんたを監視している。奴らは予算がなくて何も飲むことができないから、カリカリしているぜ。サトウさんのツケでバーボンを1本プレゼントしてごらん。連中も機嫌をよくするよ」といわれたので、助言に従って、バーボン(ジャックダニエル)を贈った。
当時、バーボンはたいへんな高級酒であった。ロシアにはボトルキープの習慣がない。ボトルは全部飲み切ってしまうのが礼儀だ。酒を贈ったからといって、ロシアの防諜機関の監視が緩むわけではない。しかし、「あなたたちが監視していることを私は承知しています。だから無茶な情報活動はしません」というシグナルを送ることになる。ちなみに翌日、ホテルの部屋にはウオトカとキャビアが「昨晩のお礼です」というメイド経由の口頭メッセージとともに届いていた。このようなユーモア半分のシグナルのやりとりが敵対する関係にある者との間でできなくては、情報活動での成果はあがらない。
1997年11月に西シベリアのクラスノヤルスクで橋本龍太郎首相とエリツィン大統領が非公式に会談し、「東京宣言に基づき2000年までに平和条約を締結するよう全力をつくす」と合意した後、北方領土問題解決の可能性が生まれたので、筆者も頻繁にモスクワに出張するようになった。パレスやメトロポールなどの欧米資本と提携したホテルに泊まるのだが、いつも2人連れの男が尾行していてかなわない。筆者の横に張り付いて「こいつと会うとロクなことにならないぞ」と威圧する業界用語でいうところの「強行尾行」ではない。ロシアの尾行術は洗練されているので、15名くらいのチームできちんと監視すれば、筆者に気づかれず、尾行することは可能だ(もっとも2時間くらいかけて点検行動をとれば、そのような尾行でも見破ることはできる)。そのどちらでもない中途半端な尾行なのである。筆者の情報源には、勘のよい政治家や学者がいたので、「サトウさん、私たちは監視されていますね。何のシグナルでしょうか」などと聞かれ、十分な意見交換ができない。
“常宿”を変えた途端に消えた尾行チーム
筆者としてもどうしたらよいかわからないので、中東某国の「ロシア情報の神様」と呼ばれるある高官に相談した。この高官はかつてソ連反体制派だったが、ソ連崩壊後はクレムリン高官と個人的に親しくしていた。
「防諜機関はサトウさんが誰と会ったか、詳細な記録を作れという指示を出しているのでしょう。連中は会談の内容は理解できませんし、そもそも関心がありません。ですからできるだけ彼らが監視しやすい場所で会見するのです」
「どこですか」
「プレジデントホテルがいいでしょう。私もモスクワに行くときはいつもこのホテルに泊まっています」
プレジデントホテルは旧ソ連時代、共産党中央委員会が経営していた「オクチャブリ第2ホテル」のことだ。準迎賓館で、現在は大統領総務局が経営している。
「私が申し込んでも宿泊できるでしょうか」
「サトウさんの名前は十分有名だから大丈夫ですよ。私からも大統領総務局に電話しておきます」
それから私のモスクワでの定宿はプレジデントホテルになった。14階には高級サウナとプールがあり、地下2階の通信室には政府専用電話があるので、国会議員や大統領府高官との連絡も簡単にとれた。もっとも各階に「ジェジュールナヤ」がいて部屋の出入りは丹念にチェックされていたが、お客さんが来ると紅茶やコーヒーをもってきてもらったり、下着類の洗濯のみならずスーツやネクタイのクリーニング(ホテル内に施設がある)もやってくれたので、とても助かった。中東某国の高官が言った通り、不愉快な尾行もなくなった。
インテリジェンスの世界の人々がホテルについていかに敏感であるかは東京でも思い知らされた。あるとき筆者は、ある外国人と東京都千代田区○番町のホテルで夕食をとることにした。ちょうどその前に外務省関連のホテル「霞友会館」(現在は廃止)でレセプションがあるので、歩いていけるそのホテルにした。アポイントをとった翌日、外国人から「ちょっと相談したいことがあるので、これから外務省に行ってもいいか」という電話があったので、面会に応じた。
「こちらで調べてみたが、あのホテルはまずい。北朝鮮系の資本だ。朝鮮総連の幹部もホテルの役員に入っている。あそこで会見していると情報が朝鮮総連経由で平壌に流れるかもしれない。あのホテルは仕事でもプライベートでも使わない方がいいと思う」
その話を聞いて、筆者もデータを調べてみたが、確かに北朝鮮系資本のホテルだった。
モスクワには北朝鮮高官が好んで泊まる高級ホテルがある。ここのイタリアレストランで金正日の息子・金正男を目撃したという複数の信頼できる情報がある。ロシア鉄道省関係者と会っているようだ。モスクワの日本大使館員に胆力があるならば、このホテルの支配人やボーイにうまく人脈をつけ、金正男と人脈をつける可能性を追求する意味があると思う。ホテルはインテリジェンスのプロにとって休息の場ではなく戦場なのだ。(起訴休職外務事務官)
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