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2008年1月7日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.461 Monday Edition
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◆編集部より 寄稿家・飯田泰之さんの新刊を紹介します。
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▼INDEX▼
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第461回】
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
□水牛健太郎 :評論家、会社員
□杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
□金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
□菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
□飯田泰之 :駒澤大学経済学部准教授
□山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
□津田栄 :経済評論家
□土居丈朗 :慶應義塾大学経済学部准教授
■ 『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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■ 先週号の『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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Q:843への回答ありがとうございました。執筆と休養を兼ねて、箱根に来てい
ます。執筆という仕事と休養を兼ねることができるところが作家の恵まれた点であ
り、あるいはなかなか疲れが取れない原因でもあるのでしょう。
パキスタンのブット元首相の暗殺は衝撃的でした。パキスタンの不安定化は、アフ
ガニスタンはもちろん、イラク、そして中東全域に重大な影響を与えるでしょう。ま
た冷泉さんの直近のレポートにもあったように、アメリカの大統領選挙の行方を左右
することになるかも知れません。
しかしブット暗殺は、現在のパキスタンの政情を考えると、「予想外の」惨事では
ないような気がします。あってはならないことですが、いつ起こっても不思議ではな
い要素がパキスタンには充ちていました。パキスタンの政情不安定化は、当然アメリ
カとNATOの対テロ戦争、つまりアフガニスタン戦略にもネガティブに影響しま
す。対テロ戦争の前線基地となっている国で有力な政治指導者が暗殺されるという異
常事態の最中、日本の政治は自衛隊によるインド洋での給油の再開の是非を巡って紛
糾と機能不全が続いています。
考えてみれば、自民党と民主党の大連立などという「禁じ手」も、テロ特措法を
巡って生じた奇怪な出来事の一つでした。国会は給油再開イシューに振り回される形
で、9月から機能を停止しているわけで、「一体何のために」「どのような効果と影
響が」というような根本的な問いをあえて無視して論議することの弊害がこれほど
はっきりと表れた例も少ないのではないでしょうか。
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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第461回目】
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====質問:村上龍============================================================
Q:844
原油など資源の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世界的にインフレ懸念が強
まる中、日本ではいまだにデフレ脱却ができていないという指摘もあるようです。先
進国の中では、経済成長率も日本は依然として低いと言われています。Q:843の
中で土居さんは「値下げボケ」と表現されていましたが、他の先進国と比べて、日本
は、どこが特別なのでしょうか。
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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
わが国の消費者物価指数を見ると、他の諸国と比較して低い数値が続いています。
政府も、まだ、デフレから脱却できていないとの立場をとっています。ただ、最近、
身の回りの品物の値段を見ていると、少しずつ上昇しているように思います。ガソリ
ンや灯油などの石油関連商品は言うに及ばず、カップ麺、パン、マヨネーズなどの価
格が何十年ぶりかに上がり始めています。こうした状況を見ると、少しずつインフレ
圧力が強まっていると考えます。
元々、わが国の経済構造は、伝統的に柔構造=フレキシビリティが高いといわれて
きました。つまり、需要が増加する場合には、供給サイドがそれに柔軟に、しかも迅
速に対応するため、顕著に価格水準が上昇することが少ないと考えられます。確かに、
過去の消費者物価の趨勢を見ても、二桁の消費者物価上昇のケースは、オイルショッ
ク当時くらいしか思い当たりません。私たちの頭の中に、そうした過去の実績が蓄積
されていることもあるのだと思います。人々が持つ、“今後インフレが起きるかもし
れないという感覚=期待インフレ率”は、伝統的にあまり高くないと考えられます。
もう一つ重要なファクターは、私たちが、90年代前半のバブル崩壊とその後の景
気低迷期を経験していることです。特に、お隣の国である中国の工業化に伴い、安価
な製品が大挙してわが国に流入しました。当時は、“価格破壊”という言葉で表現さ
れていましたが、それら安価な輸入品の影響もあり、多くの製品の価格が顕著に下落
しました。それは、不動産や株価などの資産価格の下落と相まって、大規模なデフレ
現象が起きたことを鮮明に記憶しています。
そのデフレ現象が、バブル当時膨らんでいた多額の債務を直撃して、典型的なデッ
ト・デフレとなってわが国の経済の低迷を長期化させました。デフレが進行すると貨
幣価値が上昇しますから、お金を借りた債務者にとっては、債務の実質価値が増加し
た分だけ多くの価値を返済することになります。しかも、債務者が保有している資産
の価値が大きく下落する中で債務を返済するわけですから、その負担はかなり重くな
