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悲しみを乗りこえろ!
前作よりも「攻撃的」印象
「パッチギ!LOVE&PEACE」は、好評を博した前作「パッチギ!」の続編である。といっても、前作からのストーリーの継続性は希薄で、むしろ新たな物語としてとらえたほうがよい。
前作に比べて今回の作品は「攻撃的」である。「攻撃的」とは、井筒和幸監督の醸し出す「怒り」の感情が作品から漂ってくるという意味であって、肉体的な暴力によるものではない。前作は多くのケンカシーンが登場するが、どこか牧歌的なおももちであるのに比してケンカシーンのほとんどない今回の作品のほうが鋭く「攻撃的」なのである。
1974年は現代の始まり
前作の舞台が一九六八年の京都。今回は、六年後の一九七四年の東京が舞台だ。井筒監督は、時代設定についてこう語っている。
「一九七四年というのは僕の中では『現代の始まり』なんですよ。前作で描いた一九六八年は、いわば自由な表現の時代だった。社会全体に『何でもやっちまえ!』というラジカルな空気感があったし、矛盾は矛盾としてちゃんと直視しようという風通しのよさがあった気がするんですね。ところが七〇年代に入るとそういう自由な空気は急速にしぼんでしまう。表面的には優しくてフニャフニャした感じになっていくんだけど、実は捉えどころのない、閉塞した消費社会に変わっていくわけです。六八年にあれほど輝いていたラブ&ピースもどんどん見せかけのものに変わっていく。佐藤栄作みたいな政治家がノーベル“平和”賞をもらってしまうのが象徴的ですよね」。
井筒監督から見た七〇年代は、現在に続く「風通しの悪い」時代の始まりであって、その時代を描くにあつては前作のようなある種の「のどかさ」を描けず、まずは「シリアスさ」が先立ってしまったともいえるだろう。
この映画には、二時間七分という上映時間では収まりきれない多くのエピソードがつまっている。前作に見られた情感は少し奥にひっこみ、その代わり目まぐるしくドラマが展開し、はじけるように生きがよく動いていく。そのため映画として見方によっては、まとまりに欠けると思われる向きもあるかもしれない。けれどもそこは、井筒監督の力技でグイグイ観客を映画の世界に引きづり込み、まったくあきさせない。
格好などつけてはいられない
あらすじについては長文になるのでだいぶ、はしょらせていただく。それよりもなによりも、まず映画館に足を運んで、自分の目で作品を確かめて欲しい。ここではストーリーのさわりだけ触れるにとどめる。
前作の主人公の一人リ・アンソン(井坂俊哉)は、息子のチャンス(今井悠貴)の筋ジストロフィーの治療のため京都から東京江東区枝川のコリアンタウンに、オモニ(母・キムラ緑子)と、妹であるキョンジャ(中村ゆり)とともに引っ越してくる。引越し早々、国土館(士ではない)大学の応援団との乱闘となるアンソンだが、そのさなか岩手県出身の純朴な青年国鉄職員・佐藤(藤井隆)と知り合う。伯父のサンダル工場で働くアンソンと、焼肉店で働くキョンジャのささやかな東京での生活が始まった。
キョンジャは自分の生きている狭い世界から抜け出たいという思いと、チャンスの病気の治療費をかせぐためスカウトされた芸能界へと飛び込んでいく。
アンソンたちの生きる一九七四年と交錯しっつアンソンたちのアボジ(父)、ジンソン(ソン・チヤンウイ)の一九四四年のエピソードが織り込まれていく。
ジンソンは太平洋戦争のさなか、済州島で日本軍に徴兵されるが、脱走し仲間とともにヤップ島まで逃げたのである。
やがてキョンジャは大作戦争映画、特攻隊を「お国のために死んだりっぱな青年たち」として描く「太平洋のサムライ」に出演することになるが……。
