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評論:誠実な反省とあの手この手のごまかし
1月27日は、ソ連赤軍がポーランドのアウシュビッツ強制収容所を解放して60周年の記念日だ。欧米各地では、ニューヨークでもパリでも、国連の演壇から各国のメディアまで、この日を重要な記念日として論じている。国連は24日、収容所解放60周年を記念する1日限りの特別総会を開き、191カ国の代表が記念行事に参加した。国際アウシュビッツ委員会は25日、ベルリンで記念集会を開き、ドイツのシュレーダー首相ら政府要人が出席して演説した。27日には、フランスのシラク大統領、ロシアのプーチン大統領、ドイツのケーラー大統領らがアウシュビッツに集まり、記念行事に参加する。こうした動きに合わせて、国連の2つの展覧会とパリの「ホロコースト記念館」も同時にオープンする。
これら記念行事は複数の意味を持っている。まず、歴史を反省して教訓を総括することは、なぜこのような非常に悲惨な歴史の悲劇が起きたのかを振り返ることになる。もう一つの意味は、歴史を学ぶことは同時に、後世がこの歴史的問題を正しく知るためにどのようにして教育するか考えることになる。同じような人類の悲劇を繰り返さないためにも、後の世代に対する教育は軽視できない。英国の王子がナチスの軍服を得意げに着た姿は、この事実を気づかせた。
一連の記念行事において、ドイツ政府の姿勢は人々に安心感を与えた。ドイツの指導者は言葉から行動に至るまで虚心坦懐、誠実に表現した。ドイツのフィッシャー外相は国連記念特別総会で「ドイツの過去によって、ドイツ政府にはさまざまな形の反ユダヤ主義、人種差別主義など排外的行為を防ぎ、取り締まる責任がある。こうした行為をドイツ政府は決して黙って見過ごすわけにはいかない」と演説した。ドイツのシュレーダー首相は25日のベルリンでの集会で「歴史の教訓をしっかりと心に刻まなければいけない」と繰り返し強調した。首相は「今日生きている大多数のドイツ人とホロコーストは無関係だが、しかしナチスの時代の歴史と暴行をしっかり心に刻むのは一種の道義的責任である。この責任は、ナチスの暴行による犠牲者、生存者、その遺族や家族に対するものだけでなく、われわれ自身に対するものでもある」と指摘した。
ドイツのブラント元首相が在任当時ワルシャワのゲットー英雄記念碑の前にひざまずき、懺悔した場面は当然忘れられない。ワイツゼッカー元大統領が10年前のポーランド訪問で真摯に反省して許しを願った情景も記憶されている。このようにドイツの歴代政府は歴史を直視する勇気があり、心から悔悟する決意があったからこそ、欧州の被害国から許しと尊敬を得て、欧州の大家族の中で責任ある大国になれたのだ。
人々がアウシュビッツを思い出す時、同じ時期に中国の大地で起きた南京大虐殺と「三光政策」を自ずと連想しないわけにはいかない。それは同様に人類の歴史において憤りを感じずにはいられない大罪だ。しかし、明らかに対照的なのは、この東方の加害国は歴史を直視せず、道義的責任を引き受けずに平然としているどころか、あの手この手でごまかし逃れようと試みている。その政府要人と政府検定済み歴史教科書は、アジア諸国への「侵略」を「解放」と言い換え、隣国に対する「略奪」を「共栄」と描き、あからさまな「侵犯」を「進入」と記している。
報道によると、欧州各国と世界の主要メディアがこぞってアウシュビッツ強制収容所の解放60周年記念を論じている時、日本国内はひっそりと静まりかえっているという。政府の態度表明や民間団体の記念行事もなく、さらにはメディアの報道や論評も見かけない。この現象は深く考えるに値する。(編集ZX)
「人民網日本語版」2005年1月27日
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http://j.peopledaily.com.cn/2005/01/27/jp20050127_47208.html