るはずです。私たちの頭の中にはそうした記憶が鮮明に残っていることもあり、「イ
ンフレになりそうだ」といわれても、なかなか頭の切り替えが出来ない面もあると思
います。
ただ、原油や一部の穀物、さらにはレアメタルなどの価格上昇を見ていると、少し
ずつ消費者物価指数が上がり始めることは避けられないでしょう。人々のインフレ期
待値が低いこともあり、物価上昇率自体はそれほど高い数字になるとは思いませんが、
徐々に上昇傾向に転換する可能性は高いと考えます。
一方、わが国の経済成長率は、顕著に高い方ではありませんが、目立って低いとい
うわけでもないと思います。OECDの2008年の経済予測を見ても、わが国の成
長率予測はプラス1.6%、米国は2.0%、ドイツが1.8%、フランス1.8%、
イタリア1.3%ですから、この数字を見る限り、わが国の経済成長率が取り立てて
低いというわけではないと思います。
ただ、わが国の場合、海外要因=輸出に対する依存度が高い点が注目されます。輸
出依存度が高いということは、国内の需要項目の伸び率が低いということです。有体
に言えば、国内の個人消費などはあまり伸びないのですが、海外への輸出によって成
長を維持する構図になっていることが重要なポイントといえるでしょう。
海外要因に頼るということは、海外、米国や中国、さらには新興国の景気が堅調で、
わが国の品物を沢山輸入してくれれば、わが国の成長率も高まりますが、一方、それ
らの諸国の経済にブレーキが掛かると、成長率が低下することになります。わが国の
経済成長率は、どうしても他力本願という印象を与えることになります。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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■ 水牛健太郎 :評論家、会社員
物価の決定要因については経済学でもまだ十分に研究が進んでいるとは言えない部
分があります。とはいえ、長期にわたった日本のデフレに関しては、低価格の中国産
品など輸入からの影響を除くと、供給に対し需要が不足していたという要因が大きい
と思います。資産デフレの影響もありますが、消費が一貫して抑制気味であったこと
も重要でしょう。民間消費は日本の国内総生産の約57%を占めていますが、ここ数
年の景気回復にもかかわらず、ほとんど伸びが見られませんでした。勤労者の賃金が
抑えられ、また一連の改革により財政や社会保障による再分配機能が低下したためと
見られます。
デフレが経済の停滞を象徴することは事実ですが、だからといって原油高騰などに
よる物価上昇が望ましいとは言えないと思います。経済が成長する場合、多くはイン
フレであるのは事実ですが、それが好循環をもたらすのは、需要が供給を上回る結果
のインフレだからです。旺盛な消費意欲があれば、物価は上がり気味であっても、消
費は減退せず、生産が刺激され、経済は一層成長していきます。増加した生産の果実
が勤労者にも分配され、所得も伸び、また消費の増大に結びついていきます。
それに対し、原油や食糧の高騰は、コストの増大という形で生産者を直撃します。
その分を消費者に転嫁しなければ生産者は同じだけの利益を確保できないことになり
ますが、価格を上げることは、消費量の減少につながる恐れがありますので、容易で
はありません。コスト上昇分を100%は転嫁できないのがふつうです。その分は企
業の負担となり、企業収益が減少します。賃金をカットするなど、勤労者にしわ寄せ
が及ぶ場合もあります。このようにして価格の高騰と不景気が平行して起こることが
あり、スタグフレーションと呼ばれます。
ただ、多額の負債を抱えた人などにとっては、どのような要因であれ、物価が上が
ること自体が望ましいということはあります。それにより、元利の支払いの負担が実
質的に軽くなるからです。言うまでもなく、日本の国家財政も多額の負債(国債発行
残高)を抱えています。ですから、財務省のお役人など、経済全般のことよりも財政
のことが気になるような人は、スタグフレーションの方がデフレよりもいいと判断す
ることはあると思います。
評論家、会社員:水牛健太郎
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■ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
例えば、EU諸国の経済成長率はせいぜい2%前後だと思いますので、現在の日本
の成長率が著しく劣るということはないのだと思います。比較の対象をBRICs諸
国とすると成長率が見劣りするのは確かですが、これらはもともと貧しいところから
の成長ですから比較の対象としてはふさわしくないでしょう。
劣等感を感じなければならないとすれば、先進国としては異例の高成長を続けた米
国と英国に対してであると考えられますが、この二つのアングロサクソン国でさえ、
企業に活力を与えたのが新自由主義(ネオリベラリズム)であるという図が正しいと
すれば、現在の日本で新自由主義がもたらした地域格差や貧困が最大の政治課題であ
るという世論状況を考えると、単純に羨ましがるものではありません。
日本の経済に、特別なことありません。人口はそこそこの大きさを持ち国内市場は
豊かですが、人口はこれから老齢化が進みます。BRICsの成長が続けば、日本の
GDP世界第2位という肩書きも失うことになるでしょう。科学技術は発達し産業基
盤もありますが、強い分野もあれば弱い分野もあります。教育レベルは他国と比べて
抜きんでているわけではありませんが、特に劣っているということも無いようです。
日本企業は、全部門で競争力があるわけではありませんが、特定の分野には非常に強
力な企業が存在します。
振り返ってみれば、そこには他国と同様に強みも弱みも抱えた成熟経済が存在しま
す。結局、日本の経済には特別なことがないことが問題なのだと思います。平凡な問
題を、ひとつひとつ他国と同じように解決していく、平凡な忍耐力と勇気がもとめら
れているのです。
経済成長目標を達成するためにはどうしたら良いでしょう。マクロ経済をそれぞれ
の企業や個人といった経済主体の積み重ねととらえると、経済規模を拡大して成長を
達成するためには、移民や人口政策により経済主体の数自体を増加させるか、あるい
は企業や個人の生産性を大きく変える新機軸が必要になります。経済学は憂鬱な科学
と言われますが、問題解決にはこの二つを改善すること以外にはあり得ません。もち
ろん、両者を同時に解決することもありですが、どちらも憂鬱な課題です。
日本人に移民や海外労働者の受け入れの準備が出来ているとは思えませんし、一朝
一夕に人口を増やすことも無理でしょう。生産性の向上には、技術的なブレークスル
ーを期待するか、新自由主義的な構造改革路線のさらなる追求が必要になります。効
率化で達成した成果の分配が大きな問題と化しているときに、乾いた雑巾を絞るよう
な効率性の追求にどこまで耐えられるでしょうか?
