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2007年9月27日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.446 Thursday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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●編集部より
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「すごいコンサートになるはずです。わたしが演出する純度120%の
MUSICA CUBAN VIVOを楽しんでください。」 村上龍
Ryu's Cuban Night 2007公式HP:http://www.ryumurakami.com/rcn/
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▼INDEX▼
■ 『大陸の風−現地メディアに見る中国社会』 第107回
「管理社会の懲りないやつら」
□ ふるまいよしこ :北京在住・フリーランスライター
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■ 『大陸の風−現地メディアに見る中国社会』 第107回
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「管理社会の懲りないやつら」
9月25日は中秋節、いわゆる「仲秋の名月」だった。とはいえ、今年はなぜだか
知らないが、月が最もキレイなのは旧暦8月15日の夜ではなくて、翌々日の17
日、つまり陽暦9月27日(つまりこのレポートが配信される日)の夜なんだそう。
そんな話をしていたら、ある中国人の友人が「完璧に丸い月なんて見ないほうがいい
のよ。世の中にはパーフェクトなものなんてないんだから」。う〜ん、哲学です
なぁ。ごもっとも。
とはいえ、悟りの足りないわたしは、それでも27日の夜にはある湖畔で友人たち
と夕食会をすることになっている。だってさ、どうせ手が届かないんだからさ、遠く
からパーフェクトなものを眺めるくらいしたっていいじゃんいいじゃん……これ、下
界の心境。すみません、凡人で。
それにしても! 今年の中秋節で特筆すべきは、驚くべき交通渋滞であった。ここ
のところ、「好運北京」だとかなんとか何度も車両規制について書いてきたが、それ
を経た上で振り返ってみても、今年は先週金曜日あたりから中秋節シーズンの大渋滞
が北京のあちらこちらで始まったのにオドロいた。
お月見で、なんで渋滞が起こるんだ? 女性の身体は月の周期に敏感だとどっかの
神秘を愛する学者さんたちはいうけれど、中国人のカーマナーも月の周期に従って変
わるのか? これはもう現代中国人にしか解くことのできない難題である。
ま、現象からご報告すれば、とにかく路上はすごかった。わたしは先週金曜日(2
1日)夕刻から、郊外の公園で行われた野外ジャズフェスティバルに友人たちの演奏
を見に行く予定だったのだが、まず、バスが来ない。道の向こうで渋滞しているか
ら。やっと来たバスに乗ると、動かない。前方が詰ってるから。そのままだとどうし
ても間に合わないのでタクシーに乗り換えようと次のバス停に着くのを待っている
と、これまた動かない。やっとのことでタクシーに乗ると、運転手さんは「いやぁ、
ここ2日ほどは路上の流れの予測がつかなくて……」とこぼす。運ちゃんによると、
こういうことらしかった。
中秋節はもともと中国人が家族揃って過ごし、無病息災を祈る、西洋で言えばクリ
スマス、日本で言えば大晦日・大晦日みたいな日なわけだが、社会主義体制になって
から30年あまり、中国ではほとんどきちんと祝われることがなかった。90年代に
なって、伝統的な中国の習慣を色濃く守り続けている台湾や香港から、現代的な文化
や技術、商業が流れ込むとともに、そういったガチガチの社会主義体制で育った中国
人たちのもとにも伝統的な風習が持ち込まれ、お月見団子にあたる「月餅」がやり取
りされるようになった。それは日本の「お中元」とまったく同じ意味を持つ。
ただ、香港や台湾がやんわりと守ってきた伝統習慣を、中国はあっという間に爆発
的な社会パワーに変えてしまった。というのも、金銭的余裕ができ、次なる豊かさを
求めて社会的な人間関係を重視するようになった中国で、節句のごあいさつ、「月
餅」のやり取りは非常に大事な「メンツを重んじる」商業習慣となったのだ。そして
中秋節が近づくと、人々はその「メンツ」いや「月餅」を大枚はたいて買い込み、あ
ちこちの方々へと送り届ける。このあたりは数年前のこの時期のレポートでも書いた
ので、覚えておられる方もおられよう。当時との違いといえば、白熱化する月餅配送
を業者に任せる場合もあれば、自分でクルマを走らせる場合が増えてきたことだ。
そうなるといけない。「アイツんところは責任者自らあいさつに来たぞ。なのに、
コイツのところは配送業者か」ということになる。「月餅」おっと「メンツ」を重ん
じる人々は慌てて自分でハンドルを握る。さらに今年の場合、そこにここ数年ひたす
ら増え続けたマイカー台数が拍車をかけ、「メンツ」と「月餅」を載せて走り回る、
