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http://www.nikkei-bookdirect.com/science/topics/bn0706_3.html#1
母親はわが子にすべてを与える──やや月並みな格言だが,生物学者たちは最近,これを分子・細胞レベルで実証した。母親の胎内環境は胎児に栄養を供給し,喫煙や飲酒の代謝物が存在すれば胎児の成長が遅れるのはよく知られている。胎児の遺伝子のオン・オフに影響することさえある。さらに最近,フランスの研究グループが新事実を発見した。母親由来の生化学物質が胎児の発達に直接かかわっている場合があるのだ。
この“母親効果”は母親と胎児の生理学的な境界線を曖昧にするだけでなく,いくつかの病気の原因解明に役立つ可能性がある。
母が子に注ぐセロトニン
パリにあるフランス国立科学研究センター(CNRS)のマレ(Jacques Mallet)らは,哺乳動物の胎児が自分で神経伝達物質のセロトニンを作り出せるようになる前に,母親からセロトニンの供給を受けていることを初めて明らかにした。セロトニンはホルモンとしても働き,消化器系や気分,睡眠覚醒周期,心血管系,痛みの認知,食欲などを制御している。
米国科学アカデミー紀要1月2日号に掲載された報告によると,マレらはメスのマウスの遺伝子を操作し,血中を循環するタイプのセロトニンを作るトリプトファン・ヒドロキシラーゼ1という酵素ができないようにした。これらメスマウスの胎児43匹のうち37匹は通常よりも小さく,脳などの器官に異常が現れた(異常のない胎児もいたのは,母マウスの別の遺伝子が作り出したセロトニンが残っていたおかげだとすれば説明がつくだろう)。
これに対し,母マウスにセロトニンを作る能力がある場合は,約130匹の子マウスのうち胎児段階で同様の異常が現れたのは10%に満たなかった。マウス胎児が自分でセロトニンを作り始めるのは妊娠後期(第3期)になってからであり,「この実験結果は母親の遺伝子が胎児の遺伝子に代わって働いている証拠だ」とマレはいう。さらに「ヒトで同じことが起きていても不思議はない。すぐに調べなければ」と付け加える。
発達をコントロール
この研究は胎児にとってセロトニンが重要であることを示す以前の発見の上に立って進められた。
1988年には,ノースカロライナ大学チャペルヒル校のローダー(Jean Lauder)がマウスの胚培養液中でセロトニンが初期胚の発達に重要な役割を果たすシグナル伝達分子として働いていることを示し,このセロトニンが母親由来であるという仮説も提唱していた。
また2005年には,ボストンにあるフォーサイス再生発生生物学センターの所長レビン(Michael Levin)が,カエルとニワトリの胚でセロトニンが体の左右軸の発達(心臓は左半身にできるなど)に関するシグナルとして働いていることを突き止めていた。今回のマレの研究は,母親からのセロトニンも胎児の発達シグナルとして機能している可能性を示すものだ。
これを受けて,セロトニンが関係する病気(自閉症やフェニルケトン尿症,過敏性腸症候群など)の原因を解明するために母親のセロトニン値の変化に注目する研究が始まるかもしれない。また,妊娠女性はセロトニンを調節する抗うつ薬の服用を控えるべきだとされてきたが,その重要性が強調される。
さらに,超未熟児に見られる発達障害をセロトニン欠如によって説明できるかもしれないし,代理母候補の女性についてはセロトニン濃度を事前に検査する必要もあるだろう。
母の細胞が子で活躍
“母親効果”への関心はなおも高まりつつある。マレの報告から数週間後,フレッド・ハッチンソンがん研究センター(シアトル)のネルソン(J. Lee Nelson)らは,母親の細胞が胎児に入り込み,膵島ベータ細胞となって胎児の体内でインスリンを作り出すことを明らかにしたと米国科学アカデミー紀要に発表した。
ある個体から少数の細胞が別の個体に移って定着する現象は「マイクロキメリズム」として知られているが,ネルソンの研究はこの現象の有益な効果を示している。これまでのマイクロキメリズム研究は,母から胎児への移動であれ胎児から母への移動であれ,自己免疫や免疫寛容に注目したものがほとんどだった。
マレのグループは1980年代半ばにトリプトファン・ヒドロキシラーゼ1の遺伝子複製に初めて成功した実績を持っており,今後も母親由来セロトニンの研究を続ける。レビンが指摘するように,母親のセロトニンがどのように胎児に達して,そこで何をするのかを明らかにする研究が必要であり,マレは現在それを追求している。
また,セロトニン以外の神経伝達物質やホルモンが母親から胎児に供給されて発達に寄与している可能性もあるので,そうした例を探す計画。「母親の務めは尽きない」という格言にも新たな意味が加わるに違いない。
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