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JMM [Japan Mail Media]   「ゲームの規則」  冷泉彰彦 
http://www.asyura2.com/07/hasan54/msg/628.html
投稿者 愚民党 日時 2008 年 1 月 20 日 14:10:08: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2007年1月19日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.462 Saturday Edition
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                       http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第338回
    「ゲームの規則」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第338回
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「ゲームの規則」

 アメリカの脚本家組合はストライキを続けています。脚本家のストというと、あま
りピンと来ない方も多いと思いますが、確かに普通の時間給や月給の勤労者のストと
は全く違います。勤務先へ出向いて時間拘束を受けるのではなく、自分で何らかの作
品を仕上げるか、あるいは注文に応じた台本を書いて「ナンボ」という仕事でどうし
てストが成立するのかというと、そこには組合があるからです。カテゴリとしては出
来高制であって、日本的で言う「請負」に他ならない契約形態であるにも関わらず組
合が存在する、つまりハリウッドでビジネスをする脚本家は全員が組合員なのです。

 組合がストを行う以上その効果が重要になりますが、では、スト中の組合員を避け
て、TV局なり映画製作会社が非組合員の脚本家を採用する、つまり「スト破り」が
可能かというと、これはまずできないことになっています。各メディアと脚本家組合
は包括的な契約を結んでおり、それに違反して非組合員を使うことはできないので
す。この「組合」ですが、名称としては「ユニオン」ではなく中世以来のドイツにあ
る職人組合の名称である「ギルド」を名乗っているあたりに、覚悟といいますか一種
のプライドも感じられるのです。

 そうはいっても、ストをしてしまうとリアルタイムで商品サービスを止めることが
できる鉄道や飛行機などと違って、脚本家の仕事には「タイムラグ」があります。つ
まり多少仕事をストップしたぐらいでは、実際にストを行っても、簡単には発注側に
プレッシャーをかけることはできません。一週間のストというのは普通の雇用形態で
は大変なことですが、脚本家の場合は一週間納品をストップしたからといって、製作
現場への影響は軽微ということになります。ですからストを行う以上は、長期戦を覚
悟したというのはある意味で理にかなっているのです。実際にストは長期化してお
り、お笑い番組などで脚本のストックが尽きたケースでは、新規収録ができずに再放
送で回すというようなことが昨年末から日常化しています。

 今回、1月13日に行われた「ゴールデン・グローブ賞の授賞式」は本来では、オ
スカーの行方を占うことにもなる大きな行事です。盛装した芸能人が「レッドカー
ペット」を進んで会場に入り、それをショーアップしたTVが全世界に中継する、受
賞者はとっておきのスピーチを行って、それが話題になる、いわばハリウッドのエン
ターテインメント産業の晴れ舞台と言っていいでしょう。ですが、今回はその芸能人
達が「ストライキに連帯」するために一斉に参加をボイコットしてしまい、授賞式は
一時間程度の記者会見スタイルになってしまいました。

 さて、今回のストですが、長期化してしまった理由としては、組合側が覚悟してい
るということもありますが、とにかく争点が非常に厳しい問題であって双方の譲歩が
難しいということがあります。問題は映画やTV番組を消費者に届ける「新しいメ
ディア」からの収入から脚本家への分配率なのですが、これに関して製作会社側と脚
本家の側は激しく対立しているのです。

 議論の中心にあるのは、映画の配給収入ではなく、DVDの売り上げと、映画やT
V番組のインターネット有料配信や、ストリーミングによる無料配信です。現時点で
は、製作会社側はDVDや有料配信分の脚本家へのロイヤリティは売り上げの0.3
%程度、無料配信分はロイヤリティなし、という姿勢、これに対して組合側は相当な
パーセントのロイヤリティを要求しており、両者の歩み寄りは困難な情勢です。

 さて、問題を複雑にしているのは、現在起きている「メディアの移行」が非常に複
雑なことです。VHSからDVDへという長い「オールドメディア」の時代には、そ
の時々に主流なメディアは一種類であり、例えばVHSへのベータとの一本化過程
や、VHSからDVDへの移行期などを例外とすれば、メディアのフォーマットは一
つでした。一つというのは、物理的なパッケージの形状が一種類という意味でもあり
ますが、そのパッケージに入っているソフトのクオリティも一種類だったのです。マ
ーケットによっては、レンタルとセルの組み合わされ方が異なりはしましたが、話と
してはシンプルでした。

 ただ、このVHSからDVDの移行に当たっては、当初はレンタルを前提に一本が
数百ドルに設定されていたパッケージソフトの価格が、セルの一般化に伴って大幅に
低下するという価格破壊を伴っていました。ちなみに、脚本家組合が当初0.3%と
いう低率の契約を呑んだのは、その数百ドルという価格設定が前提で、今のセル価格
ではとてもこの率では我慢できない、だからブルーレイへの移行に当たって何とかし
てもらいたいということもあるのです。

 いずれにしても、DVDまでのビジネスモデルは比較的単純だったのですが、現在
動いている事態は、もっと複雑です。1)フルHDなどの高画質、DVD規格、再生
端末用の低画質など画質の種類が豊富なこと、2)ブルーレイやDVDなどの「目に
見える」パッケージソフトと、ダウンロードないしはストリーミングなど「目に見え
ない」メディアが共存していること、3)永久使用権と期間を限定した使用権など、
消費者がソフトを「使用できる期間」に様々な形態があること、4)違法な海賊版が
パッケージものとネット上の「不可視」なものの両方で猛威をふるっていること、こ
うした問題が絡み合っていると言っていいでしょう。

