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フィブリノゲン製剤やフィブリン糊によるC型肝炎の話題がメディアを賑わせています。この事件から我々が考えなければならない教訓のひとつは、今後同様の感染事例を発生させないために今何をなすべきかでしょう。
日本の血液行政は反応が鈍く、欧州、アジア、アメリカで実施され、また、実施されようとしている輸血血液の安全策である『病原体不活化技術』の採用が、日本では大幅に遅れそうな気配です。
『病原体不活化』を行い、安全性を高められた血液の供給体制が整備された国では未然に防止されているのに、日本ではまだ当分の間、多くの国民が輸血による感染症で苦しめられ続けることになるのでしょう。
現在ヨーロッパの多くの国で導入され、または導入が計画されている不活化技術は、主としてメチレンブルー光不活化システムです。Macopharma 社により開発されたもので、1μM 前後と微量のメチレンブルーを添加し、MACO-TRONIC 照射装置で紫外線を正確に照射し、PLASMAFLEX(細胞成分除去)、BLUEFLEX(メチレンブルー除去)フィルターを通すものです。
なぜ日本の行政は『病原体不活化技術』の導入に慎重なのか。おそらく不純な理由がたっぷりあるのだと、容易に推測できます。
---MRIC から転載-------------------------------------------
http://mric.tanaka.md/2007/12/12/_vol_62.html
臨時 vol 62 「輸血血液の安全を議論する必要性」
2007年12月12日発行
信州大学先端細胞治療センター
下平滋隆
現在、日本の輸血患者数は100万人以上。国民の100人に1人は輸血していることになります。この数字に国民はもっと関心を持つべきです。たとえば国民の3分の1ががんで亡くなる時代ですが、輸血が最も必要とされるのもがん患者で、輸血血液の45%が使用されています。その他の疾患や、病気ではない妊娠分娩にも、輸血は使用されています。このように輸血は身近な医療であるにも関わらず、その安全性がどうなっているのかを、国民の多くは正しく理解していないのが現状と考えられます。
ここ数ヶ月、フィブリノゲン製剤とC型肝炎の話題がメディアで連日取り上げられ、国会論戦でも大きなテーマとなっています。しかし聞いていると、過去の血液製剤の副作用である肝炎発症に対する補償問題が中心であり、輸血血液の安全性を今後どうするのかという最も重要かつ全国民が関心を持つべき議論に欠けています。
現在の輸血血液には、NATというウイルス混入チェックが導入されています(後述)。しかし対象は限定されており、C型肝炎、B型肝炎、エイズという3種類のウイルスのみとなっています。ところが他にも、インフルエンザ、ウイルス性髄膜炎、成人T細胞性白血病、エボラ出血熱、黄熱、サイトメガロ、重症急性呼吸器症候群、水痘、帯状疱疹、デング病、天然痘、風疹、麻疹、ラッサ熱など、挙げればきりがないほどのウイルス性疾患は存在します。
さらにやっかいなことは、温暖化とグローバル化が新たな感染症の機会を急激に拡大していることです。欧州およびアジアの各国では、輸血血液の感染性病原体の不活化技術がすでに導入されています。それによれば、プリオン(狂牛病)以外の全ての病原体の不活化が可能になると言われています。日本は輸血血液安全性世界1位の座を、すでに不活化技術導入各国に明け渡しているのが実態なの
です。
国民は輸血血液の安全性にもっと注意を払い、世界で最も安全性の高い輸血血液の供給体制を求めるべきです。国民が興味を示さなければ世論にはならず、メディアも興味を示しません。その結果、過去の忌まわしい血液事業の歴史すなわち薬害エイズ問題の二の舞は、どうしても避けねばなりません。
以下に輸血血液安全性問題の背景や事実、課題などをまとめました。読んでいただき関心を持っていただければ幸いです。
<血液事業>
献血者を募集 → 血液を採取 → 血液製剤化 → 医療機関への供給、この一連の活動を血液事業といいます。血液事業には広く、国、都道府県、市町村、日本赤十字社、血液製剤の製造販売業者、医療機関、患者の方々、献血協力者、献血活動に協力する企業やボランティア、国民が関わっています。血液事業は、誰かの献血と、そして善意により成り立っています。血液製剤は人の血液から作られるため、ウイルスなどの混入による感染リスクがありますが、より安全性を向上させるための取り組みがなされていることも国民は承知しています。したがって善意を前提とする多くの人々が関わる血液事業に対し、批判めいたことを言いにくいのは当然であり、国民の多くは血液事業全体を信頼しています。筆者も基本的にはその一人です。
<日本赤十字社>
