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2007年1月26日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.463 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第339回
「大統領選と経済論争」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第339回
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「大統領選と経済論争」
サブプライム債権の扱いを誤った金融機関が、立て続けに債権の損失処理を進める
中「世界的な信用収縮」が起きるのではないかと言われていました。そんな言い方で
済んでいたのが年初までの話で、現在は世界的に証券市場が不安定になる中、アメリ
カが不況に入るのではという不安が公然と囁かれるようになりました。おかげで株式
市場に関して言えば、アジアの安値を受けてNYが暴落したり、まるでジェットコー
スターのような様子になっています。
そうした経済のドラマと並行して大統領選の候補者選びは佳境を迎えています。今
週末のサウス・カロライナ予備選(民主党のみ)そして来週火曜日のフロリダ予備選
を通じて、2月5日のスーパーチューズデーに向けて、各候補の勢いが見えてくる、
そんな重要な局面なのですが、景気の問題はこの選挙にどんな影響を与えるのでしょ
うか? 不況を恐れるという心理は、民主党の「大きな政府」に世論が傾くよう作用
するのか、共和党の「小さな政府論」が優勢になるのか、確かに大きなファクターで
あることは間違いありません。
とにかく、現時点では、もはやテロや戦争のことはニュースのトップにはならず、
人々の意識にあるのは景気の先行きの問題ばかりという状態です。こうなるとテロや
戦争が争点になったのは、遠い過去のように思えるのすから不思議です。では、そこ
にあるのはどのような感情なのでしょう? 現在の繁栄が崩壊するというような危機
感や不安心理、株価の乱高下の背景にあるのはそうした荒々しい感情なのでしょうか
? 何か敵を求め、その敵に対して攻撃的になることで不安を乗り越えたい、過去の
アメリカが陥りがちであったそんな衝動はあるのでしょうか?
どうも違うようなのです。現在のアメリカは不安感の中に立ち止まっているのは確
かです。ですが、そこには荒々しい衝動、つまり不安が恐怖にそして憎悪に転じるよ
うな気配はありません。アメリカは問題を抱え、変わろうとしている、つまり過渡期
に入ったのは間違いないのですが、どうも今回は過去の前例とは違うようなのです。
言ってみれば、アメリカは敵を探すことができずにいるのです。
過去の危機に当たっては、アメリカは「敵」を定めてその「せい」にするというこ
とが良くありました。80年代から90年代初頭には日本経済がターゲットにされ、
貿易不均衡のことをまるで戦争のように言われたり、ひいては「日本異質論」まで飛
び出す始末でした。また21世紀に入ってからは、特に911のテロ事件以降は、何
でも「ジオポリティクス(地政学)のせい」だという言い方がされたものです。
地政学のせいというのは、要するにイラクやアフガンの情勢が「芳しくない」とい
うことを言うのです。ですが、直接そう言うと何となく「イデオロギー的な論争」に
巻き込まれてしまうように感じられる一方で、「ジオポリティクス」というと何とな
く客観的に語っているように聞こえる、そんなニュアンスが好まれたのです。特に経
済の動向を語る際には「戦争というコントロール不能な決定要因」を言い訳にすれば
どんな乱高下も説明がつくことから、とにかく「ジオポリティクス要因」うんぬんと
いう言い方が良く使われていました。
ですが、今回は違います。経済をめぐるニュース報道には不透明感を強調するもの
が増えていますが、何かを悪者にする論調はないのです。例えば、中国やインドが雇
用を奪っているとか、改革の進まない日本市場が急落に責任があるとか、ロシアや他
の産油国は原油高で丸儲けだとか、悪玉を設定しようとすればできないことはないの