しがらみ(&にわか)ドライバーたちのおかげで、北京の主要路は日中から酒場が盛
り上がる時刻(=ご接待タイム)までにっちもさっちもいかないほどの渋滞に陥って
しまったのだ。
わたしなんか、渋滞する道の上でぼけ〜っと、立錐の余地もないほどくっついてじ
りじりと前進する車の列を眺めながら、これだけびっしりと道路を埋め尽くすほどの
車が日頃、北京のどこに停まっているのだろうと考えたりもした。日本だと乗用車購
入手続きの際に車庫証明が要るはず。たぶん、中国ではそれは要らないんだろう。さ
らに政府は自動車購入の際にかかるもろもろの税金や手続き費用はしっかり取り、さ
らに儲かり続ける自動車産業からの税金だってきちんと徴収している。
そして人々は皆知っている。「渋滞緩和とエネルギー問題解決」という聞こえの良
いスローガンで行われる車両規制は、決して「皆で痛みを分かち合いましょう」では
なくて、利用者だけに身を切らすやり方なのだと。だから、先週土曜日22日にも
「世界的な運動、ノーカーデーに応える」という呼びかけとともに、市内一部地域の
自動車通行が禁止されたが、「その呼びかけに答えた」というマイカー持ちの友人は
いなかった。これって、人々に道徳心がないからか、それとも政府に「甲斐性」がな
いからなのか。
そうして、中秋節は過ぎ去った。道路は流れを回復したようだ。来週からは「十
一」と呼ばれる、10月1日の国慶節(建国記念日)の7連休が始まる。
考えてみれば、時代は変わった。この国慶節、かつては中国においてセンシティブ
中のセンシティブな祝日だった。「お国が出来上がったことを慶ぶ日なのだから、な
んのミスも許されない」、そんな緊張感が1ヶ月ほど前から漂い、場末のライブハウ
スで行われるロックライブなどもすべて公安から差し止めをくらい、バーストリート
も軒並み営業停止になり、9月、10月は街中のエンターテイメントといえば、国慶
節にちなんだ政府主催のお祝い事のほかはほぼ一切禁止され、若いエネルギーをもて
あます人たちにとってはなんともつまらない日々だった。
それが今では野外のジャズフェスティバルが許される。確か昨夜も場末のクラブで
日本人のDJが演奏したはずだ。週末の演目を見ると、あちらこちらでいつもの週末
のようにロックライブが予定されている。かつて、9月に入ると、「北京にいてもし
ようがないから」と田舎に帰っていた貧乏ミュージシャンたちの姿はもう伝説になっ
てしまった。
と思ったら、その一方で、9月に入ったとたん、インターネットが重くなった。い
つもだったら簡単に開けるウェブサイトのいくつかが開けない。一部ではこの時期に
閉鎖されたウェブサイトもあるという。わたしもいつもチェックするニュースサイト
を開いていくうちに、毎日のようにいつまで待っても開けないサイトにぶち当たる…
…人々の選択は広がり、「目に見える」自由と豊かさは確かに増えたが、いろんなと
ころで「管理」が行われている。「管理」が水面下にもぐりつつあることを、生活者
ははっきりと感じている。「国慶節も昔からすれば雲泥の差」とメールに書きなが
ら、それがわたしの知らない誰かの目に触れるかもしれないことをわたしは知ってい
る。
そう思うと見えてくる。中国で実は一番活気があるのは、そういった水面下の管理
と「身を切る規制」の間を浮遊している空間なのだ。たとえば、「自由の国」の人た
ちがそれを聞くと眉を寄せる海賊版の問題。
9月に入って中国では「低俗な番組を取り締まる」という理由で、2回もテレビ、
ラジオの番組が放送停止処分を受けた。確かに広告収入に目がくらみ、センセーショ
ナルさを強調して視聴者の目を引き付けようとする番組が増えてきてはいるが、中国
では実際にテレビ、ラジオ局はすべて国営だし、その番組化の過程でもさまざまな審
査の手が入る。しかし、そうやって製作されて出来上がった番組が放送開始許可を受
けて放送を始めたとたん、「低俗な番組」と言われるのでは番組制作者も浮かばれな
い。ドラマ『紅問号』は、一連の女性犯罪者の事件をもとに、女性が犯罪に引きずり
込まれていく姿を描いたものだそうだが、その過程を「はやしたてている」として放
送中止になった。
だから、脱獄をテーマに、世界で大人気を博している米ドラマ『プリズン・ブレイ
ク』なんて放送されるわけがない。なのに、中国でも今、『プリズン・ブレイク』は
『越獄』というタイトルで、今、海外ドラマファンの間で大ブームを引き起こしてい
る。彼らと『プリズン・ブレイク』を結んでいるのは、もちろん海賊版DVDと、イ
ンターネットの海外ドラマダウンロードサイトである。雑誌「南都週刊」が「大好き
米ドラマ」と題した特集では、規制たっぷりのテレビ局を通さずに見られている海外
ドラマと、その影響についての分析が載っていた。
それによると、『プリズン・ブレイク』で使われた脱獄の小道具を、実際に身の回
りの道具を使って実験してみた熱狂的なファンが、そのファンサイトで人気者とな
り、インターネットを通じて各地から同様のファンを集めて『プリズン・ブレイク』
チームを作り、「脱獄者探し」というゲームを展開しているという。ドラマに影響さ
れた脱獄の真似ごとなんて、テレビ番組を管理したいお役所にとってはたぶん、一番
起こってほしくないことだろう。しかし、ネットによって媒介された海外テレビドラ