1877年(明治10年)、西南戦争の折に設立された博愛社がその歴史の始まりです。明治20年には日本赤十字社に改名、昭和27年には日本赤十字社法が制定され現在に至っています。ご存知の通り日本赤十字社の名誉総裁は皇后陛下、名誉副総裁は皇太子殿下、同妃殿下、秋篠宮妃殿下、常陸宮殿下、同妃殿下、三笠宮殿下、同妃殿下、寛仁親王妃信子殿下、高円宮妃殿下が務められています。社員数は個人1191万、法人17万という大きな組織で、救済、義援、ボランティアなど様々な活動を国内外で展開しています。日本赤十字社の組織は巨大であり、全人類の救済にあたる活動を幅広く行っているため、上層部は個々の課題についてまで詳細をご存じないと想定しても、それは無理からぬことと思います。
<日本赤十字社・血液事業>
全国に血液センターは67施設、出張所(献血ルーム111含む)139施設、献血運搬車754台で、社員数などは公表されていません。平成18年度の献血者数および供給本数は下表の通りです。
成分献血 140万人
400ml献血 279万人
200ml献血 79万人
合計 498万人
成分製剤 1618万本
全血製剤 0.3万本
分画製剤 56万本
合計 1674万本
公表されている収支計算書を見ますと、事業収入は成分製剤供給収入が最も大きく113,795,300,722円で、事業収入計132,733,529,714円のほとんどを占めていることがわかります。
<安全性対策>
戦後1964年頃までは、輸血用血液の供給は売血に頼る時代で、輸血患者の半数以上が輸血後肝炎を発症していました。安全性を高めるため血液の供給を献血による血液のみとしただけで、肝炎の発症率は減少しました。しかし善意の方の献血であっても多くの人が様々な病原体(肝炎ウイルスが中心)のキャリアーであり、輸血を通じて肝炎ウイルスなどに感染し、事故や病気そのものではなく輸血が原因で命を落とすことが多い時代が長く続きました。
その後、1970年代前半までに売血の時代は終わり、全量がボランティアによる献血に頼る体制が普及するとともに輸血後肝炎などの病原体感染のリスクは20%弱にまで減少しました。さらに1970年代には、献血で得た血液中のB型肝炎ウイルス(HBV)汚染検査が可能となり、肝炎のリスクはより低くなっています。その後C型肝炎の存在が明らかになると、C型肝炎ウイルスの混入も検査されるようになり、さらに輸血後肝炎のリスクは少なくなりました。1980年代後半にはHIV(エイズ・免疫不全症候群)が問題になり、HIVの検査も導入されました。
そして1999年、それまでのELISAによる検査に替わりさらに検査感度の高い核酸を検出するNucleic Acid Test(NAT)が導入され、HBV、HIV、HCVの3種類のウイルスをスクリーニングするようになりました。その結果、輸血による病原体汚染に伴う輸血後感染症は大幅に減少し、99%安全という時代に入っています。しかし検査をしても検査のすり抜けがあることが、その後の追跡調査で明らかになりました。2002年の輸血血液供給をベースとしたわが国の血液事業の概況報告によれば、200ml換算で延べ17,192,349本供給されていますが、この年、献血者の内357,053人が不適者であり、問診による一次スクリーニングにおいて373,700人の血液が不適とされ、さらにNATスクリーニングにより116人分が不適とされて輸血用血液には回されず廃棄されました。それにもかかわらず100例を超える検査すり抜けにより、輸血を受けた患者が HBV、HCV、HIVに感染していることが明らかになっています。
当初は500検体をプールしてNAT検査をしていましたが、現在では20人プールによる検査になっています。しかし20人プールによる検査でも、 HBVおよびHCVの検査すり抜けによる輸血患者の感染は報告されています。先日(11月15日)にも、日本赤十字社が検査した血液の輸血を受けた患者が C型肝炎に感染したことが明らかになりました。
<安全性に関する問題>
輸血用血液の安全性に関しては、厚生労働省、日本赤十字社、日本輸血学会など、国を挙げた取組みによって大幅な改善を見るに至りました。しかし輸血による病原体混入が原因となる感染症は、検査を実施しているHBVおよびHCVだけでも、さらに毎年輸血後に発症する例のみでも、いまだに10件前後報告されています。実態はその10数倍の輸血後感染や無症状のキャリアーが存在すると想定されています。それはNATスクリーニング法の弱点であるスクリーニングからのすり抜けの問題です。これに加え、検査していない数多くの病原体がありますが、この実態については情報がないのが実情です。最近、輸血を通じたE型肝炎やヒトパルボウリスルB19(りんご病)などの感染が報告されていますが、実態は不明です。これら検査を実施していない病原については、危険度の高い地域に旅行した人を献血から除外することで受動的に対処しています。ただし献血対象から除外していると、血液の供給が不足する可能性があります。