 そんな中、各配給会社はビジネスモデルの安定化に必死になっているというわけで
す。例えばTVの場合は、広告+受信料の収入のある地上波やケーブルは当面ビジネ
スが崩壊するということはないでしょう。そして映画の場合は、古典的な「映画館へ
行って入場料を払って見る」スタイルは今でも健在で、毎年の興行収入は堅実に伸び
ています。これが一気に崩壊するということは考えられないと思います。

 ですが、ビジネスとして大きな柱であったパッケージソフトのレンタルとセルとい
うビジネスは、激変の兆候を見せています。レンタルのビジネスは、まず店舗での貸
し出しという形態がどんどん衰退しており、その代わりに郵便でDVDをやりとりす
る形態が流行していますが、全体としての売り上げは低迷しています。またセルDV
Dに関しては、既にHD化への過渡期に入る中で、旧来のDVDに関しては価格破壊
が著しくなってきているのです。

 ですから、業界全体としては次世代フォーマットの確立を急がなくてはならないわ
けですが、様々な配信、視聴形態が絡まる中、どうしたらビジネスモデルが安定する
のかは、まだまだ模索が続いています。また海賊版対策という頭の痛い問題を抱えて
いるためもあって、配給側では「今回の一連のフォーマット移行に際しては、コンテ
ンツの使用料について条件のアップなどとてもできない」という姿勢が非常に強硬で
す。その一方で、脚本家たちに代表されるコンテンツの供給側としては、全く正反対
の危機感を抱いているというわけです。

 年初以来の短い期間に、ワーナーとパラマウントのブルーレイ陣営入り(同時にH
D−DVD陣営は苦境に追い込まれています)、アップルによる「オンラインによる
映画の30日間レンタル」というビジネスモデルの提案、そして先ほど申し上げたゴ
ールデン・グローブ賞授賞式のボイコットと、大きな動きが続きましたが、この三つ
の話は実は一本の大きなストーリーだというわけです。

 さて、この脚本家組合のストですが、なかなか解決に至らないのにはもう一つ理由
があります。それは、メディア、例えばニュースメディアが詳しく報道しないため
に、世論が余り反応していないのです。詳しく報道されて行く中で、例えば消費者と
しての世論というプレーヤーもこのドラマに噛んでくるようだと面白いのですが、や
はりメディアは全体としてのイメージダウンを恐れて詳細は報道しないという傾向が
あるのです。

 また、今回は大統領選の候補者選びが同時に進行していますが、この問題はあまり
取り上げられていません。例えば共和党の側は、どちらかと言えば企業寄りの姿勢な
のですし、民主党は組合寄りなのですが、どちらも「争点に加えてもトクにならな
い」という態度のようです。例えば、1月初旬のアイオワの党員集会前後には、共和
党のハッカビーや民主党のヒラリーが深夜のお笑い番組に出演していますが、どちら
のケースも「ストによる再放送対応」が終わったばかりの「新規収録再開」に参加し
ています。スト中の脚本家を採用しないでの再開、ですから一種のスト破り的な番組
への出演でしたが、両者ともあまり気にしていなかったようですし、特に批判もされ
ませんでした。

 ということで、この問題はあくまで当事者間でがっぷり四つに組んでの長期戦に
なってしまっています。短期的にはアメリカの誇るハリウッドが停滞しているわけ
で、決して影響は軽微ではないのですが、長期的に見れば、消費者の「対価の支払い
をどうするのか」という新しいビジネスモデルを模索する動きと、同時並行的に、合
理的な「成果をどう分配するのか」というシステムを構築しようと当事者が利害の対
立に向き合っているわけで、これはどうしても必要なことなのだと思います。

 今回の動きは、ゲームのルールを変更しようという話ではありますが、ビジネスモ
デルの大きな変化に見合った分配のルールを決めよう、その中で「価値創造に対する
対価の分配」を納得できるものにしようという方向性そのものは、ルールを変更しよ
うというのではなく、維持しようということなのではないかと思います。環境の変化
に応じたルールの変更は、変化を主導した側が一方的に行うのではなく、変化と平行
してリアルタイムで参加者全員が新しい公正さを求めて変化して行かねばならないと
いうわけです。その意味では、今回の紛争そのものは非常に健全な動きだとも言えま
す。

 ただ、メディアの環境が、これだけ複雑で大きな変化に直面しているにも関わら
ず、消費者の意見がそこに絡んでこないのは何とも不満に思います。メディア自身が
一種の報道統制をしていることと、政治家が積極的に争点にしないこともあって、世
論は極めて静かなのです。勿論、世論といっても「性は善なり」とは必ずしも言えず
「捕まらないのなら違法ダウンロード」という姿勢も一部にはあるのですが、そうし
たホンネを抱えているからこそ、そうした世論に対して「エンターテインメントに関
するメディア革命において、今後どのような対価を払う姿勢があるのか」が問われて
も良いのではないでしょうか。

 この問題に関しては、アップルが「音楽のデジタルファイル」の有償配信サービス
を立ち上げた際に、最初は違法なファイル交換がほぼ100%だった世界に対してじ
わじわと影響力を広げ、今ではアメリカの中高生が誕生日プレゼントに「有償ダウン
ロードのプリペイドカード」を喜んで贈るような「(100%ではないにしても)合
法な事態」にまで持っていった実績があります。アップルの場合は、企業風土のため
もあって、違法な行為への「取り締まり」というような「こわもて」の態度は取らな
かったのですが、そのために消費者に受け入れられたという面はあるでしょう。

 そのようなソフトな姿勢が良いかどうかは別としても、新しいビジネスモデルを安
定させることができるかどうかは、やはり消費者が大きなカギを握っています。今回
のストライキも、最終的にはキチンとした「対価の支払い」ということを、消費者に
理解してもらうことが問題の解決につながるのではないかと思います。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
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【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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