アンソンのチャンスの病気を治そうとする必死な行動、キョンジャの芸能界内での在日であることによって起こる軋轢、ジンソンのエピソード、孤児院で育った佐藤の、自分を捨てた母への思いとキョンジャへの片思い。これらが物語の柱となる。すべてに共通するのは彼らの、与えられた現実の中で必死に生きようとする姿である。それこそ、はいつくばってでも、泥水を飲んででも、生き延びるために血へドを吐いてもがく様だ。それはハタから見れば「こっけい」で「無様」で「物悲しい」ものかもしれない。一生懸命になるほど人の行為は、なぜかおかしい。だが人間が生きるということはそういうものではないだろうか。最終的に人間の日々の営みは、おおよそ「生きる」という目的に向かっての行動に尽きる、と私は思っている。「生きる」ためには格好などつけてはいられない。映画の登場人物たちの「生きる」様は、そのまま私たちの日々「生きる」様と同じである。だからこそ映画に共感もわくのだ。
私の日本で最も尊敬する俳優である故松田優作氏(彼も在日)は常に言っていた。
「人間なんてそんなにかっこいいものじゃない」
私もそう思ってる。
ストレートな「怒り」の発露
映画のクライマックスでキョンジャは、自分が在日であることを公衆の前で告白し、自分の愛する人に対して「お国のために立派に死んできて下さい」などと、映画のセリフのようには言えないと言い放ち、今自分が生きてるのは戦争から「逃げた」父のおかげであり、だから徴兵から逃げた父をひきょうなどとは思わない、と叫ぶ。
日本の芸能界においては、在日であることや部落出身であることは今もってタブーである。しかし芸能界は彼らなしでは語れないのもれっきとした事実である。だがそれは決して言ってはいけないことだ。
矢沢永吉が在籍していたことで有名なロックンロールバンド、キヤロルのメンバーであったジョニー大倉は、キヤロル解散後、本名の朝鮮名で芸能活動をしようとしたところ芸能界からほされてしまった。そこで、また名前を芸名であるジョニー大倉に戻して仕事を始めたと聞く。なぜ芸能界を舞台にしたのかについて井筒監督は言う。
「芸能界のインサイド・ストーリーを描いているのも、別にタブーを暴きたいとか、そういうことでもないんです。要するに芸能界というのは日本の縮図なんですね。実際には在日と日本人が一緒に支えてるのに、マイノリティについては口に出さないという暗黙の『お約束』がある。表面的には個性が尊重されているようで、実は異質なものを受け入れようとしない―これって、特殊な話でもなんでもないでしょ。まさに日本の社会、そのものじゃないですか」。
キョンジャのエピソードは、遠い芸能界の話ではなくわれわれの身近にあるものなのだ。
この映画には前作と比べて「笑い」が少ない。それよりも井筒監督のストレートな「怒り」を感じた。その「怒り」は一九七四年の社会に向けられているのではなく、現在において上映する以上現在の社会に向けられていることは明白だ。この「怒り」が私にはこの作品が「攻撃的」だと感じられた。
もちろん「怒り」だけの作品ではない。じゆうぶんな娯楽性をもったエンターテイメント作品でもある。アンソンのチャンスのために必死になる様、佐藤の友情、キョンジャの悲しみや決意等々、前作同様私はこの映画に涙した。しかしその涙には、前作と異質な成分も含まれていた気がする。
映画のラストでアンソンたちは新聞で「サイゴン陥落」を知る。在日コミュニティの人々は言う。
「ベトナムは統一した。次はわれわれだ」。
アンソンはチャンスに語りかける。
「『故郷』へ帰らないか」
故郷とはもちろん南北が統一した朝鮮半島であろう。
チャンスは笑顔で答える。
「うん!」
このシーンに深い意味はないのかもしれない。ただ私は在日の人々は、いつまでも日本にいては幸せにはなれない、という意味もあるのかな、と感じてしまった。で、あれば在日の人々と日本人は共生できないという悲劇ではないか。私の涙には今回、そんな悲劇の成分も含まれていたのである。
それにしてもいつまでもメソメソしてもいられない。私にしたって誰だってこの時代でもがいているのだ。しぶとく生き抜いてやろうじゃないか!
私は自分で自分をはげました。
悲しみを乗りこえろ!こんな時代にバッチギをぶちかませ! (T・W)