日本は、これまで「労働者が優秀」「教育レベルが高い」「貯蓄率が高い」「品質
が高い」から「食品が安全」といったものまで、さまざまな特別なストーリーのなか
で、プライドを維持してきたのだと思います。しかし、それぞれのストーリーの優位
性がせいぜい相対的なものでしかないという現実のなかで、それぞれの課題に平凡に、
他国同様の努力をする必要に迫られているように思います。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
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■ 金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
2000年代に入って以降の新成長国市場を含めた世界の株式市場は、昨年07年
の年末にかけては調整色が強まったものの、基調としては好調に推移してきました。
その好調の背景には、新成長国の台頭に象徴されるように実体経済が好調な拡大・発
展の軌道に乗っていたことに加え、世界的な過剰流動性の拡大が指摘できるでしょう。
最近の原油など資源の高騰の要因としては、こうした過剰流動性が金融市場からコモ
ディティー市場に流入したことが挙げられます。
これまで世界経済全体が順調に成長を達成してきた背景には、米国が経常収支赤字
を通じて超過需要を世界経済に提供してきた事実があります。米国の経常収支赤字は
99年には約3千億ドルでしたが、06年には約9千億ドルに達しており、こうした
米国の巨額の経常収支赤字が、その他の国・地域の経済成長を押し上げてきたことに
なります。
一方で、黒字国、特に中国などの資本規制あるいは通貨管理の残る新成長国におい
ては、収支黒字による余剰外貨は為替介入によって吸収されるとともに、国内には自
国通貨の過剰流動性が発生します。もちろん、過剰流動性の発生に対処して金融引き
締めなど流動性の吸収による不胎化も実施されていますが、同時に、国内の経済開発
や経常黒字計上への対外的配慮などから財政支出は拡大基調を維持しているため、効
果は不十分です。結果的には、国内資金による対外投資規制などにより、こうした過
剰流動性が国内株式市場に向かったことが現地株高の背景と考えられます。さらに一
部は不動産市場などへも向かっていることが指摘されています。
また、経常収支の黒字(米国の赤字)の還流については、多くが外貨準備による対
米投資を通じて還流されることになります。結果的に、米国民が借金によって消費を
拡大したことによる米国の貿易収支の赤字が、世界の各地域および米国の金融市場に
おける過剰流動性を供給する構造となっている、との見方もできます。同時に、原油
価格上昇も、金融市場、特に米国市場に過剰流動性を供給する機能を果たしているこ
とも指摘できます。これは、原油価格上昇の負担が輸入消費国の経済活動の中で広範
囲に吸収される一方で、産油国の巨額の経常収支黒字については、同様に、外貨準備
を通じて主に米国に還流していることによります。
さて、このような世界的な「好循環」の恩恵を日本経済も享受してきたことは事実
ですが、他の地域の「狂宴」に近い活況に比べれば、はるかにつましいものだった、
との印象があるのではないでしょうか。
実際、日本での流動性の状況をM2+CDの残高の名目GDPに対する比率、いわ
ゆるマーシャルのkで見てみますと、ゼロ金利政策および後の量的緩和政策が実施さ
れた99年以降は非常に高い伸びを示していたことが判ります。日本のM2+CDの
対名目GDP比率はこれまで趨勢的に上昇してきていますが、特に99年から03年
の間の5年間で1.2から1.4まで上昇しており、これは80年以降98年までの
趨勢のほぼ2倍のペースでの拡大を示しています。また、このペースはバブル期の8
6年から89年の拡大ペースに匹敵します。なお、04年以降、量的緩和政策自体は
06年3月まで継続しますが、M2+CDの対名目GDP比率はほぼ横這いで推移し
ています。
このような流動性の状況にも関わらず、銀行貸出が前年比でプラスに転じるのは0
6年に入ってからであり、06年7月に前年比2%を超える程度の伸びを示した後は
伸び悩みが続いています。株式市場も03年に日経平均8千円割れの水準で底を打ち、
05年には1万6千円の水準まで回復するものの、その後は一進一退の展開となって
います。一時的には活況を呈した局面もありましたが、市場での悪材料、不祥事など
には敏感に反応するなど、個人投資家は「熱し難く、醒めやすい」傾向を見せていま
す。また、不動産市況も大都市圏を中心に大幅に回復してきましたが、バブルという
状況には程遠いようです。当然、このような国内の経済および市場の状況を受けて、
消費者の態度も堅く、商品の価格引き上げに対しては厳しい反応が予想されます。
一方、経常収支黒字の還流という点については、最近では投資信託などを通じた個
人の海外資産への投資が拡大するなど、新たな動きも見られます。この点については、
投資対象資産の相当部分が債券、特に国債など比較的収益性の低い資産に偏っている
などの問題点を指摘する向きもありますが、個人の投資の内容については、個々の方
針・事情によるものだけに、「余計なお世話」という気もします。
むしろ、03年1月から04年3月にかけて、合計で35兆円にも上る為替介入を
実施していることの方が問題でしょう。為替市場の水準・動向を勘案しても正当化で
きる規模の操作とはいえず、為替介入の円資金については政府が発行する短期証券を
日銀が買い入れることで供給されていますが、実質的に国内に流動性を供給する手段
として為替介入が利用されたことは明らかです。積み上がった外貨準備は米国債で運
用されるだけであり、実体としては内外金利差によるキャリートレードです。公的な
資金の使途として見れば、経済的な波及効果の極めて低い公共事業と考えられます。
構造改革を掲げる中で財政出動が憚られる状況での苦肉の策ともいえますが、国民に
対しては背信行為といえます。
結果として見ますと、日本では国内での過剰流動性については、一部は国内の株式
あるいは不動産などへの投資に回ったものの、過去のバブルの経験による影響もあっ
て妥当な価格形成を逸脱する動きにはブレーキが効いていたようです。また、流動性
のかなりの部分は海外に還流する一方で、その主体となった家計あるいは外貨準備の
運用対象は比較的安全性が高い、すなわち比較的収益性の低い資産に偏る傾向が強
