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(回答先: 新時代を実現する為にA 日本がその先導の役割を果さなねばならない![1,2] 投稿者 秋吉悠加 日時 2007 年 4 月 02 日 23:12:08)
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3. [新時代と、過去時代との接点に於ける特殊事情]
新しい時代へ入った時点からの、
人類一人残らずの立場は、排除にあたえする人は一人もおりません。
・・・・・しかし
新しい時代に入る時には、その事(人類全員の幸せ)を妨害する人獣が
集約的に表面化し、新時代の実現を妨害する事態が生じる事になっている
その妨害者については、例外として排除せねば、新時代は開かれません
地球の資源は、人類生命全員がその恩恵を受けて生存していく。
人類全員の幸せを妨害するものは、
富の収奪,一人占めの強盗団・その軍事的兇暴なる侵略国家米国。
この暴力を例外として、排除しなければ、生命種が絶滅に至るのです。
これを排除して人類は、永遠の生命の扉を開くのです。
戦争のない世界を実現するのです。
未来社会から見ると、この場面で
排除されるのは人間ではありません。
人の形をしている獣、つまり人獣なのである
米のイラク侵攻・占領を、安易に肯定してしまう偽善者は、
人類の絶滅を促進する立場となっている事にも気付いていないのであり
平和を損う活動を、「平和の為」と言いながら強引に突っ走っている。
人々の幸せを考えず、盲目的に自己中心の仕事に奔走し続けている。
米のイラク侵略・占領は誤りである。軍事的覇権米国家の犯罪である。
これを曖昧にすれば、滅亡まで侵略戦争は止まらなくなるのである。
指導的立場の大人が誤りを犯しゴリ押しで、押し通す。
米の浅はかな横暴、これが国際社会の恥でなくて、何であろうか。。。。
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4. [平等な配分とは] 生命の森論
「平等配分とは」というテーマで
「生命の森論」を紹介させて頂くのは、行き詰まった政治と経済の現状から
新たな体制を展望していく場合に、(全く新たな発想が必要になっており、
その必要にせまられての研究結果として、抽出された自然界の方法として)
良い結果を出すところの理想の社会を構築する為の 「生命の森」について
この思考方法を新たに実践に加えていく必要があろうと考えて提供するもの
です。政治と経済の今後にとって貴重な視点と指摘できるものです。
両体制の制度運用の結果、どちらも辿り着く、福祉財源困難という状況の、
克服方法として政治は、「人類生命に与えられている人類固有の能力」を
(自然の恵み、自然界の生産品でもある人類生命を扱う仕事であることを)
確認し、これを社会に育て活かしていく事が重要であろうと云う事です。
自然界から与えられている生命なればこそ、
その命をよりよく生かす社会システムを導入していく事によって、
社会の基本的条件と整える事が、必要となっているのではなかろうか。
新しい政治と経済の問題として、生命の森論は国民市民のための
豊かな福祉財源確保の保障をしてくれる要ともなりうると考えます。
。。。。
生命の真の平等とは、10個を10人に1個づつ配分し、10人全員に1個づヽ
渡す事を、平等に配分したという事ではなくて、人間存在に対する平等とは
それぞれの持てる能力の発揮の必要性に合わせて、[例として,3が一人、
2が一人、1が5人、計10個10人となったとしても]、[2個が3人、1が4人と
なって計10個10人となっても]、全員の立場の各々の能力が十分活かせて、
人間としても充実した人生を送れるならば、数の平等ではないが、生命への
平等な社会的対応と受け止められるのではなかろうか。
1個の必要性の立場に対し、3の配分がなされたら2個のムダが出る。
国民の財源を、国民の為に有効に使うとは、ムダな支出を控え、効果的に
人を活かす事で経費の節減と同時に、適切な必要性に合わせた対応により
能力を育成し、その社会的能力活動からの税収も確実に増えるのである。
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平等配分とは・生命の森論について
以下は,政治と経済の両面に通じる問題点の指摘かと思いますが
(体制の欠陥となって現れ易い、原因についての研究結果ですが)
個人の平等という言葉の中味について、触れてみますと。
一つ一つの命の存在に対して、一律平等分配という未完のまヽの思想に対し
↓
「一つ一つの存在の(能力の質の違い・活動内容を配慮しての配分方法等)
その業態的能力の内容,活動も評価に入れる事を前提にして、能力発揮への
十分な配分方法を実践する事をもって真の平等と云う」
↑
このようなごく普通の常識についても、ガチガチの専門分野には欠けて
いる点では?、と思いますし、この欠点が財政事情が先細り(破綻)に
繋がっていく原因でもありましょう。
。。。。。
∞ ∞ ∞ 「生命の森論」について ∞ ∞ ∞
人類の命に対する平等とは、異なった人類一人一人
【人類という一つの生命の森には大木から草木まで千差万別の
種類が混在して、お互いに活かし合い生きている森である生命帯】
に対して、一律に予算の都合でツツジの一株程度の面積で平等に
分割分配されるようになった場合、桜や松は弱り、花も咲かせられず、
存在している事さえままならず、次第に弱り枯れて無くなっていくでしょう。
ツツジには生き易く快適な環境であっても、タンポポやスミレにとっては
一株一株が離れてポツポツ点在する形になり、見る側もわぁ〜可愛いとは
感じられないし、何より、花たち自身が、拠所無く充実感のない不安定な
環境にポツポツと放置されるような状況になり、満足感とはほど遠い、
条件の押し付けともなるし、財源のムダ使いにもなるであろう。
物心両面に於いて、満足できるのはツツジの分野だけとなるでしょう。
桜や松にはそれに必要な予算が掛かったとしても、その生命を活き活きと
そのものとして存在させる事で、そのものと同時に回りも楽しく幸せにする。
種別毎に、育ち存在する為の、必要量が違っているのです。
必要経費は、その性質により差が生じる事が自然の形でしょう。
生命にとっての平等とは経済的な数字の平等ではないのです。
能力・機能・性質の違った生命たち
一つ一つの生命に、適切な配分が行われ各々活力と充実感が得られる事、
能力に応じた納税が行われる事が、生命に対する社会的な平等と考えます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日の日本の実情は、タンポポ,スミレにとっても
その環境が保障されない全くヒドイ状況であり
毎年3万人以上の自殺者を出している現状である。
国民基礎年金の設立の必要性は
やはり最低限,底辺の生活の人権保障のレベルでの
政治責任であり、その実現を先ず実践していく必要があり
これは新政権実現後にただちに取り組にたい案件ですね。
問題は、全党的国民野党政権の実現いかん掛かっているでしょう。
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