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(回答先: 織春の君へ 投稿者 金十字架 日時 2007 年 7 月 16 日 00:01:12)
お返事をありがとうございます。
|惜しむらくはそこだ
|君は他人の妄想に陥っている
というより、人がそのような誹謗・中傷・偏見・作り話を以って風評被害を作り出しているのだから、それを訂正したいのですが。
|回復の見込みは未知数だが
|確率に逃げ場を見出すことこそ誤りである
可能性とか確率までしか追求できないので、そうするしかありません。これは逃げているのではなく、追っているのです。私の知らないところで流布されている情報を追っているのです。ある一つの問題について確率や可能性を定めておくと、別の問題が発生して類似の領域が見えてきた時に、前回の問題解決の方向性や可能性について定めておいたので、今回の問題がヒントになって「前回の問題の意味が明らかに定まった」という事も起こるからです。
|理解に苦しむかも知れないが
|「理解」こそ理解に苦しむものはない
ありがとうございます。ただ、私はぶつかって来る加害者を「理解」しようとなどしていません。そのたれ流されている「嘘」の具体的詳細(という一種の事実)を確定しようとしているのです。その先に、その誹謗の粉砕への道が開けますから。つまり、理解しようとしているのではおりません。まず、彼(ら)の流布する内容を確定しようとしているのです。
|暗闇に出くわしても
|瞼閉じることなく
|啓かせたまえ
|
|大いに闇を味わい
|確固たる自立の光を見出したまえ
|
|眩むほどの光を君は暗がりの中でも瞼の奥に感じるだろう
これは私に嫌がらせを5年以上繰り返したスブドの83の事を暗示していますか?/いませんか?
私という人間に言う前に、某神霊に向けて同様の主張をしないのですか?
某神霊は詩篇13(http://oriharu.net/jSihen13.htm)の中で
「理解することは 私であると言うことである
そのような者を 私が赦すと思うな」
と仰っています。あなたが何億もの大勢の人類の中で、なぜ、私を「特定の関係性」の中だけに固定化することを勧めるのは何故ですか? そして、優れて輝くような(特に女性)との「特定の関係性」については流動化させようと必死なのでしょ?(金十字架さんがそうだとまでは特定的には言いませんが)
|これは君への礼である
基本的に善意だと思われるので、感情的な問題ではありませんが、
|君が忘れている
|君が忘れてはならない
|君の中の柱を
|
|ゆっくりと思い出したまえ
これらはいわば、「当たり前」「誰にでも当て嵌まる」ことなので、よくいる上司の言葉のようにも思えて来ますが。曰く「仕事しなきゃ収入は無いんだぞ!」とか。よくいるでしょ。当たり前の事を「説明する」ヤツ(^^;。
以前の私は普通じゃない人間でした。しかし、今の私は、当側面については人と同じです。つまり、「性格の悪い人間は避ける」という普通の生き方をしております。多分、あなたと同じでしょう。しかし、日本ではキリスト教的な道徳律のイメージが広まっているので、「仲良く=善」という公式から外れると皆で責めがちですね。それでバランスしようと思うのは、コーランの女人の章、140節、
『 神はすでに啓典の中でおまえたちを戒めたもうたではないか。「神のしるしが信じられなかったり、また嘲笑されているのを聞いたなら、相手が他の話題にはいらないかぎり、彼らと同席してはならない。さもなければ、おまえたちは彼らと同類である」。偽善者や不信者は、神がことごとくゲヘナに集めたもう。』
です。ここで言いたいのは「分離もアリ」という意見です。