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□納豆と地球温暖化に見るメディア・バイアス [池田信夫の一刀両断]
http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/pcjapan30.html
池田信夫の一刀両断 第30回(PC Japan 2007年4月号)
納豆と地球温暖化に見るメディア・バイアス
関西テレビの番組「発掘!あるある大事典Ⅱ」で,インタビューや実験データが捏造されていた問題は,放送業界をゆるがすスキャンダルに発展した。関西テレビは放送の打ち切りと社長の減給などの処分を決めたが,ほかの番組でも捏造疑惑が指摘され,他局の番組にも問題が波及するなど,波紋が広がっている。これをきっかけに,放送局に「再発防止計画」の提出を求める放送法改正案が出るなど,規制強化の動きも強まってきた。 しかし,こういう番組だけを叩いたり規制したりしても,問題は解決しない。今回の事件の背景には,こうした「メディア・バイアス」を生み出す構造があるからだ。
●メディアは真実を伝えるか?
あるある大事典では納豆が売り切れる程度の影響しかないかもしれないが,メディア・バイアスの中にはもっと深刻なものもある。1月に発表された地球温暖化についてのIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書を,NHKの19時のニュースは次のように報じた。
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最悪の場合,今世紀末には世界の平均気温が1990年に比べて6.4度上昇するとしています。これは6年前のIPCCの報告を0.6度上回るもので,温暖化が予測を超えるペースで進む可能性を示すものとなりました。
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ところが同じニュースを,BBC(イギリス放送協会)は「平均気温は,おそらく今世紀末までに1.8~4度上昇するだろうと報告した」と報じている。「6.4度上昇する」というのと「1.8~4度」ではずいぶん違うが,どちらが正しいのだろうか。IPCCの報告書を読めば分かるが,6.4度というのは6つのシナリオの中で「最悪のシナリオ」のそのまた最悪の場合の数字だ。国連の記者発表でも,1.8~4度が公式の予測とされ,それ以外の極端な数字は参考データである。世界の主要な報道機関は,すべてBBCと同じ数字で報道している。
海面上昇については,NHKは「海面水位は最大で59cm上昇するとしています」と報じているが,BBCは国連の発表通り28~43cmと報じている。しかもこの上限は,最悪の場合の59cmでさえ第3次報告の9~88cmという予測の上限を大きく下回っている。ところが日本のメディアは,朝日新聞以外はすべて横並びで「6.4度」という最大値だけを報じ,海面上昇のデータは無視して「地球環境は加速度的に悪化している」と報じている。これは「温暖化も海面上昇も6年前に予測された数字ほど悪くない」という報告を逆に報じるものだから,捏造とは言わないまでも偽造に近い。彼らに「あるある大事典」を批判する資格はない。
なぜこういう偽造が起こるのだろうか。第1に,政府にとって第4次報告書の予測数値が第3次報告書とそう変わらないというのは,「不都合な真実」である。環境省には予算を獲得するという明確な目標があるので,環境省クラブの記者に誇大な情報を提供する。
第2に,メディアにとっても地球環境は「絵になる」テーマで,政治的にも安全なので,特にテレビ局にとっては魅力的な素材だ。こういう事情は海外のメディアも同じだが,日本のメディアだけが揃って誇大な数字を出したのは,環境省が独自に「記者レク」をやったためと思われる。国連の記者会見の前に,記者クラブに日本語に訳した資料(記者発表後に「解禁」される)を配布するのだ。たいていの記者は,会見なんか聞かないで(聞いても英語ができないから分からない)記者レクを元にして原稿を書くから,役所の情報操作はやり放題である。
●多様なバイアスを実現できるインターネット
ニュース価値は,絶対的な重要性ではなく限界的な珍しさで決まる。経済学の教科書の最初に出てくるように,ダイヤモンドの価格が水よりはるかに高いのは,それが水よりも重要だからではなく,限界的な価値(稀少性)が高いからだ。 たとえば,かつてゴミ焼却炉から出るダイオキシンが大きな問題になったが,中西準子氏によれば,そのリスクはほとんど無視できるレベルだという(『環境リスク学』日本評論社)。化学物質がどれだけ寿命を縮めるかという環境リスクを定量的に比較すると,ダイオキシンの1.3日に対して,喫煙は10年以上だ。
しかし,メディアはタバコの害よりもはるかに大きく焼却炉のダイオキシン問題を報じる。これは娯楽産業としては合理的である。視聴者や読者に見てもらうためにも,メディアは彼らが興味をひきそうなものからニュースを順位づけする。しかしニュースを見せるときは,「これは重要ではないが珍しいので取り上げた」とは言えないので,あたかも客観的に重要な情報であるかのように報じるのだ。
その結果,リスクの評価がゆがみ,客観的に重要ではないリスク管理に莫大な税金が浪費される。BSE(牛海綿状脳症)のリスクは,食品安全委員会の評価でも,日本人全員について0.1~0.9人とされているのに,農水省はそのリスクが「ゼロではない」ことを理由にして多くの牛を焼却し,アメリカ産牛肉の輸入禁止を行った。
だから「あるある大事典」の問題は特殊なスキャンダルではなく,メディアの本来持っているバイアスが極端な形で出てきたにすぎない。存在しない実験データを捏造したというのは,分かりやすいので叩かれるが,もっと重要な環境問題をめぐる誇大報道には,ほとんどの人が気づかない。人々がすべての情報を偏りなく認識することが不可能である以上,何らかのバイアスは避けられない。問題はメディアがバイアスを持っていることではなく,情報が少数の媒体に独占され,十分多様なバイアスがないことである。だから必要なのは,政府が介入して監督することではなく,インターネットによって情報のチャンネルを多様化し,相互にチェックすることによってバイアスを中立化することである。
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