かったといえます。たしかに「ボケ」ていた面はありますが、現在の日本の経済の状
況を考えますと、余計なバブルの傷を負わなかったことは僥倖といえるかもしれませ
ん。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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■ 菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
11月の消費者物価の前年同月比変化率は総合で0.6%、生鮮食品を除くベース
で0.4%と、食料価格とエネルギー価格の上昇を反映して、デフレ状況は脱してき
ました。しかし、食料とエネルギーを除く消費者物価は0.1%の下落と、価格下落
が依然続いています。
海外と日本で異なるのは、原材料高を反映してメーカーが卸値を相次いで値上げし
ているにもかかわらず、大手スーパーが値上げするどころか、値上げ凍結や値下げに
踏み切っていることでしょう。12月20日にイオンは、8月から実施してきた価格
凍結宣言を2月末まで延長すると発表しました。イトーヨーカ堂も2500品目の月
替わり特売を当面継続するといいます。大手スーパーは自社のプライベートブランド
商品をたくさん持っており、ナショナルブランド品が値上げを行う際の障害になって
います。
大手スーパーが出来るだけ値上げしまいとしているのは、顧客離れに危機感を抱い
ているからだといいます。スーパーや百貨店は既存店売上の不振の背景には、人口減
少の影響や小売業者間の過当競争があります。人口減少は2005年に始まり、今後
100年にわたって続く日本の特殊事情です。小売業者間の過当競争は、利益が多少
低くても、売上が拡大していればよいとする日本企業全般の経営問題の反映でしょう。
業績不振が続いても、廃業や経営統合までに長時間かかるという点も日本社会の特徴
です。改善傾向にあるといえ、日本は外国に比べて株主からの利益重視への圧力が弱
いためでしょう。
消費者物価で下落率が最も大きいのは、前年同期比で未だに20%も下落が続いて
いる家電製品です。ヤマダ電機などの家電量販店が出店増加や業界再編によって価格
決定力を強める一方、電機メーカーの価格支配力が弱いためです。ソニーや松下電器
など家電製品でブランド力と製品力がある会社だけでなく、日立や日本ビクターなど
多くの電機メーカーが似たような製品を作っているという現象は他先進国では見られ
ない現象です。
ショッピングモールの地方進出によって、地方の駅前にはシャッター通りが増えて
いますが、海外に比べれば日本は各業界の共存共栄の意識が高いといえます。強い企
業への一極集中的な利益配分が日本は外国より低い傾向があります。日本は国際比較
でみると、企業も国民も所得の不平等度が低い方ですが、僅かな格差が開いただけで、
格差是正への大合唱が起きるのは、日本が社会主義的な資本主義といわれる所以です。
11月の需要段階別の企業物価変化率をみると、素原材料が17.5%も上昇した
のに対して、中間材は3.9%の上昇、最終財に至っては僅か0.2%の上昇にとど
まっています。原材料の値上がりを製品価格に転嫁できておらず、マージンが圧迫さ
れていることを意味します。日本企業はこれまでマージンの縮小を数量増加で補って
きましたが、最近は数量も鈍化し、企業業績が悪化し始めました。
外国人と話していると、日本企業はなぜ海外企業のように、価格転嫁しないのか、
またはできないのかと尋ねられることが多くあります。今年に入り原油価格は100
ドルを超えましたが、原材料高には世界中の企業が困っています。世界中で同じよう
な原材料高に直面しながら、日本企業が価格転嫁しないのは利益重視の姿勢が十分で
ないからでしょうし、価格転嫁できないのは業界再編が不十分であるため価格支配力
が小さいからでしょう。
メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊
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■ 飯田泰之 :駒澤大学経済学部准教授
はなはだ僭越ながら,インフレやデフレの問題を語るときに頻繁に見られる誤解こ
そ「原油など資源の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世界的にインフレ懸念が
強まる」という言及だという点を指摘することろから始めなければなりません.なぜ
なら「資源価格の高騰」「アメリカの金融緩和」はともに,直接的には,デフレ圧力
を持つのです.
第一の論点である「資源(以下原油)価格の高騰がデフレをもたらす」から始めま
しょう.石油無しに生産活動を行うことは出来ません.原油価格が高騰したとして超
長期的には代替エネルギーの研究が進みその必要量が減少するということになるで
しょうが,残念なことにこれは数年程度で転換できることではありません.したがっ
て,原油価格の高騰は「原油への支出」の増大をもたらします.
所得が大幅に変化しない以上,原油への支出増はその他の財への支出減をもたらし
ます.我が国では原油のほぼ全てを輸入に頼っていることを思い出してください.原
油以外の財への支出減は国内財への需要減少を意味します.国内財への需要が減少す
るのですから,その価格は低下することになります.これが国内財(国内付加価値)
のデフレです.
なお,経済にとって問題になるデフレとは国内財・国内付加価値の価格低下であっ
てその他ではありません.これは国内で生産された財の価格低下は国内企業の売上げ
減少を通じて経済を停滞させるためです.物価指数というとCPI(消費者物価指数)
に注目が集まりがちですが,問題なのは石油関連・生鮮食品を除いたコアコアCPI,
または国内付加価値そのもののデフレーターです.
第二の論点は「アメリカの金融緩和は他国のデフレをもたらす」という点です.米
国の利下げは米国内の債券収益率を低下させることに他なりません.低い金利しかつ
かないならば,米国への資本の流れは減少し,より金利の高い国に向けて移動するこ
とになります.この時,為替相場はドル高に振れることになるでしょう.円安とドル
高は輸入品価格の低下をもたらしますから,これもまたデフレ要因ということになり
ます(ただし,ドル高は輸出品価格の上昇でもあるため,トータルで国内物価がデフ
レ化インフレ化するかはわかりません).
