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「憲法論議はタブーであった。」との論は、第1章については真実であった。
改憲論議というのであれば、第1条から根本的に見直すべきだが、改憲論者ほど第1条改憲論議をタブー視していると感じるのは気の性だろうか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(引用ここから)
安倍首相が改憲意欲示す!国民の総意と天皇制を考えよう
http://news.livedoor.com/article/detail/2656621/
【PJ 2006年11月01日】− 「非核三原則」を堅持したま
まで、核保有の議論をすることは封殺できないとの安倍晋
三総理の発言があった。また、彼は外国プレスに対して任
期中に9条を含む改憲の意欲を示した。いままで、議論も
せずにただ「国是」だからとしてきたことに対する問題は
、確かにあるだろう。この際、徹底的にすべきだ。その素
地は整っているのだから。
「核」に関連しては、やはり「憲法改正」の論議も、そ
ろそろきちんとするべきであろう。これには9条の問題だ
けだけでなく、「第1章」の問題もはっきりすべきだ。「
国民の総意」に基づくとされる天皇制だが、現行憲法は、
大日本帝国憲法の改正規定に基づき、国会にての改正手続
きだけで可決、成立、施行され、文言には「総意」という
言葉はあるが、本来的な国民の総意の確認は行われていな
いものである。
日本の国体が、曖昧なのはこのためである。「王国」で
も「共和国」でもない「日本国」という名称が、何の疑問
もなく定着してしまったのが、戦後61年の現状だ。女帝論
議より、根本的に天皇制を論議する時に来ているのではな
いだろうか?
伝統としての天皇制を、総意に基づいて維持するのなら
ばそのようにすべきであろう。ただ、万世一系の「神」と
しての天皇が復活することがあってはならない。日本の古
代史に於いて、万世一系でありえない可能性も高いのだか
ら、科学的に裏付けられた歴史史観がなくてはならない。
皇国史観の復活は、避けなくてはならないのだが、なし崩
し的にすでにその概念的な復活は行われているのも事実で
ある。
これらを踏まえ、きちんと論議をした上で、日本の国体
を、国民の総意によって決めることが、新憲法の根幹であ
ると私は考える。「核論議」「防衛省」「平和・9条論議
」「靖国・祭政分離」「教育」「皇室典範改正」何か、そ
れぞれ個別の問題として論議されてしまっているが、実は
、全て「憲法改正」の論議であって、その根本にある「天
皇制」の論議を避けることなくするべきなのだ。
それぞれの立場や、考えに基づいて、「自由」にその論
議をすることだ。日本国民統合の象徴などという曖昧な規
定でなく、元首とするならば、それで全てがはっきりする
。共和制とするならば、それでもよいではないか。政府の
あり方が変わって責任のある政治が行われることとなるだ
ろう。
Article 1.
The Emperor shall be the symbol of the State and ofthe unity of the people, deriving his position from
the will of the people with whom resides sovereign power.
これが、日本国憲法第1条の英文である。制定当時から
考えると、日本人の英語読解能力は比べ物にならないほど
向上しているのから、この英文からストレートにその内容
が理解できることも可能であろう。実は、日本国憲法は、
制定当時の状況があり、憲法前文から全ての条文に英文が
存在している。押し付け憲法と言われる所以だ。憲法論議
の中では、日本語ではどうしても理解不能の部分について
は、英文での検討を、きちんと行わなければその真意が理
解できない。
さあ、国会議員に任せるのではなく、国民全てで憲法を
考えてみようではないか!【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としての
ライブドアの見解・意向を示すものではありません。また
、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュース
とは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 鈴木修司[愛知]
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(引用ここまで)
「科学的に裏付けられた歴史史観」を突き詰めれば、高貴な御一家が日本より大陸の血を牽く事が判明する可能性が高いと考えられるが。
その場合は、御一家には地位の代わりに人権を与え、国民象徴制度の見直しも議論するべきと考えられる。
関連:
憲法改正の議論には天皇制に係る議論が必須不可欠である PCOG
http://www.asyura2.com/0601/senkyo26/msg/499.html