マは、またネットによってファンたちを結び付けている。
これまでにも中国のテレビ局では『フレンズ』や『ER 緊急救命室』『Xファイ
ル』などの人気ドラマを吹き替えで放送したこともあった。ただ、あちらではあっけ
らか〜んとした性的な表現、さらにそのセリフ、人々の社会に対する疑念を呼び起こ
すようなシーンなどがこちらではどんどこカットされ、ストーリーのつじつまがあわ
なくなったりして、視聴者の不興を買った。今では手を入れたりして手間がかかる
上、視聴者に喜ばれない米ドラマは、児童向けアニメや英語教育番組などをのぞき、
ほぼ放送されていない。
そして、表向き許可されないドラマは、熱狂的なドラマファンたちの無償奉仕に
よって字幕も付けられ、速いもので本国での放送後12時間程度でインターネットに
載せられ、無料サイトからダウンロードして見ることができる。その字幕と言えば、
ヤンエグたちが翻訳しているので、巷で売られている海賊版DVDよりもずっと精確
で質も良い。そうやって海外ドラマ、特にアメリカのドラマが楽しまれるようになっ
た結果、面白い現象が起こったと、「南都週刊」の記事は書いている。
「……米ドラマは一種の強勢文化の代表でありて、それが持つ、資本の象徴や意識形
態の意義もまたかなりの米ドラマファンに心理的な優位、つまり、香港や台湾のドラ
マ、日本や韓国ドラマを見ている人たちよりも、さらに時代の流れにのり、世界と一
体化しているといった気分をもたらしてくれる。このような隠れたグローバリズム的
幻想こそが、まさに昨今の大学生や若い都市のヤンエグの文化イメージに合致してい
るのだ」(「大好き米ドラマ」南都週刊・33号)
テレビで放送されている日本、韓国、台湾、香港のドラマはまず「老少皆宜」、つ
まり視聴者の年齢や意識観念に関らずに見てもらえる作品ばかりで、この記事の分析
によると、韓国ドラマは青春ドラマやホームドラマが中心で、視聴者はOLや主婦が
50%近くを占め、年齢層も15‐24歳は15%未満、30歳以上が60%を超え
ているそうだ。
そして、日本のドラマはかつて80年代初めに『おしん』や『赤い疑惑』などが、
海外ドラマの走りとして熱狂的に視聴者に受け入れられ(『おしん』はかつて視聴率
80%を記録した)、90年代には『東京ラブストーリー』『ロングバケーション』
などが大学生を魅了した。最近では、漫画やアニメのテレビ化作品が多く放送される
ようになった影響で、日本ドラマのファンは低年齢化の傾向にあるという。
香港や台湾のドラマは、似通った中国文化がちらりちらりと顔を見せつつ、これま
た都会的なイメージを膨らませてくれるところに人気がある。ただ、最近では、こち
らも年齢層の低下が見られ、そのほかには90年代に香港文化が大量に流れ込んだ時
代に青春を過ごした人たちが多くを占めていらしい。
「米ドラマは大衆文化としてだけではなく、現実社会に対する反省をもたらしてくれ
る。緊迫したストーリーには同時に現実の政治に対する批判も含まれており、また現
実の生活が実際に反映され、また現実的な人間性についても深い模索をもたらす。視
聴者は刺激を求めるとともに理性的な思索を得ているのだ。逆に日韓のドラマは、そ
の製作は精緻だが、なにか理想的なもの、たとえば美しい愛情とか、進んだ経済生活
など、現実から遠くはなれたものを求め続けるものばかり。視聴者にとってそういっ
たドラマは白昼夢を求めているようなものなのだ」(同上)
……なんで、路上の混雑から海外テレビドラマの話になってしまったんだろう。
たぶん、最近、小包を送りに行った郵便局で無理やりそれを開封して検査された
り、「本だけじゃなくてモノが入ってるのなら、普通小包じゃなくて書留にしないと
送れません。これは規則です」(もちろん、書留料金は別払い)と一方的に言われ
て、ものすごく腹を立てたことが原因だろう。もちろん、「なんで?」ときいても答
は返ってこない。つまり、何事もないような顔をしていながら、実はしっかり水面下
で国慶節に向けて「管理」が行われてるんだな、と気づかされたからだ。
でも、管理する側の理不尽さを改めることなく、人々に規則と管理を押し付ける。
そんな方法が、道路を塞いでしまった車の波やインターネットで脱獄ごっこを真似る
ヤンエグにどれだけ有効なのか。なんだか次元がまったく違うような気がするんだけ
ど……こんなことを書いたレポート送ると、またしばらくメルアドが使えなくなるん
だろうけどさ。
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ふるまいよしこ
フリーランスライター。北九州大学外国語学部中国学科卒。1987年から香港在住。
近年は香港と北京を往復しつつ、文化、芸術、庶民生活などの角度から浮かび上がる
中国社会の側面をリポートしている。著書に『香港玉手箱』(石風社)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4883440397/jmm05-22
個人サイト:http://members.goo.ne.jp/home/wanzee
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
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