ですが、そうはならないのです。まして、イラクやアフガン情勢のせいだというよう
な、一時流行した「ジオポリティカル」な問題で説明をするような動きはありませ
ん。
勿論、一連の動揺の「震源地」がアメリカのサブプライム・ローン問題にあるとい
う認識がそこにはあります。これに加えて、今回の「危機」は以下のような新しさを
持っているように思われます。それは、(1)多くの要素がからまりすぎていて単純
な説明ができない、(2)世界経済が多極化していてアメリカだけの対策で状況が動
くというのでもない、(3)その一方で情報の流通は非常に速くなっていて何でも新
しい動きは事前に織り込まれてしまう、とここまでは表面的な動きの印象ですが、そ
の深層には(4)アメリカは従来の姿から大きく変わらなくてはならないのではない
か、という根本的な変化への待望のようなものも感じられるように思います。
一言で言えば、「現在起きている事態は複雑な要因が絡み合っているためで、その
不透明感から抜け出すためには何か根本的な変化が必要」ということではないでしょ
うか。例えば、今週には連銀が0.75%という大幅利下げを発表し、更にワシント
ンではホワイトハウスと議会超党派によって景気刺激策の発表がされましたが、その
どちらも「決定打」というほどのインパクトには欠ける印象です。何よりも市場の反
応は鈍いままでした。
市場の反応は確かに鈍いのですが、では市場が政策に落胆しているのかというとそ
うでもないのです。利下げにしても、刺激策にしても反応はするのです。ですが、不
安感情が晴れるというのではなく、従って大きく相場が好転するのでもありません。
そのくせ、一日の中で激しく乱高下するのです。では、このまま大きな景気後退に進
むのでしょうか。そうとは言えないと思います。ただ、どうやら、問題はサブプライ
ムの話を越えた広がりが出てきてしまっている、そんな見方が必要だと思います。
では、問題はどこにあるのかというと、勿論、環境、エネルギー、空洞化、ITデ
フレといった問題の全てなのでしょう。例えば今週から始まったダボス会議へ向けて
の対応を見ていますと、アメリカは世界的な課題への取り組みで「周回遅れ」になっ
ている、そんな印象もあるのです。では、そうした大きな時代の転換に当たって、ア
メリカにはどんな選択肢があって、それがどのように大統領選に反映しているので
しょうか。
まず、今週の木曜日24日には、来週火曜日に予備選を控えたフロリダで共和党の
ディベートがありました。今回の主催はNBCで、司会も同局のブライアン・ウィリ
アムスとティム・ラサートでしたが、この二人とも討論の最初から「安全保障論議が
トップに来るような状況は終わりました。今回は景気論議を中心にしたいと思いま
す」と宣言し、各候補もそれに応じた格好になりました。ただ、内容的には余りパッ
としなかったというのが正直なところです。
例えば、ロムニー候補は「自分はこれまでのキャリアのほとんどを民間セクターで
の企業経営に関わってきた」という「実績」を強調し、経営感覚があるから自分が大
統領になったら景気対策は大丈夫だと言って胸を張ったのですが、具体的な政策とし
ては見るべきものはありませんでした。ここのところ一気に復調した感じのマケイン
候補には注目が集まりましたが、「安全保障のマケイン」というイメージが逆風にな
るのを恐れてか、「自分は上院の財務委員長を経験しており、過去のアメリカの重要
な経済政策は全て熟知している」というアピールに必死でした。そのために逆に頼り
ない印象を与える結果になっています。
アイオワで勝ったものの、さすがにサウス・カロライナでは勝てなかったハッカビ
ー候補は「景気刺激策といって戻し減税をやれば、確かにアメリカ人はモノを買うか
もしれないが、そのモノというのは全て中国製なのだから、要は中国経済を刺激する
だけ」とブッシュの政策を批判していました。非常に感情的な「小さな政府論」に他
ならず、全く説得力はありませんでした。一部にはサウス・カロライナの敗北以来、
ハッカビー陣営では急速に資金が尽きてきており「スーパー・チューズデー」で余程
大きく勝たないと戦線離脱を余儀なくされるという噂もあり、余裕がなくなっている
のかもしれません。
この景気対策に関して面白かったのはジュリアー二候補です。「80年代を思い起