このように「資源の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世界的にインフレ」と
いう理解は理論的には正しくありません.しかし,現実に世界的なインフレが始まる
気配があるのはなぜでしょう.ここに一つのミッシング・ピースがあります.
資源価格の高騰は,経済政策の大目標である国内財の価格を低下させます.国内物
価のデフレが経済に甚大なダメージを及ぼすことは,不幸にも,90年代の日本の例
を通じ世界の政策担当者が肝に銘じるところとなっています.したがって,資源価格
が高騰したときには国内財価格の低下を防ぐために金融政策は緩和的に運営しなけれ
ばなりません.さらに,米国の金利が下がっているならば世界各国にとっては「利下
げをしても自国からの資本流出はそれほど大きくならない」状況のため,さらに金融
緩和しやすい条件がそろっていることになります.
世界各国にとって,金融緩和の必要性と金融緩和の条件が整っているのですから,
選択される政策は金融緩和です.世界各国が金融緩和を基調とした政策運営を行うの
ですから世界的インフレ傾向の予想は正しいといって良いでしょう.「原油など資源
の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世界的にインフレ」は誤りで,「原油など
資源の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世界的に金融緩和が行われるため,世
界的にインフレ」なのです.
このように説明すると,日本のみでデフレが継続する理由は簡単に理解できます.
サブプライムローン問題に関して,当事国である米国と主要先進国の中央銀行が協調
的な追加緩和を決定したときに日本銀行は追加緩和へのアクションを起こしませんで
した.また,総裁や政策審議委員は今後の経済動向次第で早期の利上げが必要である
ことを示唆しています.「原油など資源の高騰やアメリカの金利引き下げなどで、世
界的に金融緩和が行われるが,日本は金融緩和しない(または引締する)」のですか
ら,日本では「当然」デフレになるというわけです.
駒澤大学経済学部准教授:飯田泰之
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■ 山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
「特別」と言い切ることができるかどうかは判断に迷いますが、一つには消費者の極
めて防御的な消費態度、もう一つにはマクロの経済政策の特殊性が、未だにデフレの
臭いが残る日本経済の特色となっているように思います。
昨年11月の諸物価の上昇率を対前年同期比で見ると、消費者物価(生鮮食料品を
除く総合)が+0.1%、国内企業物価が+2.3%、企業向けサービス価格指数
(これは10月のものですが)が+1.4%、輸入物価指数に至っては+8.8%と
なっています。現象面としては、企業の仕入れコストは上がっているのに、消費者に
対する価格転嫁が上手く行っていない訳ですが、その背景には、何といっても消費者
が受け取る給与総額が増えないことがあり(昨年10月で全産業現金給与総額が対前
年比マイナス0.1%です)、これに、デフレへの慣れ、バブル崩壊後の経験から来
る将来への警戒感、社会保障費の削減と増税や社会保険料の上昇予想から来る将来へ
の不安などが、いわゆる財布の紐を締める原因になっているように思われます。
多くの消費者にあって、現実に所得が増えていないし、高くても物を買おうという
「自信」が回復していない状況なので、企業側でもなかなか製品価格を上げられない
という状況です。実際、知り合いのコンビニエンスストアの経営者に聞いてみると、
「お客の側には、まだ実質的な値下げを当然と思う感覚があり、たとえば、同じ値段
の弁当なら、以前よりも豪華に見えるようでないと買わないし、そもそも、より低価
格な商品に向かう傾向がある。結局、現実に給料が増えないと、『高いけれども良さ
そうだから買おうか』という気分にはならないようだ」というようなことを言います。
企業は売上を落としたくないので、多くの場合、値上げを我慢します。
過去の景気回復局面では、企業の利益が増えると、ほどなく従業員の給料が上がり
ましたが、近年は、そもそも利益を増やす手段として企業がコスト削減を使ったこと
や、過去数年の間に、利益の株主への配分がより強調されるようになったことなどか
ら、多くの企業が非正規雇用の比率を増やすなど、利益の従業員への還元を後回しに
しました。
こうしたデフレ的感覚が消費者に残っている間は消費者物価が上昇しにくいのは当
然でしょう。これを克服するためには、一般消費者の名目所得が増えて、且つ消費者
物価が上がり、消費者がインフレ的な状況に「慣れる」必要がありますが、日銀の金
融政策は、昨年の量的緩和解除、ゼロ金利解除から、再度の利上げと、あたかも国民
の「インフレ慣れ」を許さないことを目的にしているかのような推移を辿っています。
量的緩和解除の際のリリース文には0%〜2%のインフレ率を望ましいものと考え
るという表明があり、明確にプラスのインフレ率を指向するかのように見えましたが、
過去の二度にわたる利上げが消費者物価の対前年比がマイナスの状況で行われるなど、
金融政策の面からも、国民がプラスのインフレ率に対する自信を持ちにくい状況に
なっています。また、財政面でも、近年、財政再建が強調され、目下大きな赤字では
あるものの赤字の幅は縮小する傾向にあり、近い将来の増税の必要性が政府・与党
(の現在の主流の人々)によって常に強調されています。デフレ下で、金融の引き締
め(方向として)を行うこと、財政再建を強調することは、経済政策の常識に照らす
と、日本はかなり「特別」であるといえそうです。
ゼロ金利解除以後の日銀の行動や発表から推測すると、現在の日銀の上層部は金利
と名目成長率との乖離があまり大きくない方がいいと思っているようであり、また、
株価や地価といった資産価格の上昇が行きすぎないようにということに対してこだわ
りがあるようでもあり、政府が一時強調していた名目成長率の引き上げに関しては大
きなプライオリティを置いていないように見えます。
