G. P. コリンズ(SCIENTIFIC AMERICAN編集部) スイス・ジュネーブ近郊にある欧州合同原子核研究機関(CERN)で人類史上最大の素粒子実験が始まる。舞台はCERN近くの田園地帯の地下約100mに建設された,山手線ほどの円周を持つ巨大リングだ。「大型ハドロン衝突型加速器」という名前がついているが,研究者はLHCと略称する。LHCの巨大リングは膨大な数の超強力磁石や最先端電子機器の集合体だ。その中心には2本のパイプが並行して走り,内部は宇宙と同じ極低温の真空になっている。 この,地下に再現された2つのリング状の宇宙空間の中を天文学的な数の陽子が光速の99.9999991%という猛スピードで互いに逆向きに突っ走る。2つのリングは4カ所で交差,そこで陽子どうしが真正面から激突する。そのとき,人類がこれまで実現したことのない超高エネルギーが生み出され,宇宙誕生直後の世界が再現される。 今の宇宙はそのほとんどが酷寒で真空の世界だが,約140億年前の宇宙誕生直後,つまり天地開闢(かいびゃく)直後のときはまったく違っていた。現在は陽子や中性子の中に入っていて決して出てこない素粒子クォークなどが自由に動き回る超高温の液体だった。本当に最初の頃は,すべての粒子が光と同様,重さがなかったとみられる。 約30年前に登場した素粒子物理学の標準モデルは,ほとんどの実験結果を破綻なく説明してきたが,最近,それが究極の理論ではない明確な証拠が続々と発見されている。理論研究者は標準モデルを超えるさまざまな理論を提唱している。中でも有力視されるのが超対称性理論,さらにその先にあるのが「ひも理論」だ。ではそうした理論は本当に真実なのか? それを確かめるには実験するしかない。そのために建設されたのがLHCだ。LHCにある4つの陽子衝突点には巨大検出器が置かれ,陽子衝突で生み出される超高エネルギー世界を観察する。 原題名 SPECIAL REPORT "The Future of Physics" : The Discovery Machine (SCIENTIFIC AMERICAN February 2008)
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