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---産科医療のこれから から転載-------------------------------------------
http://obgy.typepad.jp/blog/2008/01/post-754b.html
The Mainichi Medical Journal, January 2008 Vol.4 No1, 70-71
弁護士が語る医師の法律処方箋 第10回・医療事故調査委員会
医師を待ち受ける責任追及の落とし穴
井上 清成
弁護士、医療法務弁護士グループ代表
厚生労働省第二次思案の盲点
平成19年10月に厚生労働省が「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案ー第二次試案」を発表した。「医療事故調査委員会」を創設し、その「委員会は、原因究明・再発防止を目的とし、医学的な観点からの死因究明と医療事故の発生に至った原因分析を行う」というものである。一見すると、国民にとっても医療者にとってもすばらしい構想のように思えよう。しかしながら、意識的か無意識的かはわからないが、厚生労働省の担当者は、医療事故調査委員会の創設を通じて、国民皆保険制度を一気に潰してしまうほどの落とし穴を掘ってしまっていた。厚生労働省にのせられたためなのか、この落とし穴に気付かずに厚労省第二試案に賛同している国民も医療者も多いと聞く。
「原因究明」の本来の意味とその転用
「原因究明」という用語は、近時、4つほどの意味で使われているように思う。多義的であって、TPOに応じて使い分けられている。
そもそも「原因究明」とは、真理の探究という意味で、学問そのもの、つまり医学そのものであった。医療現場に即すれば、医療の質と安全性の向上ということに置き換えてよい。当然、「原因究明」はそれ自体、重要な価値であるから、国民も医療者も真に願い、望むところである。
ところが、いわゆる「事故隠し」が昔あったためなのか、「原因究明」が医療事故の場面に転用(借用?)されるようになった。カルテ改ざんなどの証拠隠滅、死亡診断書等の虚偽記載などの形態をとった「事故隠し」を追及していくための道具立てとして使われるようにもなってきたのである。この意味での「原因究明」は単なる情報開示請求といってもよい。つまり、カルテなどを全面開示して、事後の誠実な説明・報告をしさえすれば必要かつ十分な対応なのである。
「原因究明」の誤用(責任追及)
しかしながら、「事故隠し」が「医療過誤(過失)」を伴いがちだったためなのか、「原因究明」が情報開示にとどまらず、「責任追及(刑事も民事も)」という意味にまで誤って使われるようになってしまった。「原因究明」をして刑事や民事の責任を追及する、というがごときである。ただ、それは転用・借用の領域を飛び越えており、明らかに誤用と評されよう。
なぜなら、刑事責任も民事責任も、そのものは「原因究明」自体ではない。刑事責任は、刑罰と言う法律効果を発生させることを目的として、犯罪構成要件という法律要件に該当する事実の存否を究明しようとして、刑事訴訟特有の手続きにのせるものである。民事責任も同様に、損害賠償という法律効果を発生させることを目的として、要件事実という法律要件に該当する事実の存否を確定しようとして、民事訴訟特有の手続きにのせるに過ぎない。したがって、刑事・民事のいずれも、真の「原因究明」をするに適した手続き構造を有していないからである。
なお、「原因究明」には、最近、新たな転用も生じた。それは、メディエーションやADR(裁判外紛争解決)の試みの中で明確に意識されたものらしい。医師への責任追及には直結しない意味での、患者や遺族の無念の感情を納得して収束させるための用語である。これは、責任追及と異なるので、転用であって誤用ではない。
事故調の「原因究明」は「責任追及」
以上、「原因究明」の4つの意味(医療安全、情報開示、責任追及、感情収束)を述べた。さて、もとに戻って、厚労省第二次試案にいう医療事故調査委員会の目的である「原因究明」は、どの意味であろうか。
厚労省第二次試案の総論部分である「はじめに」には、「診療関連死が発生した場合に、遺族の願いは、反省・謝罪・責任の追及、再発防止である。これら全ての基礎となるものが、原因究明であり」というくだりがある。あてはめてみると、目的として挙げられていた「原因究明・再発防止」は、実は、「反省・謝罪・責任の追及、再発防止」であったということになろう。つまり、「原因究明」イコール「反省・謝罪・責任の追及」なのであった。
厚労省第二次試案の真の目的は、「責任追及」だったのである。しかし、実に複雑で、一見するとわかりにくい「落とし穴」であると思う。むしろ感心すらする次第である。
厚労省第二次試案の発表後、わずか一ヶ月余りで自民党案も出された。自民党もすぐに厚労省第二次試案の落とし穴に気付いたらしい。「遺族の願い」云々の箇所は削除され、「医療の安全確保」のみを前面に出し、「委員会は、医療関係者の責任追及を目的としたものではない」とまで言い切った。しかしながら、自民党案は、政府案(厚労省第二次試案)とは別のものであり、政府案は今もって存続していると聞く。
政府案の撤回を
国民皆は医療安全と情報開示を望んでいるだけであって、もっぱら責任追及を望むのは一部の者に過ぎない。医療者の思いも国民と同じだと思う。
政府案の巧妙な落とし穴に欺かれて、軽々にも賛同してしまった国民も医療者も多いらしい。しかしながら、誤用に気付いて直ちに政府案を撤回する方向に向かうならば、欺かれたこと自体は決して大きな罪ではないと思う。なぜならば、それは悪くてもせいぜい「軽い過失」に該当するに過ぎないからである。国民皆保険医療を潰してしまうほどの威力がある政府案(厚労省第二次試案)が、早く撤回されることを期待したい。