余談ですが、来る3月で任期が切れる福井日銀総裁の後任者が誰になるかが注目を
集めています。福井氏は、些か早過ぎた金融引き締め以前の常識レベルでの問題とし
て、総裁在任中の村上ファンドや株式への投資が明らかになった時点で日銀総裁とし
ては不適格者であり、早くに辞任すべき人物でした。現在、後任者の候補として、財
務次官経験者で現在副総裁の武藤氏の可否が頻繁に話題に上りますが、武藤氏を含め
て、現在の政策委員は、この明らかに総裁不適格であった福井氏をろくに批判もせず
に支持し、辞任に追い込むことがなかった点で基本的に福井氏と同罪であり、日銀総
裁の後任者には全く不適格であると考えられます。少なくとも民主党は、武藤氏の総
裁就任には強硬に反対すべきでしょう。
日本のデフレ癖を考える上では、かつての「ゼロ金利+量的緩和」の状況が、また
現在でも名目ではかなり低い水準にある金利水準にあっても、なかなかインフレ的に
ならない日本経済の要因を考える必要がありそうです。その要因としては、象徴的に
は「銀行貸し出し残高」が大きく伸びるような、魅力的な資金需要、即ち投資機会が
日本国内に乏しいことが上げられるでしょう。量的緩和時代にも、ベースマネーの供
給が増えてもその殆どが、銀行の必要以上の日銀当座預金残高であるいわゆる「ブタ
積み」になり、市中に出回るマネーの量が増えない状況にありました。
日本国内に魅力的な投資機会を十分見つけられないので、政府・金融機関・民間の
個人のそれぞれが実質的な円キャリートレードを積み上げて、国内経済に金融緩和の
効果が及ばない構造が、今もまだ残っているように思えます。日本の人口減少といっ
た、企業にとって将来の需要縮小につながる要因も影響しているでしょうし、「もの
づくりに拘って傾斜した日本の産業構造が、中国その他の海外発展途上諸国のローコ
ストな物作りとまともに競合してしまった不運と個々の企業レベルでの戦略のミスも、
日本がついついデフレ的な方向に行きかねない素地となっているように思えます。次
の有望な産業が育ち、日本国内への投資に国民が自信を持つようになったときに、デ
フレは完全に克服されるでしょう。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
<http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/>
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■ 津田栄 :経済評論家
日本の物価は、バブル崩壊以降、経済のグローバル化の中で変質しました。その結
果、なかなか物価が上がらない状況になりました。そうしたことが、「値下げボケ」
なのかそうではないのかはわかりませんが、他の先進国と比べるとインフレ懸念が起
こらずデフレ脱却に時間がかかっているのは、やはり経済構造に何らかの問題がある
からだといえましょう。ただ、それでも、ここにきて原油価格や農産物価格の急騰に
より、物価が上がる兆しが出てきています。
なぜ物価が変質し、上がりにくいのかというと、内需の弱体化が構造的になったた
めであるといえます。そして、その結果日本経済が外需依存であるがゆえに物価の面
で他の先進国と大きく異なる状況になっています。その要因は、バブル崩壊後景気低
迷、デフレからの脱却から抜け出すために行われた企業の行動、そして政府や日銀の
政策にあります。
もともと、デフレは、需要に対する供給超過の状況が継続することで価格が下落し
ている状況をいいますが、これが解消できないのは、需要が逃げ水のように逃げてい
るからといえます。それは、雇用者の所得が06年で前年比0.4%減と9年連続減
少し、しかも契約社員や派遣社員などの非正規雇用の拡大で低所得者層が増加してい
るように、雇用者への利益分配が十分行われていないことにあります。
企業は、バブル期に抱えた三過剰(雇用、設備投資、債務)の解消に力を注ぎ、9
7年の金融危機を契機に、さらに01年からの金融機関の急速な不良債権処理にあわ
せてそのスピードをあげ、そのなかの過剰雇用においては、解雇や所得カットなどの
リストラを進め、固定費削減のために賃金の高い正社員から賃金の安い契約社員や派
遣社員などの非正規社員へ雇用をシフトして、解消を図りました。それが、高止まり
していた労働分配率の低下につながり、06年でピークから10%ポイントほどの低
下とバブル期以前にまで戻ろうとしています。
そして、企業は、供給過剰を減らそうと努力しても、国内における競争が激しいた
めに簡単には進めない上、内需が弱いために価格が下落し、それが企業の売上減少と
なり、企業は人件費である従業員の給与・賞与を削減したり非正規雇用へシフトした
りすることで利益を確保しようとすることでさらに所得減から需要が減って、それが
再び価格下落を招くという悪循環が構造的になっています。
つまり、企業は、バブル崩壊後、金融機関の不良債権の処理に合わせて、雇用者へ
の所得分配を抑制し、しかも市場経済のグローバル化により世界が一つの市場になっ
たことで、特に輸出関連企業は、国際競争力を高めるために雇用コストの削減を一層
進め、大企業であれば中小企業への下請けコスト削減や地方の工場・事業所の整理な
どを図り、収益を内部留保に回しています。それが、業績として最高益を計上するま
でになっていますが、それも雇用者への利益分配抑制という犠牲の上に成り立ってい
るといえましょう。
一方で、日本の構造改革も内需の低迷を招いています。本来、構造改革は、官の規
制を緩和・廃止し、民の活力を生み出して内需を喚起することにつながるはずです。
しかし、日本で行った構造改革は、規制の緩和・廃止が不十分な上に行政の周辺の改
革にかつ不完全にとどまったために、行政構造に本格的にメスを入れることなく既得
権益構造を残し、民の活力が国内全体に広がらず、むしろ内需を弱めてしまったこと
です。また、日本の物価上昇率はゼロ近辺ですが、水準自体は行政の規制により他国
に比べて高水準であり、こうした非効率が残ったままです。
つまり、構造改革により、国の政策は、公共事業を削減し、今やピーク時の半分ま
でになっています。それが、地方の疲弊をもたらし、地方の需要減退を招いています。
