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<一筆不乱160>
「メディアが死んだ日」はいくつかある。沖縄密約事件もそうだ。日本政府が持参金付きで沖縄を米国に差し出した。これを事実で暴露したのが『毎日新聞』政治部記者、西山太吉さん。ピューリッツァ賞でもおかしくない大スクープ。だが、政治権力は彼を刑事被告人にすることで隠蔽を図り、まんまと成功した。
沖縄の施政権返還問題で佐藤栄作首相とニクソン大統領が合意したのが1969年。西山記者の記事が載ったのは、その2年後に沖縄返還協定が調印された直後だった。「米国が負担すべき土地の原状回復補償費400万ドル(当時のレートで約12億3000万円)を日本が肩代わりするとの密約が交わされていた」という内容だ。
佐藤政権はその事実を認めず、東京地検は72年、秘密電信文のコピーを西山記者に渡した外務省の女性事務官と西山記者を国家公務員法違反で起訴した。明らかな「国策捜査」だった。
そのような暴挙を許したのはメディアだ。何よりも、当の『毎日新聞』が密約問題を徹底追及しなかった。私が同社に入ったのは74年。複数の先輩記者が嘆いていたのを思い出す。「西山さんを悪者にしてすむ話ではない。ことの本質は、密約を国民に隠蔽していた国家の責任にある。だが、『取材方法の倫理』に流れてしまい、ジャーナリズムの本道を見失ってしまった。痛恨の極みだ」
他媒体も「国家の犯罪」に目をつむった。一部の週刊誌にいたっては、ことを醜聞に矮小化するキャンペーンをはった。最悪なのは、ここにおいて、メディアと政治権力の力関係が確定してしまったことだ。爾来、かような密約に斬り込む記事はなく、権力への批判姿勢も弱まった。まさにメディアは「死んだ」のである。
それを証明するように、密約が真実であったことが、さまざまな史料や当時の外務省高官の発言で明らかになったのに、国家のウソを徹底追及するマスコミはない。
イラク報道では、現地取材にさまざまな規制をかけられた。報道に対する国の関与を認める放送法改悪に戦わない。米軍再編成に隠された「米国属国」の真実を報じない……。これがメディアの実態である。それでも私は絶望していない。密約事件訴訟では、若いジャーナリストが活発に動き、報道量も格段に増えた。メディアの蘇生は可能と信じたい。いや、信じている。(北村肇)
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