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(回答先: “理数系と文科系の差”??? 投稿者 まさちゃん 日時 2007 年 2 月 11 日 22:10:17)
まさちゃんさん、こんにちは、ご無沙汰しております。
考察者k氏のスレを読んでいるとその余りに粗雑な展開に戸惑うと同時にいつも頭痛に襲われてしまいます。まさちゃんさんにたいし“理数系と文科系の差”を取り立てて解説するような無粋な所業は回避したく、ここでは理数系的思考と文科系的思考と云うことに関して私自身の体験から来る想いのようなものをほんの少し述べてみたいと考えます。
先ず、一般的に理数系の人達に物事を数値化して捉える傾向があるのは否めないと思われますが、それを殊更に“理数系と文科系”と云った二項対立の図式で考えることには少し無理があるような気がしています。むしろ、数値化や次元を区分する等の数値化の手続きは物事を解明し把捉するための基本的な技術(テクネー)と捉える方が正解ではないかと考えますし、物事の認識に際して理数系と文科系とに視座を分けて考えることに然程意味があるようには思われません。
物事の構築過程においてフリーハンドの段階を除けば9割以上の作業が数値化とその検証とで成り立っている筈ですし、推進力としての人間の意識作用(文化)でさえも相当な部分が数値的(計算的)要素が絡み合っているのではないでしょうか。人間のためにするということを敢えて文系的思考に特徴的な傾向とするならば、そうした要素を組み込む必要性は感じますが、最終的には理数系的思考と文科系的思考が相補的に機能するのがベストではないかと考えています。
余談ですが、私の学士課程での専攻は哲学(実存主義)でしたが、日本では所謂文科系にカテゴライズされています。けれども、高校時代に理数系の学科を履修して来なかったかというと無論そうではありません。現行のカリキュラムの詳細は存じませんが、私が通学していた県立高校の普通科の授業では2学年終了時までには数UBと数Vの約半分(微積から確率位まで)を修了することが普通になっていて、物理・地学等の理数系科目も必須になっていた記憶があります。勿論、大学の理工系のレベルからみれば理数系と呼ぶには実におこがましい内容であったのは確かでしょうが、文科系学部の受験の範囲であった数UBをこなすだけでも四苦八苦の状態で、半分程度齧った数Vには少なからず興味を覚えたものの、とうとう中途半端なものに終わってしまいました。
後に、東大の理一に入った友人が語る、3年次への進級時までに学科及専攻選定のためには演習科目の高いスコアが必要で、高校のレベルとは較べものにならないほど大変だといった話を聞いて、そこまでの数学的素質は自分にはないことをあらためて思い知らされたものです。当時、国立大学以外で理工系・文科系を問わず入試科目に数学を課す大学が私学にもあり、慶応義塾の哲学科教授沢田充茂氏はその賛同者の一人として著名でした。おそらくそれは沢田教授が論理的・数理的に捉える基礎技術の習得の重要性を十分認識していたためであろうと想われますし、私もたとえ文科系であっても単にリベラル・アーツとしてではなく、語学と同様に演習科目としての数学を課する必要があるのではないかと思っています。結局私が履修したのはリベラル・アーツの数学でしたが、それであっても自分なりに学んで来たことのよき整理ができたと考えています。
少しばかり余談が長くなり恐縮しております。因みに高校時代からの友人には4名の研究者がいますが、何れも分野を問うことのない大へんな読書家であったと記憶しています。それはさて置き、理工学部で通用するような数学的レベルとは如何なるものか、今もって私には捉え切れないところがあるのですが、まさちゃんさんには何時か時間があるときで結構ですのでご教授ください。漠然とした質問で申し訳ありませんが、よろしくお願い申し上げます。
また、会いましょう。