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(回答先: 百万人といえども我いかん。本日の言葉(本文なし) 投稿者 秋吉悠加 日時 2007 年 12 月 28 日 01:06:33)
百万人といえども我いかん。本日の言葉(本文なし)の説明
. 方々様のお名前が揃っていますが、本来の雑談板の姿を感じますね〜
内容はほぼ見当がつくのですが、
実は昨日、留守にしてたので以下の内容はまだみていないのです。
これから、管理板の絶対多数の最大幸福さんにレスして、
それから読んでみますね。
昨日は深く考える事もなく、素直な自分らしく
“百万人といえども我いかん”
この言葉、一つだけが何故か浮かんでいて
とても気に入っていて、久しぶりにいい言葉に会えたと
投稿しておいたのでした。(笑)
「日本が世界を平和にする」、こんな当り前で普通の言葉が
信じられなくて、「ト」の世界に封じこめようとするのは、錯覚でなければ
若者達が若年寄りへと、逆転してしまっている時代(時間帯)か?〜〜?と、
「年を食っているほど新しい時代に生れやすく、
若年寄が過去時代に取り残される必然性もあるのかな〜?」
まあ、そんな事はないでしょうが
この辺が、正常な頭がバラバラになってしまいそうな難所であるらしい。
柔軟性で受け入れる準備をしておかないと、自然現象(自然界の創造)が
認識より先に社会に有を生じさせて、意識が追いついていけなくなるでしょう。
何もないと、思いたい場合は、そこに嵌まり易いでしょう。
事実として生じた結果については、
(自然界の創造活動として生じた事象についても)
それぞれの立場,価値観でどのような解析もできるし、
生じた結果(事象)について、どの角度からの見解も事実の一部や、ある側面を
表現している時は、どっちが正しいと論争するものでもないでしょう。
生じる前の、目には見えないが、社会的に無の状態から有へと質的変化が起こるとき
目には無の状態でも、実際には常に何かが存在前の準備状態にある訳です。
この時代にも、その何かが、存在していて準備をしている
という事があっても、少しも異常ではない訳です。
無から有に変わる時は、どういう方法で有になるか、という事を
研究している分野があっても、変ではなく 認識されにくいだけでしょう。
そして人類が無から有の状態になる時、
誕生前から誕生後の、存在として認識されるようになる以前でも
社会的には無であったものが有になるとは、誕生以前でも社会的には
違った形で有へ向けて、
準備段階の状況というものが確か進みながら活動している。
この辺で今日は予定外の内容に踏み込んでしまったので、、止めておきましょう。
人間が生れる事, 寿命がある事、こんな事は人間の意志で決められる事ではなく
人間が押えようと意識しても、どうなるものでもない。
そういう自然界の創造作業は、結果を出す前にも準備の動きはある
という事で、お粗末さまでした(笑) そう言えば秋吉の
※.最初の作品が「生命の誕生」であった。今思い出したところです。
何でこんな課題の文をかくのかと、疑問にも思いましたね。
百万人といえども我行かん
生れようとする生命の意志の声ですかね〜
ご心配なく。。。総ての生命が同時に生れる方法というものを
何故か、いつも自然に考えているので、抜け駆けはしません。
特別の立場は好きじゃなくて、普通が好きなんです(笑)
生命帯人類の一人。人間的〜恰好いいと思いますが
個性まで一色になったら、それは異常でしょうね。
目標があるから
各人の持てる違った能力を活かし合いたいですね〜。(笑)
・・・・・・・・・
提言板は、皆さんがイヤならどっちでも良いっていう
そういう気分になれた今の穏やかな気持ちがうれしい
(多分、管理板に投稿した文章力に自信をうしなったのでしょうね)
.