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2007年01月23日
閑話休題ー仙波さんを支援する会に参加して
1月19日私は四国松山を訪れ「仙波敏郎巡査部長を支援する会」の集まりに参加した。現職の警察官でありながら裏金づくりの実態を記者会見で告発したのは丁度二年前だった。その二周年記念集会に参加したのだ。
組織を離れて孤立無援だった私にとって新聞で読んだ仙波氏の勇気ある行動は何よりもの励みになった。一度会って話がしたかった。それがやっと実現したのだ。
仙波さんは告発した一週間後に閑職に配置転換され職場軟禁の状態だった。その不当人事の撤回を求めて仙波さんは闘って来た。それを弁護士たちと支援者が支えた。06年6月ついに県人事委員会は「人事権の濫用」を認定し「異動は妥当性を欠く不利益処分」と断じた。名誉は挽回された。しかし元の職場に復帰したところで「裏切り者」には変わりはない。仙波さんにとってはつらい毎日に違いなかった。
しかし仙波氏の表情は意外に明るかった。それは「自分はいささかも後ろめたいところはない」という強さがあるからだろう。事実、裏金作りのための偽造領収書の署名を最後まで拒んできたただ一人の警察官であった。だからこそその告発に迫力があったのだ。
そうは言っても現職の警察官でありながら告発をした事に対する警察組織の圧力は大変なものであったに違いない。その中で毎日を過ごした仙波さんの辛さは想像を絶する。「支援の会」を司会していた代表者の一人が、はじめて姿を見せたという仙波さんの年老いた母親の姿を前の席に見つけ、思わず涙ぐんで言葉が途切れるという一幕があった。その光景こそ過去2年間の仙波さんの苦労を象徴的に表していると感じた。そういえば私も心配をかけた母親がいた。今は亡き自分の母親の面影を仙波さんのお母さんに重ねていた。
それにしても仙波さんは幸せだと思った。仙波さんを支えてくれる支援者がこれだけいるのだ。不当人事を撤回させた多くの弁護士がいるのだ。だからこそ2年間をがんばることが出来たのだろう。孤立無援の私には羨ましく思えた。
帰り際に私は仙波さんに私の思いを伝えた。あなたがこれからなすべきことは定年までのあと2年間を歯を食いしばって勤めあげることだ。間違ってもこれ以上あなたは裏金の追及をやってはいけない。これ以上警察を追い込んで警察の反発を招くようなことをしてはならない。後は県民の仕事だ。司法の仕事だ。メデイアの仕事だ。そしてこのまま無事に定年まで勤めあげることが出来ればその時こそあなたの正しさが揺るぎのないものとなるのだ。その時はゆっくり酒でも飲みましょう・・・と。
もしあの時・・・と私は帰りの飛行機の中で考えた。もしあの時、多くの警察官が仙波さんの勇気に動かされ裏金の事実を語りだしたとしたら・・・百人、二百人単位の警察官が告発の正しさを語り始めたらおそらく検察も司法も動かざるを得なかっただろう。警察組織全体が犯罪を認めざるを得なかっただろう。山が動いただろう。
イラク戦争にしてもそうだ。もしあの時外務省の多くの職員が立ち上がり米国の不当を批判していたならば、その米国を支持した小泉首相の判断が間違いだと声を上げていれば、日本外交は正しさを取り戻せたに違いない。日本はここまで米国のイラク戦争に巻き込まれずにすんだに違いない。小泉首相の責任もまた間違いなく問われていたのだ。
現実は決してそうはならなかった。警察組織は微動だにしていない。小泉首相は任期を全うしイラクの状況の悪化などどこ吹く風と言わんばかりに私的生活を楽しんでいるという。
それでも私は晴れやかな気分で岐路についた。これだけ多くの善意の人たちに囲まれてしばし孤立無援の自分を忘れることが出来た。いや私は決して孤立無援ではない。あの米国の不正義な中東政策の犠牲になったアラブの民の怒りと悲しみを背にして今日まで生き続ける事ができたのだ。不正義は必ず正される時が来る。私はブッシュ大統領の行く末を見届けていく。日本外交のこれからを監視していく。
http://www.amakiblog.com/archives/2007/01/23/#000222
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