もちろん、無駄な公共事業は削減すべきですが、必要な公共事業は推進すべきです。
しかし、どうもそうした選択を中央で行うために、非効率な公共事業は一向に減って
いないのに、金額だけが減っているのが現実ではないかと思います。あるいは、開業
率が廃業率を下回るという他国とは全く逆の現象は、起業を優遇する政策が不十分で、
背景に行政の規制が強いからだといえましょう。
また、構造改革で、雇用に関する規制を緩和する方向は必要ながら、そのためのセ
ーフティネットを設けるべきでしたが、そうしないばかりか雇用者保護がなされず、
むしろ失業保険やその他の社会保険を削減する逆行した制度を導入したことが、内需
を弱める結果を生み出しています。最近では、膨らみ続ける財政赤字の前に、多くの
雇用者の所得が減っている中で、景気がいいとして定率減税廃止や控除制度の削減・
廃止などの増税を行い、加えて年金や健康保険などの社会保険料が増え、むしろ国民
の可処分所得は悪化し続け、内需が伸び悩む結果となっています。
日銀の政策においても、内需を抑制する政策を採っています。以前から言っていま
すように、日銀は、内需が回復していないにもかかわらず、利上げを強行しようとし
ています。日銀は、依然景気はあまり良くないという国民の生活実感があるのに、現
実、現場を見ることなく、机上で数値だけで判断しようとする姿勢から抜け出してい
ないように感じます。政府の内需抑制策に対して、日銀も同調して金融引き締め姿勢
を採れば、需要を喚起するどころか冷やす効果しかありません。
物価は、将来物価が上がるのではないかという期待インフレ率が押し上げ効果とし
て大きいといわれますが、これまで述べてきたように雇用環境や所得環境が改善する
ことが期待できず、また政策的にも、政府による税金や社会保険料などでの負担増が
予想され、しかも最近の年金及び健康保険に見られるように現在及び将来の社会保障
の不安も加わって、消費に回すような行動は起こしにくく、需要増による期待インフ
レ率が生まれる状況にはとてもありません。
結局、日本の経済は、企業、政府、日銀の行動や政策がデフレからの脱却を阻害す
る方向に向いていて、それがデフレ要因として構造的に内製化しつつあるといえるの
ではないでしょうか。そして、それが、日本経済の非効率性を温存し、これまで少々
の原油などの資源や農産物の価格が上昇してコスト増となっても物価が上がらない状
況を生み出してきたといえます。そうした点が他の先進国にはないものといえましょ
う。しかし、ここにきて、値上げが相次ぐのは、もはや企業の合理化が限界にきてい
る結果ともいえますが、それも原材料価格の上昇分に見合う値上げにとどまり、現実
には雇用者所得の増加につながらず、景気の低迷・悪化の中の悪い物価上昇(いわゆ
るスタグフレーション)になるかもしれません。
経済評論家:津田栄
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■ 土居丈朗 :慶應義塾大学経済学部准教授
世界的にインフレでありながら、日本だけデフレでいられるには、日本経済におい
て、国内市場と海外市場とが事実上かなり分断された状態になっている状況が考えら
れます。もし、日本経済が、貿易も資本移動も完全に自由であれば、世界的な物価や
金利の動向が程なく国内にも及んできますから、日本国内の物価や金利が世界的な趨
勢からかけ離れることはありません。
ちなみに、貿易や資本移動が自由であっても、日本国内の消費の選好が諸外国と比
べて極めて特異であれば、日本国内の動向が世界的な動向と異なることはありえるか
もしれません(例えば、世界的に原油が高騰しているものの、日本人はそもそも石油
を全く使わずに生活しているといったことです)。しかし、実際には、日本国内の消
費の選好は諸外国とはそれほど変わりませんから、こうした推論は妥当ではないで
しょう。
日本経済は、1980年代後半以降、内需依存の度合いを強めてきましたから、そ
れだけ海外からの影響を受けにくい要因が高まったとは言えるでしょう。また、非貿
易財産業が多い第3次産業の比率がかつてに比べて高まった今日、グローバル化の波
が押し寄せているとはいえ、そもそも国内市場と海外市場が分断されている産業です
から、その部分で海外からの影響が及びにくいともいえます。さらに、金融面で見て
も、いまや1500兆円もの家計の金融資産があるといえども、ホームカントリーバ
イアスも手伝って、その大半は直接海外に投資されることはなく、先進諸国の中央銀
行が金利を上げても日銀の低金利政策が実効性を持つ状況で、この点から見ても、
(金融ビッグバン以降自由化が進んだといえども)国内市場と海外市場が事実上かな
り分断されているといってよいでしょう。
ただ、近年では、輸出産業での収益向上に象徴されるように、次第に外需へシフト
する動きも顕著になってきていますから、世界的な趨勢が日本国内にも波及してくる
度合いが高まってくると考えられます。とはいえ、日本経済の物価や金利の動向は、
国内要因と海外要因の加重平均の形で現れ、かつ基本的には国内要因の方がウエイト
が高いわけですから、国内要因として、何か他の先進国と比べて特別なところがある
か否かを吟味する必要があります。
この観点から言えば、日本が他の先進国と比べて特別なところは、今後人口減少に
直面する可能性が極めて高い点です。さらにいえば、他の先進国が経験した以上のス
ピードで少子高齢化に直面する点も特異と言えるでしょう。日本が、今後、これまで
以上に劇的に外国人労働者や移民を受け入れない限り、これらは避けられない現象で
す。しかも、これらが起こりうることが今の時点で既に判明していることから、先を
読んだ人々の行動が目先で起きるのです。
我が国の人口は、国立社会保障・人口問題研究所「将来推計人口(平成18年12
月推計)」の中位推計(出生中位・死亡中位)によれば、2025年には1億200
0万人を割り、2046年には1億人を割ることが予想されています。しかも、生産
年齢人口(15〜64歳人口)は、2020年には全人口の60%を割り、2050
年頃には約50%にまで低下します。それに対し、老年人口(65歳以上人口)は、
2024年に全人口の30%を超え、2050年頃には約40%に達します。
