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インターネットは誰でも参加できるから民主的で性差別の改善にプラスに働くか。といった短絡的な主張はいまや誰も信じないだろうが、しかしかといってインターネット時代のコミュニケーションとジェンダー(性別)がどう関わるかという点についての議論もあまり盛んとは言えないように思う。
スーザン・C・ヘリングの「インターネット通信ー性差/性差別の構造と民主化の可能性」(れいのるず秋葉かつえ・永原浩行編『ジェンダーの言語学』(明石書店)が参考になる議論をしていたのを目にした。原題は、Gender and Democracy in Computer-Mediated Communication, R.King, ed., 1996, Computerization and Controversy: Value Conflicts and Social Choices, Academic Pressである。論文はかなり古いものだが、分析結果や議論はわたしが参加している日本のMLや、ブログ界隈でのコメント欄への投稿の男女差にも参考になることがあるように思われるので、ここにメモしておきたい。ヘリングはインターネットのコミュニケーション研究に先鞭をつけた研究者として有名である。(ヘリング後の研究の展開も興味深いところであるが、まだ追っていない。取り組みたいテーマである)
ヘリングは、言語学関係のインターネット・フォーラム(日本でのメーリングリストに近い)で交わされた討論のやりとりを集め、参加者に関する情報、討論のテーマ・問題点、議論の文法やことばの使われ方などと参加者の性別をつきあわせて調査した。その結果、日常生活のコミュニケーション形態が、性差別を含めそのままインターネットにも持ち込まれており、インターネット通信による性差別構造の解体という可能性はあまり期待できないことが判明したというものだ。
例えば、男性からの投稿が女性からのものを圧倒的に上回り、女性からの投稿は無視される傾向がある、という。また、男性のメールが「議論的」「抽象的」であるのに対し、女性のメールは「個人的な」もの、質問形式が多い。一方、議論形式は、男性が<自己主張的><自己満足的>で、揶揄や皮肉も多く、挑戦的である。それに対して、女性のメールは<言葉を抑えた物言い><相手への思いやり><相手にも水を向ける表現>など、対照的な特徴をもっている、という。
また、男性の投稿は長く、「平均して性差別のテーマで女性の1.5倍、理論的なテーマで女性の2倍近くも長く、中には(コンピューターの)スクリーン10枚分からそれ以上の長さのものもあった。結論として、投書が短いことからは性別は決められないが、長い投書は決まって男性からのものと言える」(150ページ)
「どうしてこのような性差がでるのだろうか。男性が女性の参加を阻んでいるからとは考えられない。(中略)しかし、女性に参加を思いとどまらせるような要因が、投書すること自体にではなく、投書に対する他の参加者からの反応にあるのではないか。インターネットの世界では、何人もの人が同時に投書することができる。だから、討論の流れは、誰がみんなの注意を引き、誰が「会話の場」を仕切るのかということに左右される。そして、誰が仕切っているかは、他追う書に対する返答の中で誰が誰を認め、誰が誰を無視しているかによって、すべて決まってしまう。今回分析したテキストでは、女性の投書に対する平均返答率は男性に対する返答率より低い。たとえばMBUの性差安倍角討論では、男性からの投書の89パーセントに対し何らかの返答があったのに比べ、女性からの投書では70パーセントしかなかった。LINGUIST の方では返答率の差は更に開く。ここで興味深いのは、男性の投書に対する返答はなにも男性からだけというわけではなく、女性からの返答もしばしばあるということだ。女性から女性への返答率は女性から男性への返答率に比べずっと低いのだ。女性自身がフォーラム・グループでの男性の優位性を暗に認めているためだろうか。返答率だけではなく討論のテーマに関しても、女性は不利な立場にある。女性が手ナンした手^間がフォーラム全体の討論にまでなることが、男性が提案したものよりもずっと少なく、そのため女性は、自分たちが話し合いたいと思うテーマがあなかなか取りあげられる、挫折感を感じることさえある。」(150-151ページ)
要するに、「インターネット通信がもたらしたコミュニケーションは、普段の一対一のコミュニケーション構造の焼き直しに過ぎない」ということが言える。実際に、わたしが二歩でMLに参加したり、ブログで発信してきて、ヘリングの分析には思い当たることが多い。例えば、女性によるフェミニズム系の発信がインターネット時代になってもあまり増えないこと、また、フェミニズム系で発信しているブログには、男性による<自己主張的><自己満足的>で挑戦的なコメントがつくことが多い。それについても、フェミニズム系の発信それ自体が、<自己主張的><自己満足的>な傾向を有する男性にとっては、女性による<挑戦的な>スタイルと映り、何か挑戦的なコメントを発したくなってくるということでないかと思われるのである。
http://d.hatena.ne.jp/discour/20090111/p1