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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2007050102012885.html
憲法60年に考える(上) イラク戦争が語るもの
2007年5月1日
憲法施行から六十年。人間なら還暦です。改憲の動きが加速する一方、イラク戦争を機に九条が再評価されています。まだまだ元気でいてもらわねばと願います。
憲法解釈上禁じられている集団的自衛権行使の事例研究を進める有識者懇談会の設置が決まりました。
歴代内閣が踏襲してきた憲法解釈を見直すお墨付きを得る。日米同盟強化に向け、集団的自衛権行使の道を開くことに狙いがあるのは、メンバーの顔ぶれからも明らかです。
憲法には手を触れず、日米軍事一体化への障害を解釈で切り抜ける。安倍晋三首相からブッシュ政権への格好の訪米土産になったようです。
キーワードは国際貢献
言うまでもなく九条の背骨は「戦争の放棄、戦力の不保持」です。その解釈の変遷史でも最大の転機は一九九一年の湾岸戦争でした。キーワードは国際貢献です。
戦費など百三十億ドルを拠出しながら小切手外交と揶揄(やゆ)され、国際社会への人的貢献を迫られたのです。一国平和主義、一国繁栄主義への批判がわき起こったのでした。
自衛隊は“禁”を破り、海外出動の道を踏み出しました。
ペルシャ湾への機雷除去を目的とする掃海艇の派遣。続いて翌九二年には、国連平和維持活動(PKO)協力法に基づきカンボジアへ。「外国領土」での活動に初めて道を開いたのです。「武力行使と一体とならないものは憲法上許される」という政府見解が根拠になりました。
自衛隊海外派遣への転機のもう一つの重要な背景は、ソ連・東欧の崩壊による冷戦の終結です。覇権国家となった米国は、アジア・太平洋地域の秩序維持について、経済的にも軍事的にもより積極的な分担を日本に要求したのです。
この米国の姿勢は、現在も基本的には変わっていません。在日米軍再編もその一環です。呼応して安倍首相は、憲法改定を夏の参院選の争点にすると明言しています。
実は、それまでの歴代内閣は憲法問題を避けてきました。安保闘争で総辞職した岸内閣のあとを受けて登場した池田勇人首相は「自分の在任中は憲法改正はしない」と声明を出しました。
以後、小泉純一郎首相に至るまで十八人に及ぶ歴代首相は、全員例外なく、就任時に「在任中は憲法改正はしない」ということを約束するのが慣例になったのです。
湾岸戦争が安全保障上の転換点だとすると、二〇〇三年のイラク戦争はまた別の転機となったようです。
間違いだらけの戦争
この戦争は間違いだらけです。ブッシュ政権が依拠したのは先制攻撃論です。国家であれテロ集団であれ大量破壊兵器を保持する場合、それが使用されると自国の被害は甚大だから、その前に先制攻撃する。中枢同時テロの教訓から生まれた予防攻撃論ですが、国際法上かなり無理のある理屈です。
圧倒的な武力を過信した米国は、国連の同意なしに攻撃し、フセイン政権を倒しました。でも結局、大量破壊兵器は見つかりませんでした。
イラクの国情にも通じず、フセイン政権打倒後の見通しも甘いものでした。イラク国軍の四十万人を武器を持たせたまま解散させたのが一例です。宗派抗争は泥沼化し、自爆テロの相次ぐ内戦状態に陥らせてしまったのです。まるで処刑されたサダム・フセインの呪(のろ)いのようです。
国連イラク支援団の法律顧問によると、負傷後の死者を含めると一日に百人が死亡しています。国内外の避難民は三百七十万人に上るそうです。米兵死者も三千数百人を数えます。米国内では早期撤退が議決されるなど、誤った戦争とみる人が多数派です。
日本でも大義なき戦争へ厳しい目が注がれています。政府はイラク戦争を支持し、イラク復興支援特別措置法に基づいて自衛隊を派遣しました。幸いサマワの陸上自衛隊は無事帰還しました。九条のおかげで「非戦闘地域」に派遣されたからとも言えます。
航空自衛隊は今も空輸活動に従事していますが、武器弾薬は扱っていません。これも九条の制約です。
もし、九条がなければ、米軍への全面協力を余儀なくされ、戦争に巻き込まれていたかもしれません。九条こそ、日本が柔軟に対応できる唯一の担保となっているのです。
国民のバランス感覚
九条の「戦力の不保持」と自衛隊の存在との整合性の問題がよく言われます。自衛隊の存在を認め、かつ九条の有意性も認める、国民の優れたバランス感覚が九条を生きながらえさせたのではないでしょうか。
イラクの悲惨さ、武力の不毛さから、九条の重さを痛感した人もいたでしょう。全国世論調査では、九条の改定「不要」が44%と、「必要」の26%を大きく上回りました。
かつて戦場となったアジア諸国が日本を不戦国と見てくれるのも、武力行使の歯止めができるのも九条があってこそです。九条が再び見直される時代になったのです。