こして欲しい。当時は日本の経済が強くて、ニューヨークのビルを買ったりしたが、
まるで何もかも買われてしまうといって大騒ぎになった。でも、あれは結局単なる経
済活動に過ぎなかった。今は日本とアメリカは非常に親しい関係になっている」とい
うエピソードを使って、自由経済、自由貿易の効用を説いたのです。ある意味では、
共和党伝統の「アンチ保護貿易論」なのですが、そこに日本を持ち出したあたりの意
味合いはよく分かりません。ジュリアー二候補が親日家であるのは間違いないとし
て、今こういう言い方をするというのは、中国経済も非難すべきでないという意味合
い、SWFによる米銀支援も構わないという意味合いも含んでいる、そんな風にも聞
こえる発言でした。日本といえば、マケイン候補は逆に悪い例として日本を持ち出し
ています。景気対策として法人税率の引き下げを提言した際に「現在アメリカの法人
税率は、日本に続いて先進国中二位という高率なんですよ」という言い方をしていた
のです。
それぞれの発言には、この両者の日本観が垣間見えて面白いといえば面白いのです
が、共和党の全体としては古典的な「小さな政府論」による歳出削減や減税を主張す
るだけで、今回の事態の新しさ・複雑さに対処できるかどうかというと、どうしても
不安の残る印象でした。共和党の関係者からも「景気が下降気味だと、どうしても民
主党が有利」という「泣き言」も出ている、25日のCNBCではそんな言い方も聞
かれました。
さて、その民主党ですが、ここへ来てハッキリしてきたのはエドワーズ候補の凋落
です。アイオワでヒラリーを上回る二位につけて気勢を上げたのはすでに過去とな
り、お膝元のサウス・カロライナでも支持率が低迷しています。「二つのアメリカを
許さない」として格差問題を告発すると共に、中国を目の敵にして「国内雇用の保
護」を叫んできたエドワーズですが、一つには「新しさ」という点でオバマに支持を
さらわれたという点と、もう一つは景気が不安になってくると「中国叩きの保護主
義」というような「単純な処方箋」がかえって非現実的に見えてきたということがあ
ると思います。エドワーズの場合は、2月5日まで戦線に残れるか微妙な情勢になっ
てきました。
さて、肝心のオバマ対ヒラリーですが、景気の先行き不安ということで「経験のあ
るヒラリーが有利」という見方もある一方で、オバマの方も「エドワーズ支持層」を
引き寄せているような気配もあり、全く予断を許しません。そのオバマ陣営では、こ
こへ来てミッシェル夫人が注目されるようになってきています。彼女は非常に雄弁で
「自分はシカゴ郊外の庶民層の出身」という言い方で、景気の先行きに不安感を抱い
ている有権者にかなりアピールしているようなのです。また、ブッシュ大統領と、議
会が合意に達した「景気刺激策」についても、党利党略を捨ててスピーディな合意に
達した背景には議員としてのオバマの根回しが奏功したという報道もあります。
何よりも、現在の問題はグローバルな経済の中で起きており、解決も本当にグロー
バルな視点と国内の調整が要求されるような複雑さを抱えています。そんな中、90
年代のクリントン政権の「再来」では問題に対処できないのではないか、むしろオバ
マのような若い世代の発想が必要では、という言い方も陣営内部ではされているよう
で、今回の事態に対してオバマ陣営はますますもってヤル気満々という印象です。今
週は、両者の間で感情的な中傷合戦もありましたが、これもややオバマに有利に働い
ているような感触があります。
このままオバマの攻勢が続くようですと、ヒラリーの陣営としてももっと具体的な
政策を打ち出して対抗する必要が出てくることが予想されます。いずれにしても、株
式市場がそうであるように、各候補の支持率も日替わりで激しく乱高下しています。
とにかく、予備選の集中するこの時期に、米国経済の問題点がクローズアップされ厳
しい論争が行われるというのは、次期政権を鍛えるという意味で悪いことではないと
思います。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
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