<地球規模での環境変化>
わが国の輸血用血液の病原体リスクに対する過去の対策とそれによる安全性向上は、HBV、HIV、HCVの3種類のウイルスへの対策の結果であり、すべては日本赤十字社の24時間体制での輸血用血液製造体制ならびに供給から保存、輸血までの徹底した時間管理による汚染対策(バクテリアなど)に、大きく依存してきました。
本年8月9日、世界保健機関(WHO)は世界健康報告を発表し、その中で感染症の脅威が過去に例を見ない速さで世界に広がっていることを警告しています。旅客機による人やモノの高速移動による感染症の短時間での伝播、さらには地球温暖化の影響にもよる未知の病原体などの微生物の出現など、グローバル化により我々を取り巻く環境は急激に変化し、感染症リスクは確実に増大しています。輸血用血液の安全性を考える場合、過去のトレンドを基礎とすると HBV、HIV、HCVの3種類のウイルスの汚染阻止が大きな力を発揮してきましたが、現在から将来を考えた場合にはこの過去のトレンドをベースに考えることは大きなリスクを抱えることが容易に予見されます。一例として、米国では西ナイルウイルスの侵入がニューヨークで報告されてから3年で米国全土が汚染地域になりました。日本でもすでに西ナイルウイルスの患者が報告されています。また東南アジアではデング熱ウイルスが発生しており、多くの患者が報告されています。
<対策>
以上の通り、急激に拡大しているウイルスやバクテリアなどの病原体リスクに対抗するには、およそ想定される全ての病原体の汚染を検査するか、あるいは病原体の不活化技術の開発・導入が不可欠になってきました。現実的には、検査すり抜けの問題や、病原体の種類や感染者の数自体が増加傾向を示すことが明らかである以上、早急な不活化技術の導入が必要と考えられます。
<海外事情>
病原体不活化技術について、欧州では臨床試験を終えてすでに導入されています。またアジアでも、東南アジアを中心に承認許可が下り、導入が開始されています。米国では現在、第三相臨床試験が終了した段階です。
本年3月には不活化技術に関するコンセンサス会議がトロントで開催され、「Emerging agent (HHV-8、Babesia、Dengue、Chagasなど)を考慮すると病原不活化を導入すべきであり、コストを第一の理由にして導入の可否を決定すべきではない。すべての品目、すべての製品に不活化を導入すべきであり、不活化製剤の適応疾患は特別に設けない。不活化導入に際し、HBcAb、 CMV、HTLV-1、細菌培養等の廃止できる検査、および放射線照射はできるだけ廃止すべきである。さらに、導入後の市販後調査が非常に重要であり、国際的なHarmonizationが必要である」との結論を得、すでに医学論文誌にも発表されています。
<国内の検討状況>
2003年12月に日本輸血学会主催、厚生労働省・日本医師会・日本赤十字社後援、シーラス(米国)、バクスター梶Aガンブロ梶Aマコファルジャパン梶Aヘモネティクスジャパン葛、催にて、シンポジウム「病原体(感染性因子)不活化の現状とその意義」が開催され、導入機運が高まるかに見えました。しかし導入に対する慎重派も多く、シンポジウムの直後の2004年1月、日本赤十字社から厚生労働省へ病原体除去技術の導入の検討について報告があったものの、その後の検討はゆっくりと進められ、現在に至っています。
<供給体制と安全性確保とコストの課題>
輸血用血液供給には、日本赤十字社血液センターの多数の専属要員の確保に始まり、NATによるウイルス検査への設備投資など莫大なコストがかかっています。本年10月9日の朝日新聞一面にも大きく取り上げられ、社会に問題を投げかけています。
一方、不活化技術を導入することにより、安全性の面から導入されてきた成分献血の必要性はなくなり、全血を採血後分離して赤血球製剤、血小板製剤、血漿製剤として利用することが可能になります。それにより安全性の向上と経済性の改善を同時に実現することができます。これまで血小板製剤のために使われてきた血漿の65%も、節約できるようになります。不活化技術を導入すれば新たな病原検査が不要になり、細菌検査、白血球の不活化も不要になります。また細菌も不活化できるため、これまで有効期限72時間(本年11月14日より4日間)の血小板製剤を欧米並みに5〜7日にすることや、これまで全血献血の際には全て廃棄していた血小板を製剤化することなども可能となります。こうして、ボランティアの献血から輸血用血液製剤の製造、医療機関への供給、医療機関による輸血の実施まで、全てのプロセスにおいて得られる不活化技術導入のコストメリットも、今後の検討課題に組み入れて議論していくことが必要です。
以上
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