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(回答先: 石工の都仙臺市さんへ 続 ナショナルミニマムについて 投稿者 hou 日時 2007 年 1 月 29 日 06:31:21)
自助努力とは、讀んで字の如く、自らが路上生活と云ふ状況から脱しようとする意志を
持つ事、また、脱しようと自らが行動する事であると思ふ。基督者ではないが、「bは自ら
を助くる者を助くる」であらう。自ら這い上がらうとしてゐない者にはどんなに支援しても
無駄であらう。
仙臺市では、まだまだ不十分ではあると思ふが、行政側でも自立支援策を講じてゐる。然
し、其の自立支援策が監視、管理されてゐるとか云つて其れを利用しようとせず何年も路上
生活をしてゐる輩も居るのが實情である。其れなりに生きて行けるからであらう。其れも此
れも行政、民間双方の色々な團體が支援をしてゐるからである。
畢竟、路上生活者が社會復歸する爲の状況は限られてゐる。選擇する余地は限り無くない
に等しいのが實情であるにもかかわらず、其の選擇をせず、路上生活と云ふ状況に甘んじて
ゐる輩が現に居るのである。
路上生活者は社會から排除された者達であるから、當然の事乍ら、民間の市場原理で社會
復歸する事等出來やう筈が無い。
よつて、何等かの形で行政側が社會復歸策を講じない限り、社會復歸は無理であらう。民
間のNPO法人や社會福祉法人等も活動してゐるが、それらの組織だけでは限界があらうと
云ふものである。
然し、何度も云ふが此れ等の政策も本人が絶對に社會復歸すると云ふ強い意志、自覺が無
い限り何の意味も無いのは改めて云ふまでも無いであらう。午前と午後に職業安定所に行く
のが嫌だとか、報告書を書かなくては成らないのが嫌だとか云つてゐるのでは話に成らない。
をはり