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(回答先: 神戸の連続児童殺傷事件、加害者から遺族に謝罪の手紙 [読売新聞] 投稿者 white 日時 2007 年 3 月 31 日 16:03:41)
□「必死な姿見えない」須磨事件・加害男性謝罪文 [神戸新聞]
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000286363.shtml
「必死な姿見えない」須磨事件・加害男性謝罪文
2007/03/31
神戸市須磨区の連続児童殺傷事件で、当時十四歳だった加害男性(24)から医療少年院退院後、初めて届いた謝罪の手紙。殺害された山下彩花ちゃん=(当時10)=の母、京子さん(51)は「彼が自分の罪に向き合う一歩を踏み出しつつあるのでは」と印象を述べる一方、具体的な生活ぶりが触れられていないことに、落胆の色を浮かべた。男性側からの賠償についても疑問を投げかけ、「必死に生きようとする姿が見えてこない」と指摘した。
加害男性が医療少年院を本退院する直前の二〇〇四年十二月、法務省の担当者が彩花ちゃんの両親らに、「一生かけて償います」とする男性の謝罪の言葉を伝えた。
だが、〇五年一月の本退院後、それが本当に実行されるかどうか、遺族がチェックできる方法は極めて限られていた。男性の両親や支援者を通じて伝えられる近況はごくわずか。昨年三月の彩花ちゃんの命日には、お供えの花と謝罪の言葉が書かれたメッセージカードが届けられたが、手紙が送られてきたのは約二年七カ月ぶりだった。
京子さんは「注目された事件だけに、被害者対策の先例になるよう、加害男性に関する情報開示をもっと進めてもらいたい」と強調した。
一方、一九九九年には男性側が約八千万円の慰謝料を支払うことで示談が成立した。だが現在、一カ月に支払われているのは、男性から四千円と両親から八千円。両親が出版した手記の印税収入から時々支払われることもあるが、京子さんは「印税は痛みを伴わず、賠償とは思えない」とし、「決してお金がほしいわけではない。しかし男性も仕事に就いているようだから、賠償に向け、苦しみながらも必死になっている姿が分かるようにしてほしい」と話す。
その上で京子さんは「男性は自ら生きていくと決めた以上、どんなに苦しいことが続いても、絶対に逃げないで」と訴える。
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□加害男性から謝罪文 須磨連続児童殺傷 [神戸新聞]
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000286343.shtml
加害男性から謝罪文 須磨連続児童殺傷
2007/03/31
神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件から十年の今月、当時十四歳だった加害男性(24)が、殺害した山下彩花ちゃん=当時(10)=の遺族に謝罪の手紙を送っていることが、三十日分かった。加害男性が彩花ちゃんの遺族に手紙を送ったのは、二〇〇五年に医療少年院を本退院してからは初めて。
彩花ちゃんの両親は二十九日、神戸市内で加害男性の両親と代理人、支援者と面会。加害男性の近況などを聞くとともに、直筆の手紙を手渡された。
手紙は縦書きの便せん三枚にボールペンで書かれていたという。彩花ちゃんの母、京子さん(51)は、「私信」として具体的な内容を明らかにしていないが、「彼が自分の仕事や生活を支えてくれる人と出会う中で、私たちの大切な娘を奪った罪の重大さも認識しているようだ。本心で書いたのだと思う」などと印象を述べた。
ただ、「謝罪の言葉はあるものの、具体的にどんな生活を送っているのか、今後どう償っていくのかについては触れられていなかった。彼の今の姿がイメージできない」とし、さらに本人の生活ぶりや心境の変化など、できるだけ多くの情報を伝えることを求めている。
男性から彩花ちゃんの遺族への手紙は、医療少年院を仮退院中の〇四年八月に二通が届いている。今回、手紙が手渡された際には、男性と両親のやりとりの一部も伝えられた。また今月二十三日の彩花ちゃんの命日には、加害男性から供え物が届いたという。(石崎勝伸)
須磨連続児童殺傷事件 1997年2月10日、神戸市須磨区で小学6年生の女児2人が襲われ、1人がけが。3月16日には、小学4年の山下彩花ちゃん=当時(10)=が金づちで頭を殴られ死亡、小3の女児=当時(9つ)=が腹をナイフで刺され重傷を負った。5月24日には、同6年の土師(はせ)淳君=当時(11)=が殺害された。兵庫県警は、中学3年の少年=当時(14)=を逮捕。神戸家裁の決定で、少年は関東医療少年院に収容された。05年、成人した少年は同少年院を退院した。