また、労働力人口は、昨年12月に厚生労働省の雇用政策研究会が取りまとめた報
告 <http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/12/h1225-3.html>によると、現在の労働力
率(約60%)が2030年まで同水準で維持できたとしても、労働力人口は200
6年の6657万人から、2030年には6180万人に減少すると推計されていま
す(変化率は年率換算でマイナス0.31%)。さらに、マンアワーベースでみた労
働供給量(労働力人口×労働時間)でみると、2006年を100とすると、203
0年は88.1に減少すると推計されています(変化率は年率換算でマイナス0.5
3%)。
これは、労働力率が、高齢化や生産年齢人口減少にもかかわらず、将来も維持され
るとした場合です。そのためには、高齢者雇用の拡充や子育て支援等によるワーク・
ライフ・バランスの推進といった積極的な努力なしには実現しません。もし現状のよ
うに高齢者や女性の労働市場への参加が進まない状態が続けば、2030年には労働
力人口は5584万人にまで減少し、労働供給量は83.9にまで低下する(これら
の変化率はともに年率換算でマイナス0.73%)と推計されています。
こうした形で、将来の日本経済において、生産面で経済成長を引き下げる大きな要
因が横たわっています。もちろん、技術革新を促したり、生産性を向上させたりすれ
ば、日本経済が生産面で悲観的になる必要はないといえますが、それは然るべき努力
を弛まず行えばの話であって、漫然と生産していても右肩上がりの経済成長が実現で
きるという訳ではないのです。こうした将来像が、今の段階から多くの日本国民に見
えていて、それが大きな一因となっていると考えます。
もちろん、デフレーションは貨幣的な現象ですが、日本の金融政策が、日本国内の
経済事情をより反映した形で意思決定される(しかも、海外市場と事実上かなり分断
された状態なのでそうした意思決定が実効性を持つ)となると、経済成長率が低い国
内産業の事情が、日本の物価や金利の動向に強く反映されることになる恐れがありま
す。つまり、日本国内の産業は、なかなか高収益が上げられず、それゆえに高い金利
に耐えられる(ないしはふさわしい)企業が多くなく、それゆえに日銀の金融政策も
なかなか金利を上げられない、という状況です。EUのように域内で共通の金融政策
を実行するなら、加盟国一国だけの経済事情で金融政策が左右されることはほぼあり
ませんが、日本はそうではありません。こうした将来の日本の金融政策をめぐる環境
が、引き続き国内事情に影響を受けやすいままだと、日本は他の先進国と違った状況
が続くことになりかねないと考えます。
こうした状況は決してよいといえません。だからこそ、これまでにも多くの論者が
唱えているように、生産性向上などによって国内の産業基盤を強化して、人口減少の
中でも持続的な経済成長ができるように努力し、貿易も資本移動もより自由に行える
制度を整え、日本が他の先進国と比べてさほど特別な存在でない状況に導く必要があ
ると考えます。
慶應義塾大学経済学部准教授:土居丈朗
<http://www.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/>
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■■編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:844への回答ありがとうございました。あっという間に正月が終わってし
まったような気がします。先週は、東京品川で16歳の少年による「通り魔事件」が
起こりました。事件そのものは、社会状況を反映した病的で衝動的なものだと思われ
ます。各メディアの報道によると、現行犯で逮捕された少年は、「誰でもいいから皆
殺しにしたかった」と語ったそうです。「誰でもいい」という表現と「皆殺し」とい
う言葉は、意味が重なって、結果的にずれています。正確には「どんな連中でもいい
から皆殺しにしたかった」と言うべきでしょう。ただ、わたしは、ずれた日本語表現
をした少年がおかしいと思っているわけではありません。
事件の衝動性と異常性、そして犯行直後の興奮状態を考えれば、少年がずれた表現
をするのはある意味自然です。各メディアが、少年の言葉をそのまま無批判で紹介す
ることに、違和感を覚えました。大手既成メディアの文脈を批判することに少し飽き
てきたので、もうどうでもいいのかなと思ったりもしますが、今回の事件にしても、
似たような病理を抱える少年たちが大勢いると仮定すると、その異常さを指摘しない
報道にはやはり弊害があると思わざるを得ません。「これは異常な事件で決してあっ
てはならないことだ」というニュアンスは、それを伝えようとしなければ伝わりませ
んし、伝えるのは簡単ではありません。いじめによると思われる子どもの自殺でも、
それを異常なことだと明示する社会的なアナウンスはいつも希薄です。
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Q:845
サブプライム問題で大規模な損失を出したシティバンクに救済融資を行ったのは、
アラブ首長国連邦(UAE)の「政府系ファンド」であるアブダビ投資庁でした。最
近、国家・政府系ファンドが話題になっているようで、日本の政治家の中にも創設を
推進する動きがあるようです。日本版国家・政府系ファンドは、国民にとってプラス
となるのでしょうか。
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村上龍
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JMM [Japan Mail Media] No.461 Monday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】 <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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