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http://www.9jo-net.org/topics/news/seisaku.pdf
を見れば一目瞭然であるが、K的には9条ネットの主張は至極まともである。
「公約だけなら何とでも言える。隠された裏の野望まで考えなければいけない。」という意見の人もいるだろうが、公約として掲げた事と掲げない事の差は歴然としている。
9条ネットは「護憲と云う命題で【広く門戸を開いている】」
どこかの孤立化した依怙地の集団とはこの点だけでも大きく違う。
仮に主張が同じでも「協調性と開放性、そして臨機応変であるか?ないか?」で、将来性が大きく違ってくる。
9条ネットも「新社会党」という政党の隠れ蓑だ!と云う主張がある。
違うだろうとKは思う。
例えば、核武装論を唱える人が在籍する政治団体は「政治団体として核武装を目指しているか?」と言えば決してそうではない。
政治団体としての方向と、政治団体に属する人の方向は同一ではないのである。
核武装論を唱える人がトップに立つか、多数派を形成した時には「団体として核武装論に傾くと言う可能性はある」が、それは、思想の違う人々が共同生活している全ての段階でおこり得る事であり、政治団体では「方向性」は「公約として掲げたもの以外は後付けでの結果論」である。
次期選挙、年金の事で共産党は躍進する可能性がある。
しかし、決して多数派にはなり得ず、与野党のどちらの勢力にとっても足を引っ張るだけの存在価値しか見出せないと云う可能性もある。
全ての案件で「それが悪い事」とは言えないが、全ての事に「ありもしない裏まで読んで反対」をしていては「弱者の救済の法案」や「格差是正策」も全て廃案になる。
それは、今現在の閉塞感の蔓延する状況で「状況維持」の状態になると云う事を意味する。
そのような状況になった場合、多分、その次の選挙では共産党は減る。
元の木阿弥である。