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恐怖記憶を書き換える 神経伝達抑える受容体を特定 PTSD治療短縮も
(東京新聞)2008年5月13日
強い恐怖体験などで起きる心的外傷後ストレス障害(PTSD)。エクスポージャー(暴露)療法とよばれるカウンセリング治療があるが、つらい記憶を何度もたどらなければならない。東京農業大の喜田聡教授は、恐怖体験が癒える過程で働く受容体をマウスの実験で突き止めた。この受容体を活性化すれば、治療期間を大幅に短縮できる可能性があるという。米の専門誌ラーニング・アンド・メモリーで発表する。 (永井理)
地震や事故などの恐怖の記憶は、脳にしっかりしまい込まれ、普段は書き換えられない。ところが元の体験を思い出すことで、固定されていた記憶が一時的に書き換え可能な状態に“引っ張り出される”ことがある。記憶の不安定化と呼ばれる現象だ。
暴露療法は、恐怖体験をわざと思い出すことで記憶を不安定化させる。そのとき「事故は過去の出来事であり、いまは恐れる必要がない」と患者に認識させれば、恐怖記憶が正しく意味づけされて書き換わり、不必要におびえることもなくなるという考え方だ。
喜田教授は、記憶の不安定化が、どんな状況でどう起きるのか、マウスを使って調べた。
マウスを特別なかごに入れて二秒間の電気刺激を与えると、驚いて「恐怖記憶」が固定される。PTSDに似た状態だ。このマウスを飼育箱に戻し、二十四時間後に再びかごに入れると、電流を流さなくても恐怖を思い出して、じっと動かなくなる。この状態で、かごに三分以上入れておくと記憶の不安定化が起きることが分かった。
だが、三分間だけでは恐怖記憶は書き換わらず、元のままで再び固定される。飼育箱に戻して二十四時間後にもう一度かごに入れると、やはり動かなくなった。
一方、かごに三十分間入れたマウスは「電流が流れたのは過去のことで、もう流れない」と学習して記憶が書き換わることがわかった。二十四時間後に再びかごにいれると、もう怖がらずに動き回った。PTSDが癒えた状態だ。
喜田教授は、神経の情報伝達を制御する「L型電位依存性カルシウムチャンネル(LVGCC)」と「内因性カナビノイド受容体(CB1)」の二つの受容体に注目。薬を与えて二つの働きを妨げると、かごに三分以上入れても恐怖記憶が不安定化しなかった。不安定化しないと、三十分以上かごに入れても記憶は書き換わらず恐怖は残されたままになる。
この結果から「逆にCB1やLVGCCを活性化すれば、記憶を効率よく不安定化して、恐怖記憶が消せる」と喜田教授はみる。
二つの受容体が活性化すると、神経細胞の間で信号を伝えている神経伝達物質の放出を、減らす働きをすることが分かっている。伝達物質の減少が記憶の不安定化を起こす原因と考えられるが、神経伝達物質は複数の種類がある。
「実際にどの種類が減っているのか突き止めれば、その神経伝達物質を抑える薬が見つかる可能性は高い。不安定化を狙って引き起こせるようになる」。喜田教授は、受容体の働きで減少する神経伝達物質の種類を特定する研究を進めている。
PTSDの治療研究に取り組む臨床の現場からも期待が寄せられる。国立精神・神経センター精神保健研究所の金吉晴部長は「暴露療法は、十週間にわたって毎日、事故や事件を思い出す必要があるため、治療を受ける人の負担が大きい。記憶を効率的に書き換え可能な状態にする薬があれば、治療期間が短縮されて負担を小さくできる」と話す。
喜田教授はさらに「恐怖記憶を不安定化させ続ければ、記憶が自然に消える可能性も考えられる」と、薬だけでのPTSD治療へも期待を広げる。
<PTSD> 大地震や交通事故、性暴力被害など衝撃的な体験がもとで生じる精神障害。原因体験が突然よみがえる、感情や感覚の反応が鈍くなる、イライラするなどの症状が出る。うつ病や不眠症になることもある。恐怖の瞬間がストロボを浴びたように断片的に強く心に刻まれるため、他の出来事と関連づけられず、記憶が不意に繰り返しよみがえるなどして不安に襲われるとされる。
<記者のつぶやき> 兵庫県宝塚市に滞在していて阪神大震災に遭った。幸い家族も無事だったが、数年間は何かのきっかけで記憶がよみがえっては、自分の脈が聞こえて手に汗を握った。そんなこともあってこの研究に関心を持った。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/technology/science